第69話 戦場に現れた新メンバーは、一億円の壺を売る怪しい教祖でした。
――袈裟懸村防衛戦。
その開戦、ほんの数分前。
夜の山村を、一人の青年がふらふらと歩いていた。
月明かりに照らされるその姿は――どう見ても怪しい。
痩せ細った身体。
青白い顔。
常におどおどと揺れる視線。
背中は丸まり、歩幅は異様に小さい。
そして何より。
ぶかぶかの白衣。
いかにも胡散臭い宗教家そのものだった。
青年は立ち止まり、しわくちゃの紙を見比べる。
「え、えっと……たしか……面接会場……この村……だったはずなんだけど……」
男の名は――
壺井壮介。
二十三歳。
職業――
自称宗教家。
いや、本人いわく。
『壺新溜教』教祖兼開祖。
ちなみに信者は全国で五名。
そのうち一名は犬神信人である。
なお壺は一本五十万円から一億円。
売れたことはない。
一度も。
その時だった。
頭の奥に、幼い少女の声が響く。
――だから申したであろう。
――そんな怪しい組織、まともなわけがないと。
壮介が困ったように頭を掻く。
「でも……犬神さんは……数少ない信者さんですし……」
――そやつも十分おかしいわ。
「いえ……犬神さんは紳士ですよ」
「私服はちょっと……かなりダサいですけど……」
――そこは否定せぬのだな。
その瞬間。
村の入口方向から――
ドォォォォォォン!!
地面が揺れた。
空気が震える。
壮介がびくっと肩を跳ねさせる。
「あっ……な、なに……!?」
――帰るぞ。
――今すぐ帰るのじゃ。
「ちょっと……見に行ってみます……」
――話を聞けぇぇぇ!!
◇◇◇
その頃。
袈裟懸村入口。
キュイイイイイイイイイイイイイイン!!
耳をつんざく高速回転音。
次の瞬間――
ドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
犬神信人と箱崎守が構える二挺のM134ガトリングガンが火を噴いた。
圧倒的火線。
夜が昼になる。
弾幕に飲まれた先頭車両が爆散した。
続けざまに二人は荷台から次の武器を引きずり出す。
M72 LAW対戦車ロケット。
シュゴォォォ!!
炎の尾を引いた弾頭が車列へ突き刺さる。
ドガァァァァァン!!
爆炎。
悲鳴。
金属片。
後方でその様子を見ていた巨躯の悪魔――サブナックが舌打ちした。
「……あー、こりゃまずいな」
禍々しい翼が揺れる。
「こっちの人間部隊がほぼ全滅か」
「悪魔も何匹か消し飛んでやがる」
大きく息を吐く。
「……仕方ねえ」
その赤い瞳が光った。
「全員、突撃しろ」
「村に攻め込め」
「――皆殺しでいい」
その言葉と同時。
倒れていた“人間たち”が起き上がる。
肉が変質する。
皮膚が青く染まる。
角が生える。
翼が広がる。
獣の頭。
蛇の尾。
禍々しい本来の姿。
悪魔軍団が一斉に解放された。
空へ飛び立つ者。
地を駆ける者。
絶叫と共に村へ雪崩れ込む。
だが。
ダダダダダダダッ!!
再び信人と守の機関銃が唸る。
数体の悪魔が撃ち抜かれ地面へ叩きつけられた。
さらに山林。
スコープ越しに二人。
マイク。
カテリーナ。
パンッ!!
パンッ!!
高威力狙撃弾が悪魔の頭部を吹き飛ばす。
サブナックが目を見開く。
「ちっ……法儀式済み弾頭か」
「面倒くせぇ……!」
怒鳴る。
「各自散開しろ!!」
「迂回して村に入れ!!」
悪魔たちが一斉に左右へ散る。
だが次の瞬間。
ピン――
細い音。
直後。
ドガァァァァン!!
対人地雷。
数体が吹き飛ぶ。
それでも悪魔たちは止まらない。
信人が銃身交換をしながら呟く。
「そろそろここも限界ですね」
守が頷く。
「じゃな……後退じゃ」
その時だった。
背後から――
ものすごく場違いな声。
「あ……あのぉ……」
二人が振り向く。
そこには。
白衣姿で震える青年。
壺井壮介。
信人が目を丸くする。
「……あれ?」
「壺井さん?」
壮介は涙目だった。
「め……面接に来たら……えらいことになってて……」
「ぼ、僕……もう帰りたいんですけど……」
「悪魔みたいなの……いっぱいいますし……」
信人が首を傾げる。
「……面接、一ヶ月後ですよ?」
「えっ?」
「しかも午前十時です」
「ええええええええええええ!?」
壮介の顔色がさらに悪くなる。
「ご、ごご午後じゃないんですか!?」
信人は真顔だった。
「常識的に考えて午後はありません」
「きっぱり言うのやめてぇぇぇ!!」
その瞬間。
一体の悪魔が背後へ。
信人が反射的に銃撃。
ドガガガガガッ!!
悪魔が吹き飛ぶ。
「……壺井さん」
「はいっ!!」
「今すぐあっちの車に乗ってください」
「でないと死にます」
「ええええええええええ!?」
◇◇◇
数秒後。
ピックアップトラック。
運転席――佐知子。
助手席――聖子。
後部座席――熊田。
そして新たな異物。
壺井壮介。
聖子が怪訝そうに見る。
「あんた……誰?」
壮介は緊張で震えながら頭を下げた。
「つ……壺井壮介です……」
「壺新溜教の教祖を……」
沈黙。
聖子が眉をひそめる。
「……何それ」
壮介は真顔で答えた。
「壺の力で……願いを叶える教えを……」
空気が凍る。
佐知子がアクセルを踏みながら横目で見る。
「……詐欺?」
「違います!!」
熊田のぬいぐるみがぴくっと揺れた。
「興味深いね」
その瞬間。
壮介の腰にぶら下がった壺が――
ゴゴゴゴゴゴ……
不気味に震え始めた。
頭の中に少女の声。
――だから帰ると言ったであろうが。
――妾は知らんぞ。
壮介が青ざめる。
「ま、まずい……」
聖子が顔を引きつらせる。
「……何がまずいの?」
壺がさらに震える。
ピキッ――
小さなヒビ。
中から漏れ出す黒い瘴気。
佐知子が初めて真顔になる。
「……これ、なに?」
壮介が泣きそうな顔になる。
「えっと……」
「この壺には……」
「古代神竜……」
「ツボニール・ツヴァイ様が……」
車内。
完全沈黙。
聖子がゆっくり振り返った。
「……は?」
遠くではまだ銃撃音。
そして村には。
さらに大量の悪魔が侵入しようとしていた。
防衛線は崩壊寸前。
だが。
誰もまだ知らない。
この虚弱青年が持ち込んだ“壺”こそ――
今夜最大級の厄災の一つになることを。
――袈裟懸村防衛戦。
混沌は、まだ序章に過ぎなかった。
☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。
評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。




