第79話 段ボールが世界を救う――天才博士と愛妻家、最終兵器《ハインラインA型》起動
袈裟懸村――村中央後方区域。
戦線はすでに崩壊寸前だった。
東山では忍が悪魔を屠り、西側では未知の爬虫類種族が悪魔軍を蹂躙し、公民館前では異形の怪物が悪魔を捕食している。
――そして今。
最後の防衛ライン。
そこへ、息を切らしながら駆け込んできたのは聖子だった。
「博士ッ!!」
夜風に髪を揺らしながら叫ぶ。
その視線の先。
そこに立っていたのは――。
全身を段ボール色の装甲で覆った異形の兵士。
鋭角的な忍者のようなフォルム。
全身に張り巡らされた複雑なフレーム構造。
そしてその隣には――さらに巨大な影。
聖子が思わず息を呑む。
「……な、なに……これ……」
それは人型だった。
だが、人間のサイズではない。
全高およそ三メートル。
圧倒的な質量感を放つ超大型パワードスーツ。
装甲表面は特殊複合材によるマットブラウン。
未来兵器でありながらどこか生物的な曲線を持つ。
両肩部には――
左右一門ずつ。
二門の超大型キャノンユニット。
重厚な砲身が夜空へ向けられている。
右腕には、通常兵装の概念を遥かに超えた――
巨大なハンドキャノン。
戦車砲にも匹敵する極太砲身。
そして左腕。
そこには巨大な螺旋構造を持つドリル型兵装。
超高速回転により装甲も骨格も内部組織ごと粉砕するための――
殲滅用スパイラルクロー。
まさしく怪物。
戦争そのものを形にしたような兵器だった。
聖子が呆然と呟く。
「……すご……」
ヘルメット越しに鎧坂が答える。
「対レプティリアン決戦兵装……《ハインラインA型》だ。」
低く、静かな声。
その瞬間。
ピピッ――
通信アラート。
「む?」
ヘルメット内部に着信表示。
鎧坂が回線を開く。
空中へホログラムモニターが投影された。
そこに映ったのは――。
長い黒髪。
整った顔立ち。
雑誌の表紙を飾れそうなほど美しい女性。
白いブラウス姿の大人の美女。
鎧坂の妻――ほのかだった。
だが。
第一声から空気がおかしくなる。
「あら?」
にっこり笑う。
笑っている。
なのに怖い。
「今生の別れになるかもしれないって時に……最愛の妻じゃなくて……若い女の子と一緒なのね?」
空気が凍る。
聖子が目をぱちくりさせる。
鎧坂は真顔だった。
「誤解が発生すると家庭内リスク係数が上昇する。説明を頼む。」
完全に他人任せだった。
聖子が一歩前へ出る。
そして。
営業スマイル全開。
「ごめんなさい♡ ご主人……どうも私と妹が気になって仕方ないみたいで」
一瞬。
ほのかの笑顔が止まる。
「あら?」
目が細くなる。
「あなたと妹さん……泥棒猫なの?」
笑顔。
なのに怖い。
「じゃあ……お仕置きね?」
聖子も負けない。
「あら、ご安心ください♪ 私も妹も人妻ですから♡」
沈黙。
数秒後。
二人同時に吹き出した。
「あははははっ」
「ふふふふっ」
急に女子会が始まる。
ほのかが頬杖をついた。
「そのくらいコミュ力あるといいんだけどねぇ……うちの旦那」
聖子が即答。
「わかります!!」
「ですよね?」
「めちゃくちゃわかります!!」
「うちは変人なのよ」
「奇遇です! うちもです!」
二人、完全に意気投合。
その横で鎧坂。
完全に置いていかれていた。
「……興味深い。女性同士は短時間で共通認識を構築できる傾向が――」
「そういうとこよ」
ほのかがジト目。
「うわぁ……」
聖子まで引く。
