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第75話 最強の剣聖に恋をした悪魔将軍、命を賭けた最後の一太刀を放つ。

 袈裟懸村防衛戦――中央区画


 ――来る。


 二十……いや、それ以上。


 濃密な殺気が夜の空気を押し潰すように迫っていた。


 静かな村。


 虫の音さえ、どこか遠い。


 その村の中央、公民館前。


 ひとりの男が立っていた。


 微動だにしない。


 まるで、何千年もそこに存在していた石像のように。


 ――ガル・エンキ。


 地面に深々と突き立てられた巨大剣。


 鍛え抜かれた肉体。


 ほとんど裸同然の上半身。


 だがそこに一切の隙はない。


 無駄な筋肉すら存在しない、戦闘だけを目的として造られた芸術品のような身体。


 目を閉じている。


 呼吸すら感じさせない。


 ただ――待つ。


 静かに。


 ただ静かに。


 そして。


 闇の中から悪魔たちが現れた。


 二十を超える影。


 角を持つ者。


 獣頭の者。


 翼を持つ者。


 それぞれが歴戦の戦士。


 しかし――


 その全員が、足を止めた。


「……なんだ、こいつ」


「ヒューマン……だよな……?」


「ふざけてんのか……ほとんど裸じゃねえか……」


 違う。


 本能が叫んでいた。


 笑っていい存在じゃない。


 あれは危険だ。


 圧倒的に。


 生物としての格が違う。


 空気そのものがガルを中心に支配されていた。


 すると。


 ゆっくりと――


 ガルが目を開いた。


 黄金の瞳。


 次の瞬間。


 ――一薙。


 ヒュン……


 風が、遅れて吹いた。


 そして。


 五つの首が。


 何の前触れもなく。


 宙を舞った。


 ボトボトボトッ――!!


 血飛沫が噴水のように夜空へ舞い上がる。


 数秒遅れて。


 五つの胴体が崩れ落ちた。


 沈黙。


 悪魔たちの顔から血の気が引く。


 理解が追いつかない。


 誰も見えなかった。


 剣を振った瞬間すら。


 目の前の男が。


 巨大に見える。


 圧倒的な存在として。


 ガルは剣を肩へ担いだ。


 そして一言。


「……来ぬのか」


 その声は静かだった。


 だが。


 その一言だけで。


 悪魔たちが後退した。


 そして。


「では」


 消えた。


 ――次の瞬間。


 ズバァァァァァッ!!


 さらに三体。


 胴体が斜めに切断される。


 血の雨。


「化け物だ……!」


 悪魔たちが悲鳴を上げる。


 その時だった。


「どけ」


 低い声。


 悪魔たちの列が割れる。


 現れたのは――


 巨大な獅子頭。


 赤銅色の筋肉。


 背中には巨大な翼。


 尾がゆっくり揺れる。


 その瞳には戦士だけが持つ炎が宿っていた。


 獅子頭の悪魔。


 ――ディルガーム。


 周囲の死体を見回し。


 ニヤリと笑う。


「やるな……お前」


 ガルを見る。


 そしてゆっくり言った。


「さっきのブリキ男より……お前のほうが、ずっと強そうだ」


 ガルは答えない。


 ディルガームはゆっくり歩き出す。


 そして。


 足元に転がる仲間の悪魔の頭を――


 グシャッ。


 踏み潰した。


 それを見て。


 初めてガルの目が冷えた。


「……仲間ではないのか」


 ディルガームは笑う。


「礼儀は強者にのみ尽くす主義でな」


 剣を抜く。


 巨大な大剣。


「お前は……俺が礼を尽くす価値があるか」


「試させてもらう」


 瞬間。


 地面が砕ける。


 ディルガームが突撃。


 上段から振り下ろす。


 しかし。


 ガルが半歩ずれる。


 そのまま通り抜けざま。


 ――一閃。


 ザシュッ!!


