表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
95/103

第95話 七支刀は母の涙を許さない。

 完太の大きな手が、そっと律子の頬へ触れる。


 その手は、見た目とは裏腹に驚くほど優しかった。


 律子もまた、震える指先でその手に触れる。


 まるで昔から知っていた温もりを確かめるように。


 しかし、その温かな時間は長く続かなかった。


 完太の親指が、不意に止まる。


 律子の白い頬。


 そこに細く残る一本の傷跡。


 親指でそっとなぞる。


 何も言わない。


 誰も言葉を発さない。


 部屋から音が消えた。


 数秒。


 永遠にも思える沈黙のあと、完太は静かに口を開く。


「……誰がやった。」


 低い。


 静かな声。


 怒鳴ってはいない。


 それなのに、その一言だけで空気が凍りついた。


 律子は答えない。


 首を横に振ることもできない。


 ただ、悲しそうに目を伏せるだけだった。


 その沈黙が、何よりの答えだった。


 完太は小さく息を吐く。


「……そうか。」


 その笑顔が消える。


 優しかった瞳から光が消え、代わりに底知れない闇が宿る。


 ゆっくりと立ち上がり、律子へ背を向けた。


「少し…」


 その呼び方は、先ほどより少しだけ柔らかい。


「少しだけ……目を閉じててくれ。」


 律子が何かを言うより早く――


 世界が揺れた。


 ドンッ!!


 轟音。


 いつ拳を振るったのか、誰にも見えなかった。


 完太の拳は、すでにバンティンの顔面へ深々とめり込んでいた。


 骨が軋み、身体がくの字に折れ曲がる。


 そのまま数十メートル先まで吹き飛び、壁を突き破る。


「がっ……!」


 地面へ落ちるより早く。


 完太は、その目の前にいた。


 誰一人、その移動を視認できなかった。


 絶望だけが、そこにあった。


 完太の周囲の空気が揺らぐ。


 ボッ――。


 何もない空間に、小さな炎が灯る。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 やがて炎は巨大な渦となり、空間そのものを焼き始めた。


 熱い。


 いや、熱という言葉では足りない。


 呼吸するだけで肺が焼ける。


 百目も。


 レオも。


 盲でさえも。


 誰一人、口を開かない。


 炎の中心から、一振りの巨大な剣が姿を現す。


 六本の枝を持つ異形の七支刀。


 刀身には、七つの髑髏が円環を描くように刻まれていた。


 業火が刀身を這う。


 それは武器ではない。


 終焉そのものだった。


 バンティンの顔色が変わる。


「ま……まさか……。」


 喉を鳴らし、震える声で呟く。


「終末の王……。」


 最後の悪魔。


 その名を口にした瞬間、空気がさらに重くなる。


 完太は剣を肩へ担ぐ。


 その瞳には、一切の感情がなかった。


「……考えを変えた。」


 静かな声だった。


「地獄へ連れて行くのはやめだ。」


 ゆっくり剣先を向ける。


「ここで灰にする。」


「手を上げたことを、一生――いや。」


「死ぬ瞬間まで後悔させてやる。」


 その言葉に、初めてバンティンの額から冷や汗が流れた。


 慌てて両手を上げる。


「ま、待て! これは反則だろ! 対決はどうした!」


 百目が静かに前へ出る。


「問題ない。」


「それは、まだ和人の一部じゃ。」


 さらに冷たい視線をバンティンへ向ける。


「それに、お前は故意に女を狙った。」


「違う! 偶然だ!」


 百目は両手の無数の瞳を開く。


「私の目は、心の奥底まで見抜く。」


「お前の悪意も、殺意も。」


「すべて見えておる。」



 沈黙。



 やがてバンティンは肩を落とした。


「……わかった。」


「降参だ。」


「呪いを解く。」


 完太は何も言わない。


 無言のまま歩み寄ると、バンティンの頭を片手で鷲掴みにした。


 まるで子猫でも持ち上げるかのように軽々と持ち上げ、そのまま律子の前へ突き出す。


「さっさとやれ。」


 律子は静かに首を横へ振った。


「……もう、いいの。」


 完太が振り返る。


「この呪いのせいで、死にたいくらい苦しかった。」


「でも……。」


 優しく笑う。


「みんなに出会えた。」


 そして、完太を見つめる。


「あなたにも会えた。」


 その一言だけで十分だった。


 完太の肩から、ふっと力が抜ける。


「……そうか。」


 その目に宿っていた炎が静かに消える。


「なら、それでいい。」


 そう呟くと、バンティンを軽く放り投げた。


 ジャラリ、と鎖が意思を持つように伸びる。


 瞬く間にバンティンの全身へ巻き付き、そのまま巨大な棺桶の中へ引きずり込んだ。


 重々しい蓋が閉じる。


 ――ゴォン。


 その音だけが、静まり返った空間に長く響いていた。



☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