「うちと全く同じタイプ……」
鎧坂は本気で困惑していた。
「……なぜだ」
「それ本気で言ってるから怖いのよ」
「まったくです」
再び意気投合。
完全包囲。
聖子が笑いながら頭を下げた。
「じゃあ博士……お願いします。」
そのままトラックへ向かう。
ほのかが画面越しに微笑む。
さっきまでの冗談は消えていた。
柔らかく。
優しく。
まるで夫を送り出す妻の顔。
「――生きて帰ってきてね。」
静かな言葉。
鎧坂が小さく息を吐く。
「……努力はする。」
「違うでしょ?」
ほのかが笑う。
「あなたなら出来る。」
一拍。
彼女の瞳がまっすぐ夫を見る。
「《煉獄の太陽》……シャイン・ソルの旦那様なら。」
鎧坂の眉がぴくりと動く。
「心理的プレッシャーによる過剰期待はワーキングメモリを圧迫し――」
「そういうとこ」
またジト目。
聖子もトラックの窓から顔を出す。
「ほんとそれ!!」
二方向から刺さる視線。
鎧坂は観念したように空を見上げた。
「……やれやれ。」
トラックが走り去る。
赤いテールランプが闇に消える。
夜空。
その先。
無数の黒い影。
羽を持つ悪魔の大群。
数十。
いや――百近い。
空を覆う。
鎧坂の目が変わる。
戦闘モード。
「……さて。」
巨大な機体へ歩く。
装甲が自動展開。
内部コックピットが開く。
蒼い光が漏れる。
彼が乗り込む。
装甲閉鎖。
――LOCK COMPLETE.
低い機械音。
全身の駆動系統が連動を開始する。
キュイイイイイイイイン……
機体全身が淡く発光。
モニター群起動。
人工知能接続。
無機質な女性音声が響いた。
【パイロット認証確認】
【鎧坂光司】
【ハインラインA型 起動シーケンス開始】
視界いっぱいにターゲットマーカー。
赤いロックオン表示が次々点灯する。
【上空より飛翔体接近】
【敵性反応多数】
【迎撃モード起動】
鎧坂が操縦桿を握る。
「……演算開始。」
【目標捕捉完了】
【ロックオン数――47】
悪魔たちが迫る。
夜空を埋め尽くす。
鎧坂が静かに呟いた。
「――迎撃開始。」
瞬間。
両肩。
左右二門。
計四門の大型キャノンが一斉展開。
ドドドドドドドドドドドッ!!
閃光。
轟音。
夜空が裂ける。
砲撃を受けた悪魔たちが次々爆散する。
肉片が燃えながら降り注ぐ。
続けて。
右腕――超大型ハンドキャノン。
バシュゥゥゥゥゥッ!!!
極太のエネルギー弾。
一直線。
十数体まとめて蒸発。
空間そのものが焼け焦げる。
だが。
まだ終わらない。
数体の悪魔が接近。
距離十メートル。
鎧坂の左腕が展開する。
巨大な螺旋ドリル。
高速回転開始。
ギュオオオオオオオオオオオオオオッ!!
音が変わる。
暴力そのものの音。
突撃してきた悪魔へ振り抜く。
グシャァァァァァァァッ!!
肉。
骨。
内臓。
すべて巻き込みながら粉砕。
血霧が夜空へ舞う。
悪魔たちが初めて恐怖を覚えた。
目の前にいるのは人間じゃない。
兵器だ。
殺戮そのものだ。
巨大な機体が一歩前へ出る。
地面が沈む。
モニターに次のターゲットが映る。
鎧坂は静かに言った。
「……実験開始。」
夜空が再び紅く染まる。
袈裟懸村。
最奥防衛ライン。
ここに――
新たな戦場が生まれた。
対悪魔。
対宇宙種族。
対終末。
人類最後の科学者が牙を剥く。
――防衛戦、第六局面。
開戦。
(続く)
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