第65話 笑ゥ超越者は告げる――悪魔たちよ、どうぞ地獄をお楽しみください。
――夜。
薄暗い洋館。
天井は高い。
赤い絨毯。
壁には年代物の絵画。
中央には巨大な黒檀のテーブル。
そこに二人の悪魔が向かい合って座っていた。
片方は――青い肌。
紺のストライプスーツ。
鋭い眼光。
知性を感じさせる整った顔立ち。
頭部から湾曲した巨大な角が伸びている。
高位悪魔。
バンティン・シャモア。
対するは――
褐色の肌。
二メートルを超える巨躯。
全身を覆う鋼鉄のような筋肉。
背中には禍々しく裂けた黒い翼。
額から伸びる凶悪な角。
高位悪魔。
サブナック。
典型的な怪力型。
そのサブナックが腕を組んで唸る。
「……いよいよ今夜だな」
だが次の瞬間。
眉間に皺を寄せた。
「……だが……おかしい……」
「嫌な予感がする……」
巨体を揺らしながら首を振る。
バンティンも静かに顎に手を当てた。
「……確かに」
「こちらは意図的に情報を流した」
「村にいる連中なら必ず対策を取るはずだ」
「……だが」
「逆に静かすぎる」
指先でテーブルを叩く。
「……勘ぐりすぎでしょうか」
その時だった。
――ピキッ。
空気が凍る。
温度が消える。
音が消える。
部屋そのものが一瞬停止した。
サブナックが顔を上げる。
「……なんだ?」
そして。
「ビンゴーーーーーーっ♡」
場違いな少女の声。
……ポツン。
いた。
何の前触れもなく。
バンティンの隣に。
まるで最初からそこにいたかのように。
黒いフリル。
漆黒のゴシックドレス。
白い肌。
長い黒髪。
真紅の瞳。
可憐。
なのに――
見た瞬間、本能が警鐘を鳴らした。
“これに関わるな”
“これは理解してはいけない”
“これは世界の外側にいる”
悪魔二人の背筋が凍る。
サブナックが立ち上がった。
「お、おい……てめぇ……」
「いつからそこにいた?」
少女は口元を隠す。
くすくす笑う。
「ふふふ……知りたい?」
真紅の瞳が細くなる。
「さっきからずーっといたわよ♡」
――嘘だ。
気配ゼロ。
存在感ゼロ。
感知不可能。
バンティンが目を細めた。
「……超越者……」
少女が嬉しそうに拍手した。
「正解♪」
バンティンが警戒を崩さない。
「……何の用です?」
少女は立ち上がる。
そして何故か胸を張った。
「私の名前は――盲」
そこで止まる。
何か考え込む。
数秒沈黙。
「人呼んで……」
「笑う……えっと……」
「……なんだっけ」
沈黙。
バンティンが困った顔になる。
「……ゴスロリ少女、とかでは」
少女の顔が輝く。
「いいわねそれ!!」
「採用!!」
サムズアップ。
「私の名前は――」
「あ、いや」
サブナックが素で止めた。
「そのくだり……いらなくね?」
盲が頬を膨らませた。
「えぇぇぇ~」
「あなたたちそういうとこよ」
二人の顔に書いてあった。
――どんなとこだよ。
盲は椅子に座った。
勝手に。
完全に自宅感覚だった。
「今日はね」
「あなたたちにいいこと教えに来たの♡」
バンティンが静かに聞く。
「……対価は?」
すると。
盲は突然。
黒スーツの営業マンみたいに立ち上がった。
背筋を伸ばす。
片手を胸に当てる。
そして。
不気味な笑み。
「オーッホッホッホッホ……」
漫画みたいな高笑い。
そのまま。
ゆっくり指を差した。
「お代はいただきません……」
「あなたの心を満足させること……」
「それが私の趣味でございます……」
ゾクッ。
なぜか悪魔なのに寒気がした。
バンティンが喉を鳴らす。
「……条件は?」
盲の笑みが深くなる。
「一つだけございます」
「絶対に……」
「約束を破ってはいけませんぞ……」
部屋がさらに冷える。
バンティンが聞く。
「……内容は?」
盲。
満面の笑み。
「村の情報を教えてあげる♡」
「その代わり――」
「襲撃を途中でやめちゃダメ♡」
……嫌な予感。
猛烈に嫌な予感。
サブナックが即座に叫ぶ。
「やめろ!!」
「絶対罠だ!!」
「こいつ裏があるぞ!!」
「今の戦力でも十分勝てる!!」
バンティンは考える。
確かに怪しい。
だが。
敵は確実に準備している。
ここで止まれば対策される。
戦力差はこちらが上。
……勝てる。
ゆっくり顔を上げた。
「……分かりました」
「契約しましょう」
サブナックが叫ぶ。
「おい!!」
「何考えてんだ!!」
バンティンは無視した。
「誓約できるのでしょう?」
盲が腰に手を当てた。
ドヤ顔。
「もちろんよ♡」
バンティンが微笑む。
「では契約成立ですね」
盲。
にやぁぁぁぁ……
口角が異様に吊り上がる。
まるで。
これから始まる惨劇を想像しているかのように。
「……いいわねぇ」
「できる男って好きよ♡」
そして。
突然不機嫌そうに腕を組んだ。
「あんたたち」
「何か忘れてない?」
二人がキョトンとする。
サブナックが聞く。
「……魂か?」
「んなもん食べるわけないでしょ」
即答。
そして指を立てる。
「お・ちゃ♡」
「あとケーキね♡」
「情報料タダなんだからそのくらい出しなさいよ」
「ほんっと気が利かないわねぇ」
「あとケーキはこだわりあるから」
「変なの買ってきたら怒るわよ?」
……なんなんだこいつ。
バンティンは苦笑した。
「……用意しましょう」
「最高級の茶葉があります」
「ケーキも有名店のものが」
盲の顔が花開く。
「さっすが♡」
「好きよそういうの♡」
そして。
くるくる回る。
楽しそうに。
あまりにも楽しそうに。
その姿を見て。
サブナックの背筋を冷たい汗が伝った。
――こいつは危険だ。
――今すぐ撤退するべきだ。
――本能が叫んでいる。
だが。
もう遅かった。
契約は成立した。
盲は窓の外を見つめる。
その赤い瞳は。
まるで。
これから始まる大量虐殺を期待する観客のようだった。
小さく笑う。
「ふふふ……」
「さぁて……」
「最高のショーを……見せてちょうだい♡」
その夜。
二体の高位悪魔はまだ知らない。
自分たちが今――
自らの意思で。
地獄の入り口に足を踏み入れたことを。
――そして。
袈裟懸村防衛戦。
史上最悪の宴が幕を開ける。
誰一人。
“本当の怪物”が誰なのか。
まだ理解していなかった。
……ただ一人を除いて。
その名は――盲。
笑う超越者である。
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