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107/141

105.クソ運営ありがとう、おかげで勇者がゴミのようです

 右拳を構えた、その直後だった。


 フィオナの『黒氷』によって吸収器官を内側から破壊され、もがき苦しんでいたキメラの肉塊が、不気味に、そして激しく脈動を始めた。


『アア……ァァアアアァァァッ!!』


 強欲の核に喰われかけたアレクの最後の意地か、あるいは寄生した魔神の生存本能か。キメラは残存するすべての魔力を一点に圧縮し始めた。アレクが本来持っていた勇者の聖属性、傲慢の蒼炎、そして強欲の赤黒い瘴気。相反するはずの力が無理やり一つに練り上げられ、闘技場全域の空間が歪むほどの、超高密度のエネルギー体が形成されていく。


「……これだけの魔力だ。貴様の物理攻撃だろうと、届く前に消し飛ぶぞ!!」


 アレクの絶望と魔神の殺意が混ざり合った咆哮。


 それは間違いなく、原作ゲームのラスボスすら凌駕する一撃だった。物理と魔法のすべてを塵にする『傲慢と強欲の極大消滅破』が、闘技場の石畳をドロドロに蒸発させながら俺の目前に迫る。


 ロイヤルボックスで防壁を張っていたネロが「あんなモン防げるかバカァッ!?」と血涙を流して悲鳴を上げ、ジェシカやクリスたちもその圧倒的な破壊のエネルギーを前に息を呑んだ。


 だが、俺は剣すら抜かず、構えもしない。


 ただ、悪びれる様子もなくニヤリと笑った。


(......この『ヴェルト』はデバッグキャラだ。レベルもスキルも、上限という縛りすら存在しない。魔力だけは未設定だったせいで、持っていても出力が出来ないがな。……勇者すらも『性質』で成立するとあのクソ魔女は言った。なら、俺の性質ってのはなんだ? 原作の立ち位置を思い出せ。ただひたすらに尊大で、我がままで、他者を見下す悪徳領主のドラ息子。だろ?)


 ――勇者なんてタチじゃねェ。魔王なんて物騒な渾名で呼ばれてるが、それも本質じゃねェ。


 なら、残る答えは一つだろ。俺は、俺のエゴを通す!


 限界を知らない異常な数値は、いずれ計算式そのものをバグらせる。



「俺のナチュラルな傲慢と、お前の借り物の傲慢。どっちが強いかなんて……わかりきってるよなぁ!」



 ドォォォォンッ!!


 俺が一歩、大きく地を蹴った瞬間。


 俺の体から凄まじい密度の『青白いオーラ』が爆発的に噴き出した。


 それは魔力ではない。他者を見下し、世界の理すらも己の足元に置く、俺自身の『極まりすぎたナチュラルな傲慢さ』。それが、限界を超えたステータスによって物理的な圧力オーラとなって可視化されたものだ。


『……なんだ、あの力は。まさか、あの小僧も魔神の欠片を……いや、違う!』


 上空で静観していた不死王アバドが、かつてないほど激しく顎の骨を鳴らし、虚ろな眼窩を限界まで見開いた。


『神の力ではない。己の果てしないエゴと精神性だけで、魔神の権能と同質の域に至ったというのか……!?あり得ん、ただの人間にそんなことができるはずが……!』


「な、なんだあの美しい光は……」「勇者様の放つ禍々しい瘴気とは違う……圧倒的で、それでいて惹きつけられるような、あの存在感は……」


 絶望に伏していたセレスティアや民衆たちが、ヴェルトから放たれる青白いオーラに目を奪われ、呆然と呟く。


「ふふっ、ああ……なんて傲慢で、暴力的で、美しいのかしら!」「ちょっと!シャルロット!見惚れてないで防ぎなさいよ!ロイヤルボックスの結界ごと吹き飛ばされそうなんだけど!ネロ、マリア、もっとがんばりなさい!!」


