第88話 100円ショップのカッターだと思っていたら、世界を斬る聖剣でした ~悪魔も宇宙人もまとめて消し飛ばしたら嫁がドン引きしています~
袈裟懸村、防衛線。
夜。
燃え上がる家屋。
悪魔の咆哮。
血の匂い。
その戦場の中央で――犬神信人は静かに銃を構えていた。
照準の先。
そこに立つのは、一際巨大な体躯を持つ悪魔。
狼頭の上級悪魔――ルプス。
鋭い牙を覗かせながら、獣の瞳でこちらを見据えている。
信人は無言だった。
引き金を引く。
――パンッ!!
――パンッ!!
――パンッ!!
三連射。
だが。
「遅ぇ」
黒い残像だけを残し。
ルプスが視界から消えた。
次の瞬間。
目の前。
巨大な鉤爪が信人の首を狙って振り下ろされる。
だが。
「想定内です」
信人は拳銃を投げ捨てる。
背中から引き抜く。
大型電動チェーンソー。
ギュイイイイイイイイイイイイイ――――!!
高速回転。
直後。
ガギィィィィィィン!!
狼の鉤爪とチェーンソーが激突した。
火花が散る。
地面が抉れる。
ルプスが後方へ飛び退く。
「……少しはやるようだな」
巨大な狼口から舌が覗く。
信人はチェーンソーを肩へ構えた。
箱崎モータース製。
対レプティリアン戦闘用改造モデル。
まだ切り札は残っている。
「……じゃあ、今から少し本気出しますよ」
親指で側面スイッチを押す。
無機質な電子音。
【対レプティリアンモード起動】
【超電導回路接続】
【高周波振動ブレード、展開】
キュイイイイイイイイイイイイイン――――!!
空気そのものが震えた。
地面の砂が浮く。
ルプスの瞳が細くなる。
「……面白ぇ玩具じゃねぇか」
舌なめずりした。
殺意が増す。
そのすぐ隣。
聖子もまた死闘を繰り広げていた。
相手は女狼悪魔――ルパ。
ギギギギギ……!!
刀と爪が激しく擦れ合う。
「あんた……なかなかやるじゃない」
ルパが大口を開く。
そのまま聖子の首筋へ噛みつこうとする。
聖子は即座に後方跳躍。
紙一重で躱す。
着地。
そのまま踏み込む。
居合いのような鋭い一閃。
だが。
――キィン!!
爪で防がれる。
二撃目。
かわされる。
三撃目。
バキン。
刀身が砕けた。
「っ……!」
聖子の呼吸が乱れる。
肩で息をする。
冷や汗。
(まずい……)
(技術は互角……でも身体能力が違いすぎる……!)
対するルパは余裕だった。
「あんたも分かってるんでしょ?」
「……私の方が強いって」
聖子は睨み返す。
「そうね……でも……」
「ひっくり返せないほどの差じゃないわ」
ルパが笑う。
両手の爪を構えた。
「なら――凌いでみなさい」
消えた。
背後。
殺気。
振り向く。
間に合わない。
ザシュッ――――!!
鮮血。
聖子の肩が裂けた。
「かはっ……!」
吹き飛ぶ。
地面を転がる。
視界が揺れる。
そのまま。
ルパがゆっくり近づいてくる。
髪を掴む。
そのまま片手で持ち上げた。
「このまま……亭主の前で」
「頭……握り潰してやるよ」
ミシミシミシ……
頭蓋骨が軋む。
意識が遠のく。
その向こうで。
信人はまだルプスと斬り結んでいた。
助けは来ない。
……終わる。
その時だった。
聖子の手がポケットへ伸びる。
指先が触れた。
小さなプラスチック。
以前もらった。
安っぽいカッターナイフ。
『聖剣シャイニングスター』
……どう見ても百均。
(こんなの……ただのお守りでしょ……)
ずっとそう思っていた。
だが。
今。
この瞬間。
頼れるものは。
これしかない。
ルパが鼻で笑った。
「そんなもので何が――」
聖子は振った。
小さな刃が。
ルパの腰から肩へ。
静かに。
一線を描く。
その瞬間。
世界から――音が消えた。
風が止まる。
炎が止まる。
血飛沫が空中で静止する。
色彩が消える。
白。
黒。
二色だけの世界。
時間そのものが凍結した。
ルパだけが目を見開く。
動けない。
聖子の手の中。
小さなカッター。
カチリ。
刃が一段伸びる。
その音だけが。
世界に響いた。
まるで。
世界そのものに。
切れ目を入れるように。
次の瞬間。
色彩が戻る。
沈黙。
一秒。
二秒。
三秒。
ルパが笑う。
「……ふん、それで傷でも――」
その時。
ギギギギギギギギギギギ……
異音。
ルパの背後。
家屋が。
木々が。
悪魔たちが。
地面が。
斬撃軌道上。
すべてが。
ゆっくり。
ずれていく。
斜めに。
崩壊。
ルパが下を見る。
自分の身体も。
ゆっくり。
斜めに。
ずれていた。
「……え……?」
それが。
最期だった。
ズルリ。
真っ二つ。
「ルパァァァァァァァァァ!!」
ルプスが叫ぶ。
その瞳に浮かんだのは怒りではない。
純粋な動揺。
その一瞬。
信人は逃さなかった。
「……あなたには悪いですが」
チェーンソー最大出力。
ギュオオオオオオオオオオオ!!
超電導高周波振動刃。
一閃。
ルプスの胸部を縦に裂く。
血飛沫。
肉片。
「これで終わりです」
ルプスの瞳から光が消えた。
崩れ落ちる。
聖子はその場にへたり込んだ。
呼吸が止まりそうになる。
手を見る。
そこにあるのは。
白いプラスチック製。
数百円もしない安物。
どう見ても。
どう見ても。
百均のカッターだった。
前を見る。
五百メートル先まで。
斜めに切断された森林。
崩れた家屋。
断ち切られた悪魔の群れ。
「…………」
「いやいやいやいや……」
視線をもう一度手元へ。
「……これ……」
「百均じゃないでしょおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
その時だった。
空間が揺らぐ。
水面のように。
ゆらり。
夜道に何もない空間。
そこから。
一人。
また一人。
また一人。
現れる異形。
老人。
少女。
男。
女。
その皮膚を覆う鱗。
縦に裂けた瞳孔。
鋭い爪。
その数――七。
先頭。
老婆。
桜井。
レプリカント。
No.94。
無機質な瞳が聖子を見る。
「――検体、確認」
聖子の背筋が凍った。
だが。
No.94の視線は。
聖子ではない。
その手に握られた小さなカッター。
初めて。
その顔に変化が走る。
驚愕。
「…………ロストアーティファクト」
声が震えていた。
機械のような存在が。
初めて。
恐怖を見せた。
夜風が止む。
月が雲に隠れる。
そして――
本当の地獄が。
今。
始まろうとしていた。
☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。
評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。




