第72話 超越者は戦争を肴に笑う――邪霊王と笑うゴスロリ少女、開戦前夜の特等席
袈裟懸村 西部戦線
――地獄だった。
いや。
地獄という言葉では生ぬるい。
そこにあるのは、一方的な“処理”。
櫻井精肉店の周囲に展開していた悪魔二十五体。
その悪魔たちが――
次々と。
文字通り。
“解体”されていた。
ドバァァァッ!!
鮮血が夜空へ噴き上がる。
バキィッ!!
腕が千切れ飛ぶ。
グシャアッ!!
頭蓋骨が砕ける。
肉片が宙を舞う。
断末魔すら最後まで言えない。
女子高生の姿をしたレプティリアンが槍で三体まとめて串刺しにする。
老人型の個体が刀を横薙ぎに振るう。
次の瞬間。
悪魔二体の上半身がそのまま滑り落ちた。
少年型個体が笑いながら爪を振るう。
胴体が裂ける。
内臓が飛び散る。
そして。
老婆――No.94。
桜井が何の感情もなく一体の首を握り潰した。
ぐしゃっ。
静かに肉塊が落ちる。
その光景を見ていた虎頭の悪魔――ティグリスは完全に硬直していた。
「……信じられねえ……」
呼吸が荒い。
全身から汗が流れていた。
「……さっきまで……二十五人いた……」
視線を動かす。
もう。
残っているのは五体。
たった数十秒。
それだけだ。
しかも。
自分の部隊は弱くない。
歴戦の悪魔だ。
退魔師とも何度も戦った。
人間相手なら、一国潰せる戦力。
なのに。
「……なんなんだ……こいつら……」
膝が震える。
逃げたい。
今すぐ逃げたい。
本能が叫んでいる。
ここにいてはいけない。
だが。
身体が動かない。
圧倒的恐怖。
捕食者に睨まれた草食獣。
完全にそれだった。
ティグリスが歯を食いしばる。
「……クソ……」
拳を握る。
「……戦うしかねえ……逃げ切れるわけがねえ……」
覚悟を決めた。
その瞬間――
場面は変わる。
和人のマンション
部屋の中は異様な静けさに包まれていた。
テレビモニターには西側戦線。
そこで起きている虐殺映像。
和人が青ざめる。
律子は両手で口を押さえていた。
「……な……なに……あれ……」
声が震える。
隣ではバンティン・シャモアも完全に顔面蒼白だった。
悪魔である彼が。
明確に怯えている。
一方で。
成川久男だけは静かにお茶を飲んでいた。
まるで昼のニュースでも見ているかのように。
そして――
その中央。
「きゃははははははははははは!!」
腹を抱えて転げ回る少女がいた。
盲。
ゴスロリ姿の超越者。
ソファの上で悶絶するように笑っている。
「だめ……だめだわ……最高すぎる……!!」
涙が出るほど笑っている。
「いい!!いいわ!!完璧!!」
机をバンバン叩く。
「最高のシナリオよ!!」
愉悦に染まった瞳。
「これでレプティリアンと悪魔の全面戦争突入確定!!」
バンティンが震えながら睨む。
「……貴様……最初から……」
盲がニヤリと笑う。
ゆっくり指を立てる。
そのままバンティンへ向けた。
「近隣恒星系最強の戦闘種族よ?」
悪戯っぽい笑み。
「戦闘力」
指を一本。
「科学力」
二本。
「軍事力」
三本。
「全部、あっちが上♡」
ニヤァ……
「どの種族があなたたちの味方してくれるかしら?」
モニターの中。
ティグリスの首が吹き飛んだ。
ドバァッ!!
盲が拍手する。
「きゃはははは!!」
両手を天へ掲げる。
「最高だわ!!」
身体が震えている。
「数千年ぶりのビッグイベント!!」
「私……戦争のプロモーターになっちゃった♡」
「ひゃはははははははは!!」
完全に壊れていた。
口元から泡まで吹いている。
その時だった。
背後から。
妙に明るい少年の声。
「盲ちゃん」
空気が変わる。
「酷いよ」
全員が振り返る。
そこに立っていたのは――
少年だった。
十歳くらい。
金髪。
白い高級シャツ。
蝶ネクタイ。
紺色の半ズボン。
整いすぎた愛らしい顔立ち。
まるで西洋貴族の子供。
しかし。
その存在感。
その圧。
その禍々しさ。
……盲など比較にならない。
成川久男だけが目を細めた。
(……宇宙存在……?)
和人。
律子。
バンティン。
全員凍りつく。
少年は頬を膨らませた。
「友達だと思ってたのに」
盲が顔を上げる。
「あっ」
笑顔になる。
「レオくん来たんだ」
少年はぷんぷん怒っている。
「あのさ〜」
腕を組む。
「なんでこんな楽しそうなイベントのパブリックビューイングに僕を呼ばないのさ」
足をバタバタさせる。
「もうプンプンだよ」
楽しそうだった。
完全に楽しそうだった。
律子が震える。
(……なに……この子……)
少年はにこっと笑う。
「ごめんね急に」
首をかしげる。
「僕、名前いっぱいあるんだよね」
少し考える。
「えーっと……レオニダス・ディミトリウス……らしいんだけど」
笑顔。
次の言葉で全員凍った。
「みんな僕のこと」
にこっ。
「邪霊王って呼ぶんだよ」
ぱちぱち瞬き。
「失礼しちゃうよね」
胸に手を当てる。
「僕、スーパーボランティアなのに」
沈黙。
完全沈黙。
和人が口をパクパクさせる。
律子が固まる。
バンティンは完全に思考停止。
盲だけがケラケラ笑う。
「でもさ〜」
盲が映画館みたいにモニターを見ながら言う。
「レオくんって大作主義じゃん?」
「こういうB級ミニシアター系って興味ないでしょ」
レオがニヤリ。
「いやいや」
ソファに座る。
「これ恒星間戦争の開幕イベントだよ?」
指を立てる。
「盲ちゃん、一人で楽しんで」
じーっと見る。
「あとで前日譚語ってマウント取る気だったでしょ?」
盲が露骨に目を逸らす。
「ギクッ」
棒読み。
「ソンナコトナイヨ」
レオが笑う。
「あのさ〜」
指をくるくる回す。
「僕こういうB級パニック映画みたいなの好きなんだよね」
盲が嬉しそうに言う。
「じゃあ一緒に見よ」
ソファを叩く。
「この中に私の推薦と推しがいるの」
「へぇ〜」
レオが笑う。
「今度、僕の推しも入れてよ」
「いい子いるんだよ」
パチン。
指を鳴らす。
空間が裂けた。
そこから――
巨大なポップコーン。
コーラ。
チョコ。
キャラメル。
映画館セットが現れる。
盲が勝手に手を突っ込む。
「ん〜!」
もぐもぐ。
「あっバターいい感じ」
レオが得意げになる。
「でしょ〜」
さらに空間から袋を出す。
「キャラメル味もあるよ」
「それプリーズ」
「チョコ味も?」
「あとジンジャーエール」
「オッケ〜」
二人は完全に映画鑑賞モードだった。
その横で。
和人たちは凍っていた。
バンティンは青ざめている。
律子は現実逃避しかけている。
久男だけが静かにお茶を飲んだ。
そして。
モニターの向こうでは。
まだ惨劇が続いていた。
今夜。
袈裟懸村で起きているのは防衛戦ではない。
宇宙規模戦争の――
開戦式だった。
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