 ディルガームの脇腹から大量の血が吹き出した。


 着地。


 振り返るガル。


 ディルガームは止まったまま。


 目を見開いている。


 理解した。


 今の一太刀だけで。


 速い。


 美しい。


 無駄がない。


 完璧。


 理想。


 自分が千年追い求めた剣。


 そして。


 ディルガームはゆっくり剣を下ろした。


 深々と頭を下げる。


「……失礼した」


 周囲の悪魔たちが凍りつく。


 態度が百八十度変わった。


 ディルガームが顔を上げる。


 その眼には敬意しかない。


「我が名はディルガーム」


「獅子頭ディルガーム」


「……貴殿の名を伺いたい」


 ガルは静かに答える。


「予の名はガル・エンキ」


「――ウルクの剣聖」


 その瞬間。


 ディルガームの全身が歓喜に震えた。


「剣聖……!」


 恍惚。


 まるで恋する少女のような表情だった。


「そうか……」


「俺は……」


「ようやく……出会えたのか……!」


 周囲を振り向く。


「おい、お前たち」


 悪魔たちを見る。


「先へ行け」


「俺はこの御仁との戦いに専念する」


「で、でも――」


「行け」


 圧。


 悪魔たちは走り去った。


 そしてディルガームは少し照れ臭そうに笑った。


「……邪魔されたくないのでな」


「この戦いを」



 一拍。



 深く息を吸う。


 そして咆哮した。


「最強!」


「至高の剣技!」


「その全てを持つ貴殿と!」


「死合えるなら!」


「今日死んでも構わない!」


「千年剣を磨いてきた意味があった!」


 剣を構える。


 全身から炎が立ち上る。


「惚れたぞ……ガル・エンキ!!」


 夜空に響く咆哮。


 ガルが初めて――微笑んだ。


 ほんの僅か。


「……ならば」


 剣を構える。


「死合うか」



 激突。



 ガギィィィィン!!


 衝撃波。


 ディルガームの横薙ぎ。


 一閃。


 ピッ――


 ガルの胸から。


 血が一筋。


 ディルガームが震えた。


 届いた。


 あの剣聖に。


 傷をつけた。


 奇跡だ。


 ガルは胸の血を指でなぞる。


 見る。


 そして小さく笑う。


「……ほう」


「久しいな」


「予に傷をつけた者は」


 ディルガームが誇らしげに笑う。


「それは……光栄だ」


「出し惜しみはせん」


 剣に雷が走る。


 バチバチバチッ!!


 剣を振る。


 雷撃。


 しかし。


 消えた。


 背後。


「な――」


 ザシュッ!!


 背中が裂ける。


 ディルガームが笑う。


「はは……!」


 歓喜。


 恐怖ではない。


 幸せだった。


 心の底から。


 こんな戦い。


 初めてだ。


「もう少し……楽しみたいが……」


 血を吐く。


 膝をつく。


「……もう力が残っておらん」


 ゆっくり立つ。


 剣を上段へ。


 炎が剣を包む。


「最後に……」


「渾身の一刀をもって」


「礼を尽くしたい」


 ガルが頷く。


「……ならば予も」


 冷気が剣に集まる。


 空気が凍る。


 静寂。


 風が止む。


 二人が笑う。


 戦友のように。


 同じ夢を追った者のように。


 そして。


 同時に踏み込んだ。


 ――ドォォォォォォォン!!!


 爆発。


 土煙。


 数秒後。


 ディルガームが崩れ落ちた。


 胸が大きく裂けている。


 だが。


 その顔は満足していた。


 心から。


 幸福そうに。


 ガルが近づく。


 ディルガームが笑う。


「……友よ」


「……楽しかった」


 血を吐く。


「介錯を……頼む」


 ガルが静かに剣を握る。


 その眼には敬意があった。


 深く。


 本物の敬意が。


「……うむ」


「我が友――ディルガームよ」


 月が雲間から差し込む。


 剣が振り下ろされた。


 一閃。


 首が落ちる。


 苦しみはない。


 ガルは静かに目を閉じた。


 そして小さく呟く。


「……見事だった」


 夜風が吹いた。


 まるで。


 英雄の魂を送るように。


 袈裟懸村の戦いは――まだ終わらない。


 だが。


 この夜。


 確かにそこには。


 種族を超えた友情があった。


☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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