終.めでたしめでたし
七兵衛は今、井ノ子の町にいる。
穏やかな雪晴れの空が続く、瑞穂国の南西、亥娑国の外れであった。戦国の世に似つかわぬのどかさに恵まれたこの国は、流れ者の七兵衛にとって今も変わらず居心地がいい。
とは言え七兵衛が目下身を置いているのはその井ノ子の町中ではなく、西の外れの雑木林、その奥にぽつねんと佇む小さな庵の寝間である。
「――七兵衛さん、いい加減に起きて下さい! もう卯の半刻(朝七時)ですよ!」
「……今しばらく」
と、引き戸を思い切り叩き開けて響いた利吉の怒号に背を向けて、七兵衛はなおも厚手の衾にくるまっていた。
手前の居間では既に利吉が朝餉の支度を終え、今や遅しと主人の起床を待ち侘びているにもかかわらず、このところ七兵衛は終始この調子である。
時、子月。ようよう年も明けたこの冬は例年よりいくらか冷え込みが厳しく、どちらかと言えば瑞穂の南方に位置する亥娑国でも三日前まで雪が降り続いていた。
それがようやくにして止み、今日も日が昇って小春日和の予感を運んできたものの、雪は溶けずに残ってしまっている。七兵衛がここ毎朝、無駄にでかい図体を丸めて衾から出たがらない理由はそこにある。
「何が〝今しばらく〟っすか、半刻前にもそう言ってたでしょ! いい大人がいつまでもぐずぐず言ってないで、さっさと起きて着替えて顔洗って飯食っちまって下さい! じゃないとおれも人足の仕事に行けないじゃないっすか!」
「厭だ。寒い」
「だーっ、もう! 冬になるといっつもこれなんだから! 毎度同じことを言うのはおれも気が引けるんですがね、その寒さ嫌い、いい加減何とかしたらどうっすか! だいたいよろず屋の仕事が入らなくなって、もう三月も経つんすよ? いつまでも寒いだ何だとごねてないで、今後のことももっと真剣に考えていただかないと」
「案ずるな。こう見えて俺も、先のことなら真面目に考えておる」
「いいえ、残念ながらおれはもう七兵衛さんの言う〝真面目〟って言葉は信用してませんから。どうせまたどこの賭場なら如何様がしやすいかとか、どこの高利貸なら借りた金を上手く踏み倒せるかとか、そんなことしか考えてないんでしょう」
「いや、違う。このところ俺はこの寒さゆえ、体が弱ってなかなか町へ出向いてゆけぬ。そこでこの俺が感冒を患い身動きを取れずにおると触れ回れば、入れ替わり立ち替わり必ずや看病に訪れるおなごがいるであろう。そのおなごたちが持ち寄る見舞いの品を集めれば、恐らくこの冬は越せる。ついでに俺もこの庵にいながらおなごと戯れることができて一石二鳥だ」
「本当に一瞬でも期待したおれが馬鹿でした」
七兵衛の提案を最後まで聞いてしまったことを心底後悔した顔で、立ち尽くした利吉が言った。が、利吉が相変わらず辛辣な小言を並べているにもかかわらず、七兵衛はやはり頑として衾の下を出ようとしない。
そんな主人のていたらくにいよいよ腹を立てた利吉青年は、最終手段として残しておいた奥の手に出た。
七兵衛が頭を向けた先にある縁側の雨戸を、がらりとすべて開けきってしまうという作戦である。
「さ、これで風通しも良くなって気分爽快ですね。七兵衛さん、見て下さい。よく晴れた朝の雪景色は格別ですよ!」
「おい、利吉、何をする。早うその戸を閉めよ。お前は俺を殺す気か」
「玄田を斬っても死ななかった人が、この程度のことで死ぬわけないでしょう。分かったらさっさと起きて下さい。だいたい七兵衛さんは、昔から摂生ってものが――」
「――ごめん下さい」
再び始まろうとしていた利吉の小言を、そのとき遮った声があった。響いたのは女の声で、利吉が押し開けた雨戸の左手から聞こえたようである。
