第91話 悪の一夜が終わったと思ったら、観客席の化け物たちが次のゲームを始めた。
――東の空が、ゆっくりと白み始めていた。
長い夜だった。
いや。
正確には。
あまりにも色々起こりすぎて、時間感覚そのものが壊れていた。
その頃――。
和人のマンション。
リビング中央。
大型モニターには、つい先ほどまで続いていた袈裟懸村防衛戦、その最後の映像が映し出されていた。
悪魔軍団壊滅。
レプティリアン撤退。
そして。
突如現れた悪魔王直属執行官による、一方的すぎる幕引き。
数秒。
沈黙。
静寂。
やがて――
ソファに座っていた金髪の少年、レオニダスがぽつりと呟く。
「……何これ」
隣で膝を抱えていたゴスロリ少女――盲も、口をぽかんと開けていた。
「……うん……」
数秒。
二人は顔を見合わせる。
そして。
完全に同時に言った。
「「しょっぱい」」
空気が凍る。
盲が天井を見上げる。
「いやいやいやいや……ないわぁ……」
レオニダスも腕を組む。
「ここまで盛り上げておいて?」
「最後これ?」
「いやいやいや……」
盲がソファに後ろ向きに倒れ込む。
「なんであそこでレプティリアン撤退なのよ!!」
「そうだよ!!」
レオも珍しく声を荒げた。
「やるなら最後までやろうよ!!」
「大人の事情とか知らないし!!」
「「がっかりだよ!!」」
再びハモる二人。
……その場にいた和人と律子は、小さく安堵していた。
少なくとも。
最悪の事態は回避された。
窓際で腕を組んでいた久男は、やれやれという顔で外を見る。
「……騒がしい連中ですな」
しかし。
一人だけ違った。
悪魔――バンティン。
その顔から血の気が引いていた。
(……まずい)
冷や汗。
頬を伝う。
(グレイブ兄弟が出た……)
(まずい……まずいまずいまずい……)
脳内で警報が鳴り響く。
(あいつらは必ず来る)
(絶対に来る)
(口封じ……)
(俺は消される)
次々と思考が巡る。
(逃げるか……)
(どこへ?)
(悪魔領域……無理)
(天使族……もっと無理)
(竜族……いや……レプティリアン寄りだ)
(教会……改宗するか?)
(いや……あいつらに顎で使われる)
(だめだ……)
(今すぐ離脱しなければ……)
ガタン。
バンティンが立ち上がる。
「……では私はこれで」
その瞬間。
背後から声。
レオニダスだった。
ニヤリと笑っている。
「ラスボスがどこ行くのさ?」
バンティンの足が止まる。
盲も楽しそうに笑う。
「逃げ切れると思ってるの?」
静かに振り返るバンティン。
表情は笑顔。
だが。
目は笑っていない。
「……どうでしょうね」
「一応、心当たりはありますので」
そう言って再び歩き出そうとする。
すると。
レオが軽く手を振った。
「待ちなよ」
「……?」
「なんとか出来るかもよ?」
バンティンの眉がわずかに動く。
「……それはありがたいですね」
「実はね」
レオがソファに深く座り直す。
足を組む。
まるで王族のような自然さで。
「僕さ――君たちの王と知り合いなんだよね」
沈黙。
空気が変わる。
バンティンの瞳孔が収縮した。
(……何者だ)
レオは続ける。
「取りなしてもいいよ?」
「君は騙されていたって」
「彼も僕の頼みなら無視できない」
バンティンは静かに言う。
「……では」
「どうすれば?」
「あなたの下僕にでもなれば?」
レオが吹き出した。
「え?」
「やだよそんなの」
「僕さ」
「ボランティアが趣味なんだ」
「困ってる人を見捨てられなくてね」
その瞬間。
隣の盲がニタァ……と笑い始める。
バンティンの本能が警告した。
(……ろくな話じゃない)
「……では」
「対価なしで?」
「いやいや」
盲が立ち上がる。
くるり、と一回転。
ゴスロリのスカートが揺れた。
「困ってるのは、あなただけじゃないの」
指を一本立てる。
「まず」
律子を指差す。
「あなたに呪いをかけられてる彼女」
二本目。
「助けに来た義理のお父さん」
三本目。
レオを見る。
「しょっぱい結末でモヤモヤが止まらない私たち」
レオが満面の笑みで頷く。
「うん」
「かなり不完全燃焼」
そして。
盲が両手を広げた。
満面の笑み。
「だから――決着つけましょ♪」
「……は?」
バンティンが固まる。
盲が宣言した。
「今からあなたは」
「命を賭けて決闘するの!!」
「勝ったら悪魔王に取りなしてあげる」
「負けたら」
「律子ちゃんの呪い解除」
「どう?」
バンティンは目を細める。
「……相手は彼女ですか?」
律子を見る。
レオが即答。
「そんなわけないでしょ」
「では……」
バンティンの視線が久男へ向く。
しかし。
盲が首を振る。
「もっとないわ」
「瞬殺されるじゃん」
「では誰と?」
数秒。
レオと盲が同時に指差した。
「「彼」」
全員の視線が向く。
和人。
「……え?」
和人が目をぱちくりさせる。
盲はそのまま久男へ視線を向ける。
圧。
ものすごい圧。
久男は大きくため息をついた。
「……断れませんな」
和人を見る。
「まあ……いいでしょう」
「出来るな?」
和人は驚くほど落ち着いていた。
「うん」
「いいよ」
その瞬間。
律子が和人の手を握った。
ぎゅっ、と。
強く。
あまりにも強く。
和人がそちらを見る。
律子は俯いていた。
震えている。
小刻みに。
両手が。
そして――
お腹を押さえていた。
まるで。
これから起こることを。
最初から知っていたかのように。
いや。
違う。
知っている。
久男だけが気づく。
律子の指先。
白くなるほど力が入っていた。
その表情。
恐怖ではない。
覚悟だ。
レオニダスが楽しそうに笑う。
盲が目を細める。
バンティンはゆっくりとジャケットを脱いだ。
そして。
律子だけが。
誰にも聞こえない声で、小さく呟いた。
「……やっぱり……ここは……変わらないんだ……」
その瞳には――
ほんの一瞬だけ。
未来を知る者だけが持つ、深い諦観が宿っていた。
夜は終わった。
だが。
本当の物語は――
まだ始まったばかりだった。
☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。
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