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110.地獄の国際お見合いと龍姫の誘惑

 王立魔法学園を舞台にした武術大会の大崩壊から、数日が経過した。


 王都『ルミナ・ガルディア』は復興と事後処理に追われていたが、王城の最深部――厳重な防衛結界と、ミスリル合金で補強された分厚い鋼鉄の扉で守られた『王家専用第一宝物庫』の中には、世間の喧騒とは無縁の、ひどく俗悪な空気が漂っていた。


「……で?教会の連中が隠し持っていた裏金と、あの馬鹿な宰相に与していた派閥の貴族どもから没収した隠し資産。しめて国家予算の何割になったんです?」


 俺――ヴェルト・フォン・アークライトは、うず高く積まれた金貨や宝石の山に無造作に腰掛けながら、手に持った国宝級の宝剣を値踏みするように眺めていた。


「くっくっく……はっはっは!いやはや、笑いが止まらんよヴェルト。教会への慰謝料請求と、反逆者どもの資産没収。おかげで長年悩まされていた国庫の赤字が一気に解消された!」


 呆れるほど高価な純金の杯に、琥珀色に輝く極上のヴィンテージワインを注ぎ、機嫌よさそうに笑うのは、この国の絶対権力者である国王陛下だ。


 世間的には「威厳ある聡明な王」と「不遜な田舎貴族」という関係だが、こうして密室で二人きりになれば、国を富ませるために「合法的な悪巧み」を成功させた共犯者同士である。


「当然ですよ。私の平穏な生活をことごとく引掻き回し、仲間を不快にさせたんです。骨の髄まで毟り取らせてもらいますよ」


「本当に頼もしい男だ。国を救い、教会の闇を暴き、余の命まで救ってくれた。……思えばお主には感謝してもしきれないな。また一人の父親として、これほど心強いことはない。ほれ、この宝物庫の中にあるもの、好きなだけ持っていくがよい」


 王が鷹揚に頷くが、俺は手にしていた宝剣をポイッと金貨の山に放り投げた。


「遠慮しておきます。装飾が派手なだけで、私が本気で振ったら一発で折れる『なまくら』ばっかりじゃないですか。……もっとこう、実用的なアーティファクトとか、昼寝を快適にする魔道具とかないんですか?」


「はは、なまくらと申すか!豪胆だな。なんと欲のない。ではやはり、余の愛娘たちを迎え入れてはくれまいか?父親としては、其方のような男に娘を任せられれば、これほど安心なことはないのだがな」


 国王が純粋な親心から、真剣な眼差しで打診してくる。


「お断りします。ただでさえ私の周りは厄介な女ばかりで胃が痛いんですよ。これ以上火種を抱え込んで、安眠を妨害されてたまるもんですか」


「そう言うな。二人とも其方をひどく信頼しておるのだぞ。ほれ、こうして二人で上手く国を回していけば……くっくっく」


「違いないですね。悪い奴らからカネを絞り上げるのは、悪徳領主の専売特許ですからね……はっはっは!」


 俺と国王が、宝物の山の上でワイングラスを片手に「いかにもな悪役の笑い声」を響かせていた、その時だった。


「……お父様。それにヴェルト。密室で二人揃って悪い顔をして、一体何馬鹿なことをやっていますの?はぁ……」


 カチャリ、と宝物庫の扉が開き、心底呆れ果てたような、冷ややかなため息が投下された。


「なっ!?」


 俺と国王がギクッとして振り返ると、そこには腕を組んでジト目を向ける第二王女シルヴィアと、扇子で口元を隠してクスクスと笑う第三王女シャルロットが立っていた。


「ふふっ。国を救った英雄と聡明なる国王陛下が、まるで裏路地の悪党のような笑い声を上げていらっしゃいましたわよ?」


「お、おお!シルヴィア、シャルロット!い、いや、これはだな!今後の国の発展に向けた真面目な議論をだな……!」


 先ほどまでの「極悪な共犯者」の顔から一転、娘たちに悪ふざけを見つかったただの「慌てるお父さん」へと成り下がる国王。


「言い訳は結構です。それよりヴェルト、アイスの補給時間が過ぎていますよ。約束を違えるつもりですか?」


 シルヴィアがツンと顎を上げて俺を急かしてきた、まさにその瞬間だった。


 ――ドゴォォォォォォォォンッ!!!


「なっ!?」


「キャッ!?」


 王城の地下深くにあるはずの宝物庫。その分厚い天井の岩盤が、まるで巨大な隕石でも落ちてきたかのように木っ端微塵に吹き飛んだ。


「おいおい!一体なんなんだ!?」


 俺が咄嗟にシルヴィアとシャルロットを庇い、剣の柄に手をかけた直後。舞い上がる土煙の中から、ズシンッ!という地響きと共に巨大な影が降り立った。


「……探したぞ、ヴェルト・フォン・アークライトォ!!」


 逆立つ金髪に、筋骨隆々の巨躯。野性味溢れる覇気と、むせ返るような闘気を纏ったその男は、獣人国家『ガルドニア』の第一王子、レオンハルトだった。


「王城の客室でチマチマ待っているなど、俺の性に合わん!貴様のあの圧倒的な暴力、すべてをねじ伏せる傲慢さ……思い出すだけで血が沸騰しそうだ!さあ、今すぐ俺の国へ来い!そして死ぬまで殴り合え!!」