驚いた利吉がそれを振り向けば、そこには薄紅色の袷に綿入れを重ね、脚半に爪掛けつきの雪駄を履いた女の姿があった。
頭には、市女笠を被っている。
その市女笠のつばをひょいと持ち上げたのは他でもない、よろず屋二人が三月前に別れたあのさゆだ。
「利吉、久しぶり。元気そうね」
「さ、さゆさん!? どうしてさゆさんがここに……!」
「玄関から声をかけても誰も出てこないから、こっちまで回ってきちゃった。あなたたちがこの庵にいるってことは、癸助さんから聞いてきたの。その様子だと、そこに七兵衛もいるのね?」
「おう、さゆ。久しぶりだな。息災そうではないか」
「なっ!」
と、ときに利吉がぎょっとして振り向いたのも無理はなかった。
何しろ直前まであれほど衾の外へ出ることを渋っていたはずの七兵衛が、さゆの声を聞いた途端、寝間着姿でぬっと縁側に顔を覗かせたのである。
「しかしこの寒い中、その旅姿はどうしたことだ。ほれ、利吉。早うさゆを中に入れてやらぬか。客が来たことにも気がつかぬとは、まったく気の利かぬ男だ」
「誰のせいだと思ってるんすか、誰の!」
依然恨み言を垂れつつも利吉は急いで居間へ回り、土間へ飛び下りてさゆを迎えた。その頃七兵衛はと言えば、やおら居間の炉端へ移り、寝間着に褞袍を羽織って人心地ついている。
炉には夜が明ける前から火が入れられており、町人の暮らす長屋ほどしか広さのない板の間はほのかに暖かかった。
そこへ入ると外からやってきたさゆもほっと気分が安らいだらしく、土間から利吉に通されて、七兵衛と炉を囲む位置に腰掛ける。
「急に訪ねてきたりしてごめんなさい。せっかく休んでたところを邪魔しちゃったかしら?」
「いや。今日は何やら吉事があるような気がしてな。そろそろ起きようとしていたところへ、ちょうどそなたが訪ねてきた。あるいはこれも何かの運命やもしれぬ」
「どの口が言うんだか」
と小さく悪態をつきながら、ときに利吉が炉に吊っていた土瓶を外し、早速煎茶を淹れ始めた。さゆは礼を言ってそれを受け取り、寒さで凍えた両手を温めるように湯飲みを包み込んで膝の上に置いている。
「で、今日はどうした。ついにこの俺が恋しゅうなって、わざわざ遠方より訪ねて来たか」
「そういうところは相変わらずね。利吉の苦労が忍ばれるわ」
「ありがとうございます。七兵衛さんの自堕落ぶりといったら、もうほんとおれ一人の手には負えなくて、正直参ってたんですよ」
「利吉。そんなことより俺の髪紐が見当たらぬ。恐らく奥だ、探して参れ」
「ね、このとおりでしょう?」
「あなたも大変ね、利吉」
腕を組み、横柄に言う七兵衛の横で、さゆが小さく苦笑した。が、当の七兵衛はそんなことなどどこ吹く風で大あくびを零している。
利吉はその七兵衛に恨めしげな視線を投げつつも、言われるがまま一度奥へと引き取った。かつて神とまで崇めた七兵衛の言とあらば、どんな理不尽な要求も断れないのがこの青年の悲しいところである。
「あれから暮らしの方はどうだ。俺も癸助からの文で、そなたが秘術の里の再興のために尽力し始めたとは聞いておったが」
「ええ。おかげさまで、あれきり鴉土の人間や北原一門に追われることもなくなって、安泰な日々を送れてるわ。今は里の再興のために各地を回って、あの事件から生き延びた里の仲間を探し歩いてるところなの。そうやって少しずつ人を集めて、また里を盛り立てていけたらいいなと思って」
「では今は、その旅の最中ということか」
「そういうこと。あなたたちと緋淵で別れたあと、蓮姫様が国を挙げて里の再興を支援するってお話を下さってね。今はそのお言葉に甘えて、姫様に路銀を恵んでもらいながらこうして旅をしてるってわけ。そう言うあなたたちは相変わらず?」
