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第6話 元剣聖、妹のためにキレる。

 成川和人は、椅子に座らされていた。


 ――否。


 正しくは。


 拘束されていた。


 両手両足は結束バンドで固定。


 口には猿轡。


 逃げられない。


 だが。


 締め付けは絶妙だった。


 血流を止めない程度。


 素人の拘束ではない。


「――っ!! ――っ!!」


 和人が必死にもがく。


 その瞬間。


「黙れ」


 低い声。


 目の前に立つ女が、ナイフを和人の目元へ突きつけた。


 黒髪ロングを後ろで一つに結び、

 細フレームの眼鏡を掛けた長身の美女。


 白シャツ。

 黒ジャケット。

 細身のスラックス。


 仕事帰りの女弁護士みたいな格好。


 だが。


 黒革手袋を嵌めた手に握られているのは、

 本物のミリタリーナイフ。


 しかも。


 その手に一切の迷いがない。


「このまま目玉を抉られたくなければ、大人しくしていろ」


「――っ」


 和人の背筋が凍る。


 本気だ。


 この女。


 本当にやれる。


「いいか」


 女は低く告げた。


「猿轡を外す。私がいいと言うまで喋るな」


 切っ先が眼球すれすれをなぞる。


「分かったか?」


 和人は全力で頷いた。


 ゆっくり猿轡が外される。


「げほっ……!」


 ようやく息ができた。


 そして思わず。


「き、君は――」


 ガンッ!!


「ぐぁっ!?」


 襟首を掴まれ、そのまま椅子へ叩きつけられる。


 ナイフが喉元へ押し当てられた。


「喋るなと言ったはずだ」


 女の目が冷たい。


 その目には。


 本物の怒りが宿っていた。


「もういい」


 女が静かに呟く。


「殺――」


「やめてお姉ちゃん!!」


 バンッ!!


 扉が勢いよく開かれた。


「律子……!」


 女――月戸聖子が振り返る。


 そこには。


 息を切らせた律子が立っていた。






 少し前。


 成川和人のマンション。


 ピンポーン。


 インターホンが鳴る。


「……?」


 和人はモニターを見る。


 映っていたのは、

 黒髪の美女だった。


 眼鏡。

 スーツ。

 長身。


 妙に圧がある。


「……宗教の勧誘?」


 なんか怖い。


 和人はそっと居留守を決め込む。


 だが。


 ピンポーン。


 再び鳴る。


 モニター越し。


 女は腕を組み、

 片足を苛立たしげに揺らしていた。


 怒っている。


 めちゃくちゃ怒っている。


「……怖」


 そして。


 ドンドンドンドンッ!!


 ドアを叩き始めた。


「いるんでしょ!!」


「分かってんのよ!!」


 声がデカい。


 怖い。


「出てきなさいよこの変態教師!!」


「ひっ」


 和人は情けない声を漏らした。


「ど、どちら様ですか!? 騒ぐなら警察呼びますよ!?」


「呼びなさいよ!!」


 女は怒鳴り返した。


「捕まるのはあんたよ!!」


「えぇ……」


「私はねぇ!! あんたの生徒の保護者よ!!」


「……少々お待ちください」


 教師という職業上。


 “保護者トラブル”は最優先案件である。


 和人は青ざめながらドアへ向かった。


 ガチャリ。


 恐る恐る扉を開ける。


「そ、それで……どちらのご父兄――」


 瞬間。


「ぐっ!?」


 腹部に衝撃。


 息が止まる。


 さらに。


 首筋へ鋭い一撃。


「え――」


 視界が暗転した。





 そして現在。


「律子!!」


 聖子が怒鳴る。


「お前はこの男に遊ばれてるんだ!!」


「違う!!」


 律子も叫び返した。


「先生はそんなことしない!!」


 和人は完全についていけなかった。


(……何これ)


 状況が意味不明である。


「きっと何か事情があるのよ!!」


「違う!!」


 聖子の怒声が響く。


「この変態ロリコン教師に誑かされてるんだ!!」


「誑かされてない!!」


 律子の目に涙が浮かぶ。


「真剣なんだもん……!!」


(いや付き合ってないよね!?)


 和人は心の中で全力ツッコミした。


 だが。


 今ここで口を挟めば死ぬ。


 本能がそう告げていた。


「じゃあ何で他の女が出入りしてる!!」


 聖子が怒鳴る。


「……っ」


 律子の肩がびくりと震える。


「悪い女に騙されてるのよ……きっと」


「騙されてるのはお前だ!!」


 聖子の声が震えていた。


 怒りだけじゃない。


 恐怖だった。


「……やっと笑えるようになったのよ」


「――っ」


 律子が目を見開く。


「やっと普通にご飯食べて……笑えるようになったのに……!」


 聖子は知っている。


 妹が壊れていく姿を。


 眠れなくなった夜も。


 怯え続けた日々も。


 何も食べられなくなった時も。


 全部見てきた。


 だから。


 もう二度と傷ついてほしくなかった。


「もうこれ以上……律子を壊すな……!」


 その言葉だけは。


 姉としての、本音だった。


 だが。


 律子は静かに和人へ近づいていく。


「先生……」


 曇った瞳。


 けれど。


 触れ方だけは優しかった。


 そっと。


 和人の肩へ手を置く。


「先生は……私にそんなことしませんよね?」


「…………」


「私たち……ちゃんと両想いですよね?」


 静かな声。


 確認するみたいに。


 優しく。


 逃げ道を塞ぐみたいに。


(重い……)


 和人は思った。


 かなり重い。


 でも。


 律子の目には。


 不安があった。


 壊れそうな悲しみがあった。


 愛されたいという願いがあった。


 和人は知っている。


 律子が少し普通じゃないことを。


 でも。


 悪い子じゃない。


 むしろ。


 優しすぎるくらいだ。


(……だけど)


 教師と生徒。


 超えてはいけない線がある。


 その時だった。


「もう、その辺でいいんじゃないかな」


 不意に。


 背後から、のんびりした声が響いた。


 瞬間。


 聖子の瞳が細まる。


 次の瞬間には。


 ナイフが音もなく逆手へ持ち替えられていた。


 空気が変わる。


 殺気。


 和人ですら理解した。


 ――この人、強い。


 振り返った先。


 そこに立っていたのは――。



☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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