 シャルロットが扇子を握りしめて恍惚と頬を染め、シルヴィアが凄まじいオーラの風圧にスカートを押さえながら悲鳴を上げる。


「なっ……まさか、その光は!?」


 俺から放たれる圧倒的な「本物の傲慢」のオーラに当てられ、アレクの巨大な肉体に異変が起きた。キメラを構成していた強欲の赤黒い触手や、分厚い肉の鎧が、俺のオーラに触れた端からボロボロとひび割れ、剥がれ落ちていくのだ。


 地下迷宮で拾っただけの傲慢。教会の魔女に植え付けられた強欲。


 そんな『借り物の力』では、俺の性質オーラの圧に耐えきれるはずがない。分厚い肉の壁がドロドロと溶け落ち、その中から徐々に、アレク本来の無惨な人型が露わになっていく。


「その力は、俺の、俺だけのもののはずだぞ!!」


 自分だけが至ったはずの神の力を、目の前の悪徳領主にいとも容易く扱われ、アレクは完全にパニックに陥った。意味不明な言葉を喚きながらも、彼は残存するすべての力を振り絞り、ついに『極大消滅破』を俺に向けて解き放つ。


「いつも......いつもだッ!お前は俺の欲しいモノを奪っていくッ!どうしてお前ばかりがッ!ヴェルトッォォォォォ!!!!」


 視界のすべてを真っ白に染め上げる、絶対的な死の光。だが、俺は迫り来る極大のエネルギーに向かって、無造作に右手を突き出した。


「テメェの事情なんざ知ったこっちゃねェがな。俺は俺のモンは、どんな理不尽押し付けてでも絶対に手放さねェ。……自分の無能を棚に上げて、奪われた言い訳を周りのせいにしてるような、女々しい三下の攻撃なんざ、効くわけがねェだろうがァァァァ!!」


 ドゴォォォォォォォォンッ!!!!


 俺の拳が、極大消滅破を――魔法という概念そのものを、文字通り『素手で真っ二つにカチ割った』。


 本物の傲慢のオーラを纏った右腕が、世界の理を強制キャンセルする。極大のエネルギーが俺を避けるように左右に真っ二つに割れ、背後の闘技場の壁を粉々に消し飛ばして天空へと突き抜けていった。


「な……っ……」


 最強の攻撃を素手で割られ、キメラの装甲も完全に剥がれ落ちたアレクが、信じられないものを見るように固まる。


 その直後。俺は音速を超え、アレクの胸ぐらのど真ん中に素手を突っ込んでいた。


「俺はゲームの『クソ運営』には散々文句を言ってきたが……今だけは、感謝してやってもいい」


「な…なに……を」


 グチャリ、と。


 肉を裂き、骨を砕き、俺の右手がアレクの心臓部で蠢く『強欲の欠片』を直接、ガッチリと掴み取る。


「テメェみたいな、他人の力に寄生してイキってるだけのゴミを……」


 ブチブチブチィィィッ!!