「おう、相変わらずさ。この冬が明けたら、また別の地に拠点を移そうと考えておる。最近はよろず屋の噂を聞いて訪ねてくる者も少なくなってきたのでな。ここもそろそろ潮時だろう」
「呪いの方は?」
「それも相変わらずだな。玄田を斬ったからと言って、特に変化もない。悪化しなかったのは幸いだが、かと言って解ける気配もないようだ」
言って、七兵衛は着物の上から軽く呪いの傷に触れた。
あの晩、玄田を斬った七兵衛を呪いが食い殺すことはついになかったが、それで呪いが解けたのかと言えばそうではない。
あれ以来七兵衛は人を斬るような場面には出会っていないものの、呪いが未だ体の内にあるということははっきりと分かった。それがかつてさゆの言っていた〝妖気を感じる〟ということなのやもしれぬ。
とにかく黄宵の呪いはなおも胸の古傷に宿り、七兵衛が再び血刀を手にするときがくれば、そのときこそその身を内から食い破らんとするであろう。
「それじゃあやっぱり、あなたはこれからもその呪いを抱えて生きていかなきゃいけないのね。他に何か、その呪いを解くための方法が見つかればいいんだけど……」
「そのような顔をするな、さゆ。これは俺の問題であって、そなたが気に病むことではない。俺も始末屋を辞めたときから、この呪いと末永く付き合っていく覚悟はできておるしな。しかし呪いと言えば、どうだ、その後記憶の方は?」
と、ときに七兵衛が尋ねたのは、さゆが失った禁術の記憶のことであった。
あの一件のあと、七兵衛はさゆが禁術の書から読み取ってしまった様々の知識を〝不幸〟として引き取ったのである。
無論それはさゆ本人から乞われてしたことであり、七兵衛の脳裏にはしっかりとさゆから引き取った禁術の記憶が刻みつけられていた。
が、七兵衛がそれを知ったところで用いようがない。禁術を行使するための手順は分かっていても、そもそもこの男には符術師としての素養など微塵もありはしないのである。
「そっちもおかげさまで、禁術に関する記憶は綺麗さっぱり消えたままよ。どんなに思い出そうとしてみても思い出せない。この分なら、もしまた禁術を狙う誰かに捕まって拷問にかけられたとしても、私の口からその術式が洩れることはないでしょう。玄田の下に集められた妖術師も、鴉土国があんなことになって散り散りになったって言うし」
「これ、縁起でもないことを申すな。そなたが再びあのような憂き目を見ることになったらと思うと俺がたまらぬ。危急のときはいつでもこの俺を頼れ。そなたを守るためならば、俺はこの命すら惜しまぬ。何ならこのまま俺の女となって傍にいても構わんが」
「どさくさに紛れて何言ってるのよ。そんなこと、誰にでも言ってるんでしょう」
「少なくとも蓮香には言ったことがないな」
「言ってあげたら?」
「馬鹿を申すな。たとえ冗談でも、あのおろちを口説くくらいなら俺は自決する」
「やっぱり似た者同士ね、あなたたち。この間蓮姫様も同じことを言ってたわ。たとえ冗談でもあなたに口説かれるくらいなら自決するって。そこまで似てると、逆にお似合いなんじゃないかって気がするけど」
すました口調でさゆが言えば、七兵衛はいよいよ苦虫を噛み潰したような渋面を浮かべた。そんな七兵衛の反応を見たさゆはからからと笑い、むしろ七兵衛と蓮香の意地の張り合いを愉しんでいるようである。
ところがそこでふとその笑顔を収めると、さゆは急に真面目な顔になって七兵衛を見つめた。
(おや)
と、それを見た七兵衛が視線を返せば、さゆはつと右手を懐に入れ、そこから取り出した小さな包みを七兵衛の前へと差し出してくる。
