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第84話 滅びの夜に嗤う者たち ―邪龍、悪魔軍団、そして酔いどれ熊は世界を騙す―

 夜は、まだ終わらない。


 袈裟懸村――東西南北すべての戦線で、血が流れていた。


 燃え落ちる森。


 黒煙。


 爆炎。


 肉の焼ける臭い。


 村全体が、すでに巨大な戦場へと変貌していた。


 その西側。


 村外れの旧農道。


 そこでは二人の男が、静かに後退戦を続けていた。


 

 パンッ!!


 パンッ!!


 パンパンパンパンッ!!


 

 乾いた銃声が夜気を裂く。


 先頭を走る悪魔の頭部が砕け散った。


 その隣の個体も胸部を撃ち抜かれ、そのまま後方へ吹き飛ぶ。


 M4カービンを構える犬神信人は、一切表情を変えない。


 呼吸すら乱れていない。


 ただ冷静に。


 正確に。


 次の標的へ照準を移していく。


 その隣では――


 白髪交じりの老人、箱崎守が、口元をわずかに歪めていた。


「……そろそろじゃな」


「ええ」


 短い会話。


 二人は視線を交わす。


 頷いた。


 次の瞬間――


 箱崎が手に持つ小型リモコンのスイッチを押す。


 

 ――カチッ。


 

 直後。


 

 ドゴォォォォォォォンッ!!!


 

 地面が爆ぜた。


 悪魔たちの足元で埋設されていた対人地雷が一斉起爆。


 内部に封じ込められていた呪術加工済みの鉄球が散弾のように周囲へ拡散する。


 

 グシャッ!!


 バキィッ!!


 ギャアアアアア!!


 

 悪魔たちの身体が次々と吹き飛ぶ。


 腕が千切れる。


 頭蓋が割れる。


 内臓が夜空へ舞う。


 そこへ――


 


 パンッ!!


 パンッ!!


 


 信人の追撃。


 倒れた個体へ、容赦なく止めの射撃を叩き込む。


 

「……まずいですね」


 信人が淡々と言った。


「恐らく、包囲されています」


「うむ」


 箱崎が腰に差した巨大な50口径オートマチックを確認する。


 もう老人とは思えない動きだった。


 そのままM4カービンを肩に担ぐ。


 

「やはり最後は突撃戦じゃな」


「ですね」


「お主に次の会長を任せたいんじゃが」


「いやぁ……」


 信人は苦笑した。


 

「僕、そういうガラじゃありませんよ」


「会長ならもっとアイコニックな人材がいいです」


「ふむ……では律子くんじゃな」


「大抜擢ですね」


 信人が小さく笑う。


 

「彼女、たぶん泣いて喜びますよ」



 その時だった。



 ズンッ―――


 

 地面が揺れた。


 二人の前に巨大な何かが落下する。


 土煙が舞い上がる。


 視界が晴れた。


 そこにいたのは――


 銀髪。


 黒い翼。


 漆黒の角。


 異形の少女。


 片腕には壮介を抱えている。


 

 ツボニール・ツヴァイ。


 

「待たせたなッ!!」


 高らかに宣言する。


 

 壮介が苦笑いした。


「……えっと……来ました……」



 信人は一瞬だけ見た。


 そして。


「壺井さん。この方は?」



 あまりにも平常運転だった。


 壮介が目を丸くする。


「……驚かないんですか?」



 信人は小さく首を傾げた。


「まあ……今さらです」


「たぶん、龍神様……ですよね?」


 ツボニールが満足そうに腕を組む。


「ふん」


「なかなか察しが良いではないか」


 ニヤリ。


 獣のような笑み。


「お主の妻の願い」


「妾が聞き届けてやったぞ」


「迎えに来てやったわ」


 完全にドヤ顔だった。


 そして。


 彼女は視線をゆっくりと悪魔の群れへ向ける。


「……あれじゃな」


 

 ――消えた。


 次の瞬間。


 少し離れた悪魔集団の中央。


 

 ドスッ。


 グチャッ。


 グハァァァァァ!!


 骨の砕ける音。


 肉が潰れる音。


 絶叫。



 十秒後。


 何事もなかったように戻ってくるツボニール。


 服に血一滴付いていない。


「では、行くぞ」


 信人。


 壮介。


 二人を片腕ずつ抱える。


 バシュッ――!!


