03-02. 発端
待ち合わせ場所に、まだ友人は来ていなかった。
十字路に設置された巨大立体スクリーン。その大画面を何とはなしに見上げ──ストライクは盛大に顔をしかめた。
映ってるのは何かの討論番組だ。その中で、アップになって熱弁を振るっているのは、ヴァリエント隔離論者の急先鋒。
リクドーとかいう名前の議員だった。
音声は流れてないが、何を言っているかなど、テロップを見れば想像はつく。彼が熱心に主張する、ヴァリエント隔離政策だろう。
嫌なものを見た……とストライクはげっそりして目をそらした。
そこに丁度、待ち合わせも相手がやってきたのを発見し、ストライクの口許は花開くように綻んだ。
「久しぶりね。元気そう」
「まーまー元気だよ。エナさんは相変わらず綺麗だねー!」
「ふふ、ありがと」
待ち合わせたレストランの前で顔を合わせたエナは、相変わらずの知的美人だ。彼女の勤務先である情報捜査一課は私服勤務が許可されているが、今日のエナは、スタイルの良さを生かしたタイトでシンプルなワンピース。同姓から見ても美しく、思わずため息が出る。
ストライクはむさ苦しい連中に囲まれがちなので、彼女は貴重な目の保養枠である。
美人がランチに誘ってくれて、塞ぎがちだった気分も多少は上向きになった。
実にありがたい。心の中でエナを拝む。
エナは遷移を持たない《起源者》だが、結婚間近の恋人が《遷移者》であり、ストライクのことも特に偏見なく可愛がっていた。
仕事を通じて仲良くなり、こうして時々、食事に誘ってくれる。
今回は、彼女の希望でイタリア料理店になった。
テーブルの端末からメニューを確認し、ストライクは海老のトマトパスタ、エナはベーコンのクリームパスタを選ぶ。
料理が運ばれて来るまでの間、互いの近況を報告する。たわいもない会話を弾ませていると、皿に綺麗に盛りつけされたパスタがやって来た。
運んできたのは、緑色の髪の猫のヴァリエント・アニマだった。
二人は「いただきます」と声を揃えて、早速フォークを手に取る。
エナは食べ歩きが趣味で、美味しい店をたくさん知っている。彼女の選んだこの店も、麺の茹で加減といい、ソースの味付けといい、非の打ち所のない完璧なパスタだった。
あっという間にストライクの皿が空になる。食べ終わって満足していると、エナがジットリした半眼でこちらを見た。
「あのねえ……もう少し味わって食べなさい。せっかくいいお店に連れて来たのに、もったいないでしょ」
「逆だって。おいしいと早食いになっちゃうんだよー」
麺は飲み物です、とはさすがに言わなかった。食にこだわるエナを怒らせたくはない。
水のおかわりをちびちび飲んで待っていると、あらかた食べ終わってフォークを置いたエナが、すっと姿勢を正した。そして改まった顔で切り出した。
「……今日呼び出したのは、仕事で気になる事があって、どうしてもあなたの助けを借りたかったの」
「へえ、エナさんがあたしに相談なんて珍しいね。何でも協力するよ。でも、あたしに手伝える事なんてあるかなー?」
ストライクは首をかしげた。エナは賢く、頼りになる姉御肌で、今までは自分が相談する事の方が多かった。
不思議そうにしているストライクに、エナは真剣な表情で声を落とした。
「………本庁のデータベースに保存されている事件レポートが、改竄されてるかもしれないのよ」
「そんな事出来るの?」
ストライクは思わず金色の目を瞪る。
「普通に考えれば不可能ね。本庁のセキュリティって、バカみたいに厳重だから。それが改竄された可能性があるから問題なの」
「まあ、そうだよね……」
二人が勤める中央警察庁は、イリヤを主な管轄としているが、同時に極東地区全体の統括も兼ねていた。極東地区の事件レポートも、中央警察庁のデータベースに集積されている。
それが勝手に弄られているとしたら、大問題になる。
「まだ断定できないけど、外部からの不正アクセスじゃなさそうなの」
「じゃあ、内部の人間がやったって事?」
「多分ね」
エナの返答にストライクは絶句する。
そこで、また首をかしげた。データ改竄が、非常に由々しき事態であるのは確かだが、話を振る相手が違うのではなかろうか。
ストライクは本庁屈指の脳筋だ。この問題に役に立つ場面があるかというと──多分、無い。
「なんか、大変な事が起きてそうなのは分かったけど、何であたしにこの話をしたの?コンピューターの破壊くらいしか役に立ちそうにないよ」
「誰もそんな事頼まないわよ!」
「だよねー。ならどーいうこと?」
「相談したいのはあなたじゃなくて、あなたのパートナーのクロトさんなの!そういうわけで、繋いでくれると助かるわ」
「あ、なるほどー!」
ストライクはポンと手を打った。
クロトは元軍人で特殊部隊にいた。本人はボカしていたが、過去には情報システムのハッキングにも深く関わっていたようだ。
その話は、エナに「新しいパートナーさんはどう?」と聞かれ、「あいつは口うるさい」と愚痴ったついでに伝えていた。エナはそれを覚えていて、こうして連絡を取ってきたのだろう。
「あなたのパートナーさんに直接連絡を取らなかったのは、私の動きを周りに悟られたくなかったからなの。誰が関わってるかわからないしね」
「うん、それがいいね」
納得したストライクに、エナは声をひそめて続けた。
「この件が解決したら、《レイジング・アウト》の原因が突き止められるかもしれない」
「ほんとうに?」
食い気味のストライクに、エナが「ええ」とニコリと笑みを浮かべて頷いた。
昨今のヴァリエントを取り巻く状況は芳しくない。メディアにおいても然り。
ヴァリエントの収容所隔離を主張する、リクドーのような議員や学者を出演させるメディアも増えてきた。
ストライクはそういう番組が始まったらすぐに消してしまうが、不安や苦々しさは燻る。
このままでは、一昔前のように、社会からヴァリエントが排除されるのは時間の問題だった。
……いや、その流れはもう始まっているのだろう。街を歩いているだけで冷たい目で見られたり、距離を取られる事が増えたのを、ヴァリエント達は肌で感じていた。
だが、凶暴化の原因を突き止め、対策が打てれば──《レイジング・アウト》は予防できるかもしれない。
ストライク自身もいつ暴走するか分からない。無関心でいられるはずがなかった。
「分かった。クロトにも協力してもらおう。あいつはなんだかんだいい奴だし、協力してくれると思う」
「それは頼もしいわ。でも、くれぐれも内密にお願いね」
「分かってる」
「ストライクと友達で良かったわ!」
両手を胸の前で合わせて、エナは綺麗な笑顔を見せた。ストライクは、こちらこそ、と胸の内で呟く。
それから簡単に打合せして、必ず連絡すると約束し、店の前で別れた。
彼女は笑顔で手を振って、颯爽と歩き去っていった。




