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第77話 悪魔が喰われる夜 ――捕食者たちの上映会―

 和人のマンション――リビング。


 静寂に包まれていたはずのその空間は、もはや異様な映画館へと変貌していた。


 大型モニター。


 そこに映し出されているのは――地獄。


 村の奥。


 月明かりに照らされた道路一帯が、まるで異界に侵食されたかのように変質していた。


 アスファルトを突き破り、無数の蔦が這い回る。


 街路樹を飲み込むように繁殖する緑。


 その中央。


 それは、いた。


 巨大な口。


 ただ――口だけ。


 直径三メートルはある。


 肉厚な唇がぬらぬらと光り、何層にも重なった牙がギチギチと不快な音を立てている。


 そしてその口の隙間からは――


 まだ痙攣している悪魔の脚が見えていた。


 ぐちゃり。


 ばきっ。


 めきめき。


 骨が砕ける。


 肉が千切れる。


 咀嚼音だけが、リビング全体に響いた。


 数秒の沈黙。


 次の瞬間――


「ぎゃははははははははは!!」


 ソファに転がりながら腹を抱えて笑い出したのは、ゴスロリ姿の盲だった。


 涙を浮かべながら呼吸困難になりかけている。


「ダメ……っ……無理……っ……!」


「食べてる!! 食べてる!!」


「もう急にジャンル変わった!! コメディじゃんこれ!!」


 隣で見ていた金髪の少年――レオニダスも肩を震わせていた。


 端正な顔立ち。


 蝶ネクタイ。


 高級そうな白シャツ。


 どこからどう見ても裕福な少年。


 だが、その瞳の奥に宿るものは、この宇宙の何よりも禍々しい。


「……いや……」


「盲ちゃん……それ言う資格ないよ……」


 そして――


 ぶはっ。


 レオニダスも吹き出した。


「ふはははははは!!」


「だってこれ……完全にフリじゃん!!」


「『俺たち勝った』って空気出してから食われるの、お約束すぎるでしょ!!」


「きゃはははは!!」


「レオくんだって笑ってるじゃん!!」


「だって面白いんだもん!!」


 二人の“超越者”は完全に映画鑑賞モードだった。


 ポップコーン。


 コーラ。


 完全に観客席。


 その異常さに――


 和人も律子も、バンティンも、一言も発せなかった。


 ただ震える。


 バンティンは拳を握る。


 爪が掌に食い込むほどに。


 ――ありえない。


 モニターに映る惨状。


 十五体。


 十五体いたのだ。


 しかも――


 アッキピテルまでいた。


 あの古参高位悪魔。


 数百年生き抜いてきた実力者。


 それが。


 たった数秒で。


 喰われた。


 いや――


 “捕食された”。


 悪魔が。


 食料として。


 その現実が、バンティンの精神を軋ませていた。


 その頃。


 村奥――戦場。


 鷲頭の悪魔アクイラは立ち尽くしていた。


 目の前に広がる惨劇。


 仲間だった肉片。


 転がる翼。


 ちぎれた腕。


 飛び散る内臓。


 その中心。


 巨大な口がゆっくりと咀嚼している。


 ぐちゃ。


 ぐちゃ。


 まるでステーキでも食べるように。


 それはかつてアッキピテルだったものを噛み砕いていた。


 アクイラの全身を冷汗が伝う。


 後方に控える十五体の悪魔。


 誰も動かない。


 動けない。


 本能が叫んでいた。


 逃げろ。


 逃げろ。


 逃げろ。


 だが。


 遅かった。


 ぬるり。


 地面から何かが這い出す。


 蔦。


 無数の蔦だった。


 その先端には。


 花の蕾。


 赤黒く脈打つそれは、まるで肉食植物の卵のように震えている。


 巨大な口がゆっくりこちらを向いた。


「うん……」


 低い声。


 しかしどこか人間らしい。


「骨は多いけど……」


 ぐちゃ。


 牙が動く。


「味はいいね」


 沈黙。


 口がまた動く。


「意外とモツが美味しい」


 アクイラの呼吸が止まる。


 ――化物。


 違う。


 これは魔物じゃない。


 悪魔じゃない。


 生物ですらない。


 理解できない。


 その時。


 巨大な蔦が、食べ終わった脚をぽいっと投げ捨てた。


 口がぽつりと呟く。


「占い……」


「……は?」


 思わずアクイラが反応してしまう。


 巨大な口が続ける。


「スネーク佳世さん」


 沈黙。


「よく当たるんだよ」


 アクイラの喉が引きつる。


 何を言っている。


 何なんだこいつは。


 意味がわからない。


 すると口が嬉しそうに続けた。


「今日のディナーのメインディッシュは――」


 巨大な牙がゆっくり開く。


 月明かりが内部を照らす。


 奥にはさらに無数の牙。


 何百本もの触手。


 まるで底なしの胃袋。


「鳥の刺身とタタキ」


 アクイラの背筋が凍る。


「……何の話だ」


 すると。


 口角が吊り上がった。


 それは明確な笑みだった。


「ディナータイム」


 その瞬間。


 地面が爆ぜた。


 無数の蔦。


 数百本。


 いや千本。


 一斉に襲いかかる。


 蕾が開く。


 中から牙。


 牙。


 牙。


 牙。


 悪魔たちの絶叫が響く。


「ぎゃあああああ!!」


「助け――」


 ぶちっ。


 首が千切れる。


 がしゃっ。


 骨盤が砕ける。


 ぐしゃ。


 頭蓋骨が潰れる。


 アクイラの最後に見た景色。


 目の前に迫る巨大な花弁。


 内側に並ぶ無数の歯。


 そして――闇。


 


 数分後。


 戦場は静まり返っていた。


 そこに残っていたのは。


 悪魔だったもの。


 腕。


 羽。


 内臓。


 砕けた骨。


 その全てを、無数の蔦がもぞもぞと食べている。


 中央では巨大な口が満足そうに空を見上げていた。


 月が照らす。


 緑に覆われた異界。


 そして。


 ぽつり。


「……ゲホッ」


 大きなゲップ。


 口が少し恥ずかしそうに呟く。


「こんなに食べたら……太っちゃうよね……」


 少し考える。


 沈黙。


 そして。


「……でも」


 巨大な口が笑った。


「たまには……いいかな」


 その周囲で。


 まだ残っていた肉片を。


 無数の蕾が、嬉しそうに食べ続けていた。




 マンション。


 盲が再び爆笑する。


「ぎゃはははははは!!」


「最高!!」


「金田さん、今日キレッキレじゃん!!」


 レオニダスもコーラを飲みながら頷く。


「うん……これ好きだなあ」


「僕、ああいう捕食系デザイン大好きなんだよね」


「特にあの感じ……」


 少年はニヤリと笑う。


 その瞳に宇宙より深い闇が宿る。


「絶望した顔で食べられる瞬間って……芸術だよね」


 和人たちは凍りつく。


 この場にいる二人。


 笑っている。


 だが。


 その笑顔が。


 この戦場で最も恐ろしい存在だった。


 そして――


 モニターの向こう。


 まだ、次の悪魔部隊が近づいていた。


 巨大な口が。


 ゆっくりと。


 そちらを向く。


 牙が月明かりで光った。


 次の晩餐が――始まる。



☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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