第78話 星間戦争の遺産 ――人類最後の機甲と、父が託した二十年前の真実―
袈裟懸村――公民館付近。
夜空は赤かった。
村の各所で上がる火炎。
断続的に響く銃声。
悪魔たちの咆哮。
その戦場からわずかに離れた暗闇の中、一人の男が静かに立っていた。
鎧坂光司。
全身を覆う黒褐色の装甲。
鋭角的なシルエット。
頭部から背面へ流れるように伸びる外装。
その姿はまるで――古の忍。
静謐。
研ぎ澄まされた殺意。
全身を覆う装甲は、一見すると奇妙だった。
表面には独特の繊維質な凹凸。
軽量でありながら一切の継ぎ目を感じさせない構造。
常識では説明のつかない異質な素材。
そして――
彼の目の前に佇むそれ。
三メートルを超える巨躯。
二足歩行型重機動兵装。
無骨でありながら完成されたフォルム。
まるで要塞そのものだった。
胸部中央には厚い多重装甲。
透明度の高いキャノピー型コックピット。
その装甲内部には無数の制御神経回路が青白く脈動している。
両肩には大型キャノン二門。
砲身だけで一メートルを超える重火力兵装。
右腕には超大型ハンドキャノン。
戦車砲をそのまま腕部へ移植したかのような圧倒的火力。
そして左腕。
巨大な螺旋構造を持つスパイラルクロー。
高速回転によってあらゆる装甲を貫通、粉砕する近接殲滅兵装。
月明かりに照らされたその巨兵は、生物のように静かに佇んでいた。
鎧坂はゆっくりと近づく。
そして。
そっと装甲に右手を触れた。
冷たい感触。
その瞬間――
二十年前の記憶が脳裏を貫いた。
二十年前――東京都郊外。
鎧坂先端技術研究所。
地下第六研究区画。
巨大な隔離実験室。
分厚い防弾ガラスの向こう。
無重力制御フィールドの中に、銀色の破片が静かに浮遊していた。
液体のようでもあり。
金属のようでもあり。
しかし明らかに、この地球上の物質ではない。
若き日の鎧坂光司。
白衣姿の青年。
その隣に立つ、一人の老人。
父――鎧坂蔵人。
世界最高峰の物理工学者だった。
光司は目を奪われる。
「……父さん」
「これが……例のアーティファクトなんですか」
蔵人は静かに頷いた。
「ようやく解析できた」
「二十年かかった」
その目には疲労が滲んでいた。
しかし興奮もあった。
研究者だけが見せる狂気にも似た光。
「これは金属ではない」
光司が眉をひそめる。
「違うんですか」
「意思を持つ物質だ」
沈黙。
蔵人がガラス越しに銀色の破片を見つめる。
「使用者の精神波長を読み取り、自ら構造変化する」
「学習し」
「適応し」
「進化する」
光司の背筋が凍る。
父は続けた。
「私はこの物質に、ある構造データを与えた」
「極限まで軽く」
「衝撃を吸収し」
「自在に変形し」
「あらゆる環境下で性能を維持する構造だ」
「炭素構造体……だが通常の炭素繊維とは違う」
「自己再構築を行う」
「自己修復も可能だ」
光司は呟く。
「……そんな物質が……」
「存在するはずがない」
蔵人は低く答えた。
「存在する」
「奴らが持ち込んだ技術だからな」
その一言で空気が変わった。
「……奴ら?」
蔵人は振り返らない。
「来い」
研究所最深部。
隔壁が開く。
白い円形ドーム。
中央に配置された大型円筒カプセル。
淡い蒼光が脈動している。
そして――そこにあった。
漆黒の忍装束を思わせる、人型パワードスーツ。
鋭利で細身。
高速戦闘特化型。
しかしそれだけではない。
その背後。
さらに巨大な影が眠っていた。
全高三メートル超。
重装甲二足歩行機動兵器。
威圧感が違う。
圧倒的だった。
両肩には大型キャノン二門。
長大な砲身が静かに待機状態に入っている。
右腕部。
超大型ハンドキャノン。
高密度圧縮エネルギー砲。
一撃で建造物を消し飛ばす対軍兵装。
左腕部。
巨大なスパイラルクロー。
高速回転によって対象を内部から破砕する近接戦闘兵器。
それはまるで――戦争そのものを具現化した兵器だった。
光司が息を呑む。
「これは……」
蔵人が言う。
「対レプティリアン決戦兵装」
「人類最後の切り札だ」
その瞬間。
警報。
赤色灯。
研究所全体が揺れた。
ドンッ!!
爆発。
遠くで銃声。
悲鳴。
何かが侵入している。
蔵人の顔色が変わった。
「……来たか」
「父さん?」
「見つかった」
「レプティリアンだ」
一瞬で血の気が引く。
蔵人が銀色の破片を掴み、光司に押し付けた。
その物質は生き物のように脈打っていた。
「これを持て」
「光司、時間がない」
「今から同期を開始する」
「待ってくれ、何が起きてるんだ!」
蔵人が初めて怒鳴った。
「座れ!!」
光司は反射的に椅子へ座る。
ヘルメット装着。
周囲のモニターが起動する。
グオオオオオオオン……
同期率表示。
0%
12%
24%
41%
57%
突然――照明が消えた。
補助電源起動。
赤い非常灯だけが研究室を照らす。
外で銃撃音。
ガラスの割れる音。
誰かの悲鳴。
蔵人は端末操作を続ける。
しかし声だけは冷静だった。
「いいか光司」
「このスーツには自律思考型AIを搭載してある」
「敵の正体」
「仲間の情報」
「拠点」
「……そして、この星で何が起きているのか」
「全て記録してある」
数値が跳ね上がる。
73%
84%
96%
研究室外から衝撃音。
隔壁が歪む。
何かがこちらへ来ていた。
光司が叫ぶ。
「父さん!! 一緒に!!」
蔵人は笑った。
その顔は、あまりにも穏やかだった。
「親というものはな」
「こういう時、子供を逃がすためにいる」
100%
同期完了。
その瞬間。
忍者型パワードスーツが粒子化した。
光司の身体へ吸収される。
完全融合。
同時に――
研究室の隔壁が吹き飛んだ。
煙。
火花。
その向こう。
四体。
人型。
腕には鱗。
裂けた瞳孔。
爬虫類特有の冷たい眼。
レプティリアン。
蔵人は振り返らない。
静かにコンソールの赤いボタンへ指を置いた。
「後は……頼んだぞ」
「父さんッ!!」
カチッ。
次の瞬間。
轟音。
ドォォォォォォォォン!!
光司の身体が天井を突き破る。
空へ射出。
上空数百メートル。
そこで彼が最後に見たもの。
研究所。
炎上する森林地帯。
そして――
地表から天を貫く巨大な火柱。
遅れて。
世界を揺らす閃光。
巨大なキノコ雲が夜空を覆った。
父は最後まで戦った。
一人で。
人類の未来を守るために。
現在。
袈裟懸村。
鎧坂はゆっくり目を開いた。
目の前にある超大型機体を見上げる。
静かに呟く。
「……父さん」
夜風が吹く。
遠くで爆発音。
AIが起動する。
《敵性反応確認》
《多数接近中》
《重機動兵装への搭乗を推奨》
鎧坂の瞳が鋭く細まる。
「……二十年待った」
彼は巨大機体へ歩き出した。
ついに。
あの日から続く戦争が――始まる。
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