 夜空へ飛翔。


 一瞬で視界から消えた。


 その場に取り残された箱崎守は。


 静かに煙草へ火をつけた。


「……やれやれ」


 ふぅ、と煙を吐く。


「忙しないことじゃのう」


 夜空を見上げる。


「……ゆっくり追いかけるとするか」


 


 ――その頃。


 村の南東部。


 林道を抜けた先。


 聖子たちのトラックは停止していた。


 その前方。


 闇の中から無数の赤い目が浮かぶ。


 二百。


 いや、それ以上。


 悪魔軍団。


 その先頭。


 巨大な悪魔が舌打ちした。


 サブナック。


「……信じらんねぇ」


 地面に転がる仲間たちの死体を見る。


「総勢五百いたはずだぞ……」


「もう半分以上消えてやがる」


 ギリ、と歯を食いしばる。


「しかも全員歴戦の猛者だ」


「こんなド田舎で……何なんだここは……」


 一方。


 トラックの陰。


 聖子がサブマシンガンを構える。


 佐知子は後方でブローニング重機関銃を展開。


 熊田は相変わらず、ぬいぐるみの姿のまま。


「……まずいわね」


 佐知子が低く呟く。


「向こう百はいるわよ」


「弾もそんな残ってない」


 熊田が小さく息を吐いた。


「逃げ切れないね」


「……時間稼ぎしかないか」


 聖子が頷く。


「やりますか」


 すると。


 サブナックが前へ出た。


「……おい」


 巨大な角が月光を反射する。


「そこにいるんだろ?」


 ニヤリ。


「出てこい」


 聖子が顔をしかめる。


「……少し考えさせてよ」


 横で佐知子と目を合わせる。


 ――時間稼いで。


 無言で意思疎通。


 サブナックが鼻を鳴らした。


「いや、時間がねぇ」


「早くこっち来い」


 聖子が即答した。


「行くわけないでしょ」


「馬鹿なの?」


 佐知子が深いため息をつく。


「……まあ、そうよね」


 サブナックが顎をしゃくった。


「じゃあ仕方ねぇな」


 悪魔軍団が一斉に前進を始める。



 その時だった。


 ぽつり。


「……そろそろ」


 小さな声。


「僕の出番かな」


 全員が振り向く。


 

 そこには。


 

 熊のぬいぐるみ――熊田。


 聖子が思わず叫んだ。


「熊田さん……戦えるんですか!?」


 熊田は少し首を傾げた。


「どうかな」


 そしてニヤリと笑う。


「……そこそこ時間は稼いでみせるよ」


 小さな前足を佐知子へ向けた。


「佐知子くん」


「……例の物を」


 佐知子が嫌そうな顔になる。


「……ほんとにやるの?」


 ゴソゴソ。


 荷物から一本の瓶を取り出す。


 熊田へ渡した。


 ラベルが月明かりに照らされる。


 超高級。


 ジャパニーズウイスキー。


 熊田は瓶を見つめた。


 愛おしそうに。


「うん……景気づけにね」



 そのまま。


 グビッ―――――!!


 一気飲み。



 半分以上が消える。


「……ぷはぁぁぁ」


 小さなぬいぐるみの口から酒気が漏れる。


 そして。


 ゆっくりと前へ歩き始めた。


 サブナックが眉をひそめる。


「……なんだ?」


 熊田が立ち止まる。


 月明かりの中央。


 二百体の悪魔を前に。


 小さなぬいぐるみが振り返った。


 その目が――


 ギラリ、と光る。


「さて……」


 不気味な笑み。


「久しぶりに」


 空気が変わる。


 ドロリ。


 ぬいぐるみの縫い目が。


 ゆっくり裂け始めた。


「……本気、出そうかな」


 悪魔たちが一斉に後ずさる。


 本能が警告していた。


 ――アレはダメだ。


 ――アレは近づいてはいけない。


 ――アレは、生物じゃない。



 月が雲に隠れる。


 闇が降りた。


 

 そして。


 熊田は笑った。


「それじゃあ……」


 ゆっくり。


 ゆっくり。


 口を開く。


「一世一代の口上を始めようか」



 ――次回。



《悪酔いベア、覚醒》


 誰もまだ知らない。


 この村にいる“最悪”は、悪魔でもレプティリアンでもないことを。




☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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