「これは?」
「受け取って。生憎私には里の再興があるからあなたの女にはなれないけど、本当に命を懸けて私を救ってくれたこと、感謝してる。あなたがいなかったら、今の私はここにはいないわ。こんな形でしか、今はその恩を返せないのが歯痒いけど」
「まさか、金か?」
七兵衛が問えば、さゆは意味深長な笑みを浮かべた。恐らくそれが答えであろう。
途端に七兵衛は腕を組み、難しい顔をして目の前に置かれた包みを見やった。
その視線の意味をさゆは誤解したらしい。はっとしたように顔色を変えて、
「あ、安心して。もちろんそれは私が自分で稼いだお金よ。符術って案外見世物にもなったりしてね。少し大きな町で人を集めて符術を見せれば、結構簡単におひねりがもらえて――」
「――要らぬ。符術で稼いだ金ならば、これはそなたの里のために使え」
と、弁明に臨んださゆにみなまで言わせず、七兵衛は包みをずいとさゆの方へ押し返した。
頑として受け取らぬ、という気色である。これにはさゆの方がうろたえた。
「ちょ、ちょっと七兵衛、そんなこと言わずに受け取ってよ。じゃないと私、他に恩を返せないわ」
「俺は何も見返りが欲しくて玄田を斬ったわけではない。それに礼金ならば蓮香からたんまりと巻き上げた。今更そなたにたかるほど金子には困っておらぬ」
「そういうことじゃなくて、受け取ってもらえないと私の気が済まないの。いつかもっと別の形で恩を返せたらとは思うけど、今の私にはこれしか方法が……」
「さゆ。そなた、分かっておらぬな」
「え?」
「玄田を斬ったあの一件で、救われたのは俺の方だ。ゆえに礼など受け取れぬ。恩返しと言うのなら、今後もまたこうして健やかな顔を見せに来よ。それが俺にとって一番の慰めになる」
「ど、どういうこと?」
困惑顔をしたさゆを余所に、七兵衛は居間の隅に置かれていた煙草盆を引き寄せた。そこから愛用の煙管を取り上げ、火皿に煙草を詰めながら何やら思案している様子である。
さゆは辛抱強く、その七兵衛の口から次なる言葉が出るのを待った。
その間に七兵衛は炉火に煙管の雁首を近づけ、煙草に火をつけてふうっと一息を入れている。
「さゆ。あの晩俺はそなたに言ったな。己が生きてゆくための新たな理由。その答えが今、見えかけていると」
「え、ええ」
「ここだけの話だが、俺は始末屋を辞めてからこの方、ずっと己に問うてきた。理由はどうあれこれまで散々人を殺めてきた俺が新たな生を生き、そこに救いを求めることなど許されるのかと」
「七兵衛、それは」
「いや、最後まで聞け。俺はどうも自分のことを話すというのが苦手なのだ。ゆえにこれは一度しか言わぬ」
と七兵衛が言うので、さゆは思わず居住まいを正した。一方の七兵衛は再度深く息をついて煙草の煙を吐き出すと、その吸い殻をぽん、と灰吹きへ落としながら言う。
「俺はかつて母者を守れなかった過去に決着をつけるため、この手で誰かを守り切ってみせたいと思った。それを新たな理由とし、やり遂げることで、ようやく己が過去を断ち切ることができるのではないかと思ったのだ。だが同時にそんなものはただの偽善だ、独善だという思いもあった。俺のような人殺しがいくら善人ぶってみたところで、本当に誰かを救うことなどできはしないのではないかとな」
「……」
「だから俺はあの晩、その答えを刀に求めた。いや、俺の中にいる黄宵に、と言った方がいいやもしれぬ。俺の見つけた新たな理由が虚無であるならば、殺せ。そう念じて玄田を斬った。始末屋としてではなく、よろず屋としてだ。結果」
呪いは俺を殺さなかった、と、一息を置いて七兵衛は言った。
さゆは沈黙している。