「ぐ…『ギャアアア……ァァアアアァァァッ!!コノ強欲ヲヨクモッアアアアァァ』」


 俺が力任せに右腕を引き抜く。アレクの悲鳴すら置き去りにし、胸の奥底から赤黒い心臓の形をした魔神の欠片が根こそぎ引きずり出された。


「――ただの素手で、こうしてゴミ箱にブチ込めるからな」


 俺は引きずり出した強欲の欠片を無造作に地面に叩きつけ、ブーツの踵で粉々に踏み砕いた。


 ピクピクと痙攣していた赤黒い肉塊が、霧散して完全に消滅していく。


 すべての動力を失い、仰向けに倒れるかつての勇者を見下ろしながら、俺は誰に聞こえるでもなく、傲岸不遜に言い放った。


「「そのキャラ設定適当でいいよ」と言われた悪徳領主……か」


 かつて前世で、この理不尽なゲームの開発者に投げつけられたヴェルトへの適当な言葉。


 それが巡り巡って、この最悪の盤面をひっくり返す最大の武器になったのだから、世の中分からないものだ。


 俺は鼻で笑い、気を失ったアレクへと言葉を投げ捨てる。


「クソ運営ありがとよ。おかげで勇者がゴミのようだったぜ」



「…………」


 すべてが終わった闘技場。


 誰もが言葉を失い、ただ圧倒的な暴力によって魔人と化した勇者の力が粉砕された事実を前に、水を打ったような沈黙が落ちていた。


 ロイヤルボックスで防壁を張っていたネロは安堵からへなへなとその場に座り込み、マリアは主の勝利に静かに一礼を。ジェシカやクリスたちは、信じられないものを見たというように目を見開いている。


 そして、フィオナだけは、「やっぱりパパが一番強い」とでも言いたげな誇らしげな顔で、静かにこちらを見つめていた。


 だがその中で、真っ先に崩壊した闘技場の中央へと駆け出した少女がいた。


 勇者の幼馴染である、ニーナだ。


「アレク……ッ!!」


 彼女は瓦礫につまずき、膝をすりむきながらも、すべての力を失って倒れ伏すアレクの元へ飛び込んだ。教会の魔女に利用され、魔神の力に溺れ、自分を切り捨ててまで覇道に至ろうとした青年の成れの果て。だが、ボロボロになった彼を抱き起こすニーナの瞳に、軽蔑や絶望はなかった。


「ばか……大ばか……っ。あんなに、私を突き放しておいて……こんなにボロボロになって……」


 ぽろぽろと涙をこぼしながら、ニーナはアレクの泥だらけの頬にそっと額を押し当てた。勇者という肩書きも、特別な力も、周囲からの称賛も。今のアレクは、文字通りすべてを失っただの人間だ。それでも、彼女は見捨てなかった。


「……全部、無くなっちゃったね。でも、生きてる。生きてるなら……私がいるから。罪を償ったらもう一度、最初から……ううん、底辺から、二人で頑張ろう……!」


 どん底に落ちた幼馴染の手を、決して離さないというように強く握りしめる。それは、神の力にも魔神の力にも負けない、ただの少女が持つ絶対的な『強さ』だった。


 俺は、その様子を鼻で笑って横目で一瞥するだけで、特に声をかけることはしなかった。敗者のその後に構ってやるほど、俺はお人好しじゃねェ。


 だが、そんな美しい情愛の空間すらも、全く別の感情に支配されている女がいた。


「…………あ、アハハ」


 特等席の防御結界の中。


 異端審問局長メルフィ・アンスバッハは、先程まで演じていた『悲劇の聖女』の仮面すら完全に忘れ去り、両目を見開いてわなわなと震えていた。


「なぜ、傲慢の力が?アレク様から奪った?いえ、違いますわ。あれは彼自身の内側から溢れ出たもの……性質?いえ...しかし」


ポロリ、と彼女の美しい指先から、愛用の扇子がこぼれ落ちる。


「一体なにが起こったというのですか?全く理解ができない……理解ができないなんて、何百年、何千年ぶりかしら……!」


 自分の想定を遥かに超える理不尽。


 長きにわたって入念に組み上げてきた陰謀と魔神の力が、たった一人の人間の、ただの暴力とナチュラルな傲慢さだけで根底から粉砕された事実。


 しかし、メルフィの顔に浮かんでいたのは、計画を台無しにされた怒りでも、未知の力への恐怖でもなかった。


 その頬は、理解不能な事象に直面したという、狂おしいほどの『歓喜』に紅潮していた。


「アハッ、アハハハハハハハッ!!やはり、やはり彼は最高ですね!!」


 もはや周囲の目など気にする様子もなく。


 特等席で一人、永遠の魔女は、世界で最も美しいモノを見つけた少女のように、狂ったような高笑いを上げていた。

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