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エピローグその2  幸せの一本道

 ――一年後。


 袈裟懸村。


 朝日が山の向こうからゆっくり顔を出す。


 ガラリと玄関が開いた。


「ただいまー!」


 作業服姿の信人と和人が、大きく背伸びをしながら帰ってくる。


 夜明け前から畑へ出ていた二人は、土の匂いをまとっていた。


 家の奥から、明るい声が響く。


「お疲れさまー!」


「朝ご飯できてるよー!」


「先にシャワー浴びてきて!」


「「はーい!」」


 二人の返事が、ぴたりと重なる。


 その何気ないやり取りに、律子は思わず笑みをこぼした。


 それだけで幸せだった。


 食卓には湯気が立っていた。


 炊きたての白いご飯。


 具だくさんの味噌汁。


 ほんのり甘い卵焼き。


 納豆。


 近所からいただいたきんぴらごぼう。


 手作りの漬物。


 豪華ではない。


 けれど、温かい。


 四人分並んだ食卓。


 それが今の家族だった。


「「「「いただきます」」」」


 まず信人が味噌汁を一口。


 続いて和人も口に運ぶ。


 律子は緊張した面持ちで二人を見つめる。


「……美味しい。」


 和人が笑う。


「うん。」


「いい出来ですね。」


 料理上手な信人のお墨付き。


 その瞬間、律子の肩から力が抜けた。


「よかったぁ……。」


 胸をなで下ろす。


「このきんぴらも最高。」


 和人が笑う。


「それ、佐知子さんにもらったやつ。」


 聖子が苦笑する。


「じゃあ漬物は?」


「吉田のおばちゃん。」


「…………。」


 和人が固まる。


「あ、そう……。」


 食卓が笑いに包まれた。


「まだまだ修行が足りないわね。」


 律子が肩をすくめる。


「ごめんね。」


 赤ん坊を抱く聖子が申し訳なさそうに笑う。


「いいの。」


 律子は自分のお腹へ優しく手を当てた。


「この子が生まれたら、今度はお姉ちゃんの番だから。」


 少し丸くなったお腹。


 そこには新しい命が宿っていた。


「でも私、そんなに上手くできるかな。」


 聖子が照れ笑いする。


「それに……。」


 頬を赤らめる。


「もう一人。」


「「えぇっ!?」」


 律子と和人の声が綺麗に重なる。


「料理も子育ても任せてください。」


 信人はいつもの穏やかな笑顔だった。


「さすがお義兄さん!」


 律子が拍手する。


「頼りになる~。」


 そして横にいる夫を見る。


「もちろん、うちの人もやるよね?」


 にっこり。


 笑顔なのに逃げ道がない。


「……はい。」


 和人は正座したまま頷いた。


「頑張ります……。」


 食卓がまた笑いに包まれる。


 食後。


 二人の夫はスーツへ着替え、玄関へ向かう。


「いってきます。」


「いってきます。」


 聖子は幼い子を抱き、その小さな手を振る。


 律子もまた、お腹へ手を添えながら微笑む。


「「いってらっしゃい。」」


 二人の背中を見送る。


 その姿を見つめながら、律子は静かに目を閉じた。


 家族を失った。


 戦争で。


 父も。


 母も。


 八人の兄弟姉妹も。


 すべて失った。


 栄光を掴んだと思った。


 その直後、すべてを失った。


 逃げた。


 生き延びるために。


 絶望しかなかった。


 だけど――。


 あの日。


 一人の青年と出会った。


 恋をした。


 その一本道を信じた。


 だから今、ここにいる。


 姉がいる。


 義兄がいる。


 夫がいる。


 そして、お腹には新しい命。


 病院では、


「元気な人間の赤ちゃんですよ。」


 そう言われた。


 思わず笑ってしまった。


(うん。)


(医学的には、そうなんだろうね。)


 でも知っている。


 この子がどんな子になるのか。


 少し不器用で。


 誰より優しくて。


 誰より家族を愛する子。


 だから怖くない。


 窓の外では、洗濯物が風に揺れている。


 どこまでも穏やかな朝だった。


 賑やかな声が響く家。


 笑顔が絶えない食卓。


 失った家族は戻らない。


 それでも。


 新しい家族は、自分たちの手で作っていける。


 この幸せを、今度こそ守り抜こう。


 そう心に誓いながら、律子は空を見上げる。


 柔らかな朝日が、村を優しく照らしていた。






 完


『狂乱の聖女は、担任教師を運命の恋人だと思い込んでいる』

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。



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