その膝の上に、温かい茶が乗っていることも失念している気配である。
「あの晩、俺には確かに黄宵の声が聞こえた。生きよ、と。そのとき、俺はようやく許されたような気がしたのだ。七代目飛沢克之進としてではなく、よろず屋七兵衛として生きることをな」
それが俺にとってどれほどの救いであったか、そなたには分からぬであろう。そう言って七兵衛は微笑した。
さゆはただ呆然と七兵衛のその笑みを見つめ、座り込んでいる。
沈黙の中に、かつん、と、七兵衛が煙管を盆へ戻す音が響いた。
「だからその礼は受け取れぬ。代わりにただ一言、言わせてくれ。――ありがとう」
そう言った七兵衛の声は、まるで春風が可憐な花を撫でるがごとく優しかった。
それを聞いたさゆの頬を、一筋の涙が伝う。
しかしその面輪には笑みがある。
それからさゆは七兵衛に差し出していた金の包みを懐に収い、あとは自分の近況や旅してきた諸国の様子を話すばかりだった。奥から戻った利吉が朝餉を食べていくかと問うたが、既に宿で喫してきたあとだという。
その宿に旅先で再会した里の仲間を待たせてあると言い、半刻(一時間)ほど雑談したさゆはついに炉端から腰を上げた。
利吉が奥から探し当ててきた髪紐でようやく髪を結い上げた七兵衛も、その見送りのために席を立つ。
「それじゃあ元気でね、七兵衛、利吉。癸助さんや蓮姫様にもよろしく」
「ああ、そなたも達者でな。この俺が恋しゅうなったら、またいつでも会いに来るといい」
「別に七兵衛さんが恋しくなくても、近くに寄ったらぜひ遊びに来て下さい。おれたちも拠点を移すときが来たら、次の行き先は癸助の兄ぃに知らせておきますから」
「ありがとう。里が無事再興したら、あなたたちも遊びに来てね。そのときは里を挙げて歓迎するわ」
再び市女笠を被り、その下で笑ったさゆの姿は、まるで雪景色に咲く一輪の花のようであった。
それを見てつい別れが惜しくなった七兵衛は、
「やはり俺の女にはならぬか」
と尋ねたが、
「今は里の再興が第一だから」
と、さゆも朗らかに受け流す。
ならば里が再興したら、と食い下がろうとした七兵衛の足を、見向きもせずに利吉が踏んだ。
あまりの不意討ちにそれを察知できなかった七兵衛は珍しく不覚を取り、声を飲んでその場にうずくまっている。
そんな二人のやりとりを見てひとしきり笑ったさゆは、それじゃあ、と笑って手を挙げた。
そうして綿入れの裾を翻し、歩き出したかに見えたが、ほどなくはたと立ち止まり、一度だけこちらを振り向いてくる。
「七兵衛」
名を呼ばれ、七兵衛は顔を上げた。
利吉に踏まれた左足を未だ労っているその男に、さゆはたおやかな笑みを向ける。
「生きてね」
その言葉を聞いた七兵衛は、束の間目を丸くした。
が、やがてその口元に、ふっと不敵な笑みを刻む。
「ああ。死なねえよ」
それこそが、さゆの望んだ言葉であった。
彼女は最後に安堵の笑みを浮かべると、今度こそ身を翻し、凍った沢の向こうへと立ち去っていく。
やがてさゆの姿は、枯れ木となった林の木々の間に遠くなった。
その後ろ姿を眺めながら、ときに利吉が感心しきった口調で言う。
「さゆさん、すっかり明るくなりましたね。まるで出会った頃とは別人みたいだ」
「まあ、結局は己一つということだ。泣くも笑うも、生きるも死ぬもな」
そう言ってようやく立ち上がった七兵衛は、雲一つない青天を仰ぎ見た。
この季節、こういう朝はかえって冷え込むものだが、今日はやけに気分がいい。
「良き日和だな。今日も一日晴れそうだ」
かくして自由気儘なよろず屋は、今日も仕事を待っている。
その売り文句はただ一つ。
「あなたの不幸、引き取ります」
(イラスト:偽尾白様)
(了)




