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03-01. 理由

 


 未来都市トーキョー。

 百年前はそう呼ばれていたこの街も、《大災厄》後の世界再編で、亜細亜連合・極東地区の主都となり、扱いとしては地方都市である。

 その際、トーキョーからイリヤ(伊里谷)に改称されることになった。


 ストライクもイリヤ出身だ。といっても、親の顔すら記憶に残らないほど幼い頃に捨てられた為、本当にイリヤの人間かはわからない。

 ストライクは孤児院を出た後、イリヤの警察学校に入ってそのまま警察官になった。

 《二系統遷移者(ダブル・ヴァリエント)》の身体能力と飛行能力を買われ、当初は機動隊準隊……機動隊の見習いのような部隊に配属された。


 が、厳格な上司とは全くそりがあわなかった。他の隊員とのいざこざもあり、新設部隊の立ち上げを知った二年目に異動願を出し、受理されて、今に至る。


 今思えば、これは本当に英断だった。

 転属を決意した自分にラーメン五杯奢りたい。


 不謹慎ではあるが、ストライクにとって、暴走ヴァリエントとの戦闘は純粋に楽しかった。

 いかに相手を殺さずに倒すか──その縛りで工夫して行う戦闘は、スリルがあって面白かった。好戦的な性格にも合っている。

 また、特三はヴァリエントの管理職や同僚の比率が高く、《二系統》でも白い目で見られる事はない。

 《機巧躯体者(サイボーグ)》のパートナーが、「自分を大事にしろ」「ケガに気を付けろ」「野菜を食え」とか口うるさいのがやや不満だけど、ムカつくのはそれくらいだ。

 だからストライクは、今の職場や任務に概ね満足していた。



 …………だが、辛い事がないわけじゃない。今日は特に最悪の日だった。



 ◇◇◇



「………………」


 冷たくなった遺体を見下ろし、ストライクは拳を握り締めていた。


 …………間に合わなかった。


 その思いが、頭の中をぐるぐると回る。


 ──今夜も《レイジング・アウト》の通報があった。

 ストライク達は現場に急行した。

 だが、特三チームが到着する直前。

 退避命令が出たエリアを封鎖する為に来ていた機動隊が、暴走したヴァリエントと遭遇し、問答無用で射殺してしまったのだ。


 路上に、人形のように転がっているヴァリエント。その姿をじっと見つめる。

 背丈はストライクと同じか、少し大きい。この大きさならば、元はおそらく子供だ。


 完全変化した姿は、水色の兎だった。猛獣系や機械系と違って、制圧するのが難しくないタイプで────ストライクが先に発見していれば、確実に生け捕りに出来たはずだった。


 立ち尽くすストライクを、機動隊員が舌打ちしながら「邪魔だ、どけよ」と押す。そいつがすれ違いざま、「ヴァリエントのくせに」と囁いた。

 金色の瞳を上げて睨みつけると、相手は怯んだように離れていった。


 別の班が死体に布を掛け、どこかに運んでいく。その様子をぼんやり眺めていると、ここ数ヶ月ですっかり馴染んだ気配が歩み寄ってきた。


「──引継ぎは終わった。もうする事はないから、帰るぞ」

「……………うん」


 《機巧躯体者》の男は、放っておけばいつまでも立ち尽くしていそうなストライクの肩を叩き、それから低く呟いた。


「……俺が殴ってやってもいいぞ」


 ゆるゆると顔を上げると、クロトはさっきの機動隊員を視線で示した。


「聞こえてた?」

「まあな」

「別にいーよ。よくあることだし」


 ストライクは小さく笑った。「先に行くね」と背中の翅を震わせ、夜空に向かって飛翔する。

 相棒の視線を背中に感じていたが、ストライクは振り返らなかった。下を向くと、泣いてしまいそうだったから。


 ストライクは、どんな狂暴なヴァリエントであっても、可能な限り殺害しない。

 それは、生きてさえいれば。命があれば。

 いつか、何らかの方法で、完全変化したヴァリエントも元に戻れる日が来るのではないか……そう信じてるからだ。


 収容所送りになったとしても、生きていれば希望はある。そう思いたい。

 ただの偽善で、自己満足かもしれないが、墓場に送りこむより、可能性は残されてるはずだ。


 だが──《起源者(オリジン)》の警察官は、躊躇なく暴走ヴァリエントを殺す。機動隊にいた頃、それを何度も目の当たりにした。


 ストライクはどうしてもそれが納得いかなかった。

 暴走ヴァリエントの殺害を、全面的に悪いと言いたいわけではない。実際、ストライク自身もやむを得ず殺した事がある。

 すべての暴走ヴァリエントを救えないのも頭では分かっている。



 でも今日は…………自分が遅かったばっかりに、あの子は殺されてしまった。それがかなり堪えた。


 次はもっと早く。

 誰より早く、現場に駆けつけて、救える命を救わなければ……

 夜空に靡くオレンジの髪。それに混じって、涙が一粒だけ、後ろに流れていく。




 暗い夜空に溶けるように去っていく女の姿を、クロトは暫く目で追っていた。

 彼の義眼でも捉えられないくらい小さくなるまで彼女を見送った後、彼は一つため息をつき、本庁に戻るために踵を返したのだった。



 ──表面上は何事もなかったかのように淡々と日常をこなすストライクの元に、科学捜査一課の友人、エナ・ユヅキから連絡があったのは、それから暫くしたある日の事だった。



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