「……はぁ?テメェ、人の国の宝物庫に天井から穴開けて入ってきて、第一声がそれかよ。常識ってモンを知らねぇのか?」


 俺が呆れて額を押さえていると、今度はレオンハルトの背後の影が、ねっとりと、まるでタールのように溶け出した。


「――ええ、本当に。野蛮な獣には、知性もデリカシーも欠けているようですわね」


 影の中から音もなく現れたのは、艶やかな龍の角を持つ絶世の美女。龍神国家『ドラグノフ』の第一皇女、サラシュアだった。


 彼女はレオンハルトを冷たくあしらうと、うっとりと頬を染めながら、一直線に俺の足元へと歩み寄ってきた。


「ああ……やっと、遮るものなく貴方の瞳に見下ろされることができましたわ」


 サラシュアは俺の足元に膝をつき、その豊満な胸元を押し当てるようにして、俺のズボンの裾にそっと指を這わせた。


「竜の加護を持つわたくしの『逆鱗』を、視線だけでヒリヒリと撫で回すその傲慢さ……。私の国へいらしてください。我が国の軍事力も財力も、すべて貴方の好きになさって構いません。その代わり……一生、私だけのつがいとして首輪をつけ、飼い殺してさしあげますわ……フフッ♡」


「……俺も人の事は言えないが、お前ら頭おかしいだろ。せめて自己紹介くらいしろよ、興味ないけど」


(そもそも原作(ゲーム)イベントキャラだから知ってはいるが)


 戦闘狂の獣と、ヤンデレの龍。


 あまりの濃すぎるキャラクターの乱入に、俺が盛大な舌打ちをした、その時だ。


「ちょ、ちょっと貴方たち!!わたくしたちのヴェルトに何馴れ馴れしく触っていますの!?」「泥棒猫にも程があります!その汚い手をヴェルトから離しなさい、この発情龍!」


 俺の背後にいたシルヴィアとシャルロットが、猛烈な剣幕で前に出た。


 シャルロットは扇子をへし折らんばかりに握りしめ、シルヴィアに至ってはすでに両手から絶対零度の冷気を立ち昇らせている。


「あら。王国の小娘たちが、随分と吠えますのね」


 サラシュアが立ち上がり、縦長の瞳孔を細めて冷ややかな視線で姉妹を見下す。


「地位や権力ごときで、この男が縛られるとでも?貴女たちが囲おうとしているなら、私が正面から力ずくで奪い取るだけですわ」


「上等ですわ!国際問題だろうがなんだろうが、ここで氷像にして砕いてさしあげます!」


「ええ、アークライト家の未来の主母として、害虫駆除のやり方はメイド(マリア)から学んでおりますわ。塵一つ残しませんことよ」


宝物庫の黄金の山の上で、獣国王子、龍国皇女、そして王国の姫二人が、俺を巡って激しい火花を散らす。文字通りの「地獄の修羅場(お見合い)」だ。


「……陛下。あんたの城の客人は随分とアグレッシブですね」


 俺がジト目を向けると、国王は娘たちの無事を確認してホッとしつつも、苦笑いを浮かべていた。


「いやはや、若さとは良いものだ!娘たちも引く気はないようだしな。余は少し離れて見物させてもらおう」


「……この親にしてこの王女達あり...かぁ」


 俺が舌打ちをして、この騒ぎを物理で沈静化させようと立ち上がった、その時だった。


「……ヴェルト様。貴方がこれほどの財宝に見向きもしない理由……わたくしには分かりますわ」


 サラシュアが、周囲の殺気を意に介さず、妖しく微笑んで俺の耳元に顔を寄せた。


「貴方が探しているのは、こんなガラクタではないのでしょう?……大聖堂で枢機卿を狂わせたような、もっと暗く、絶対的な力を持つ『アレ』を……」


 その言葉に、俺の足がピタリと止まった。


 不死王アバドから依頼されたクエスト。そして、俺の平穏を脅かす最大の懸念材料。


「……続けろ」


「ふふっ、龍の耳を侮らないで。……我がドラグノフ帝国の最深部、開かずの宝物庫に……その一つ、『嫉妬の心臓』が眠っていますの」


 サラシュアは艶やかな舌で自身の唇を舐め、俺の胸元に指先を這わせた。


「手に入れたいのでしょう?ならば、私を奪いにいらしてください。龍の国で、貴方に何もかもを蹂躙されるのを心待ちにしておりますわ……ッ」


(……『嫉妬の心臓』。確かに原作ゲームでも龍の国にあったな、こいつの言ってることは間違いない。間違いない,,,が)


 俺の脳裏に、王都の広場で笑っていたあの狂信者の顔が浮かぶ。


(あのクソババア、メルフィのイベントが発生する国でもある)


 さけては通れない。


「……チッ。どいつもこいつも、俺のスケジュールを何だと思ってやがる」


 俺はため息をつきながらも、凶悪な笑みを浮かべて腰の剣を肩に担いだ。


「いいぜ、龍の姫さん。その招待、乗ってやるよ」


「!まぁ……ッ♡」


「ヴェルト様!?なぜそのような女の誘いに!」


「安心しろ。俺がタダで厄介事に首を突っ込むわけねぇだろ。……あのドラグノフの宝物庫の底まで、俺が合法的に『略奪』してやるって話だ」


 俺の宣言に、シャルロットが抗議の声をあげ、サラシュアが歓喜に身を震わせ、レオンハルトが「ならば俺も行くぞ!トカゲは好みではないが闘争の気配がするからな!」と雄叫びを上げる。


 シャルロットとシルヴィアも、「絶対に逃がしませんわよ!わたくしたちも行きます!」と後を追う気満々だ。


 王都での騒動を終え、束の間の平穏を貪るはずだった悪徳領主の次なる舞台。


 それは、世界を巻き込む『魔神の心臓』争奪戦の始まりを告げる、異国へのカチコミ宣言だった。

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