第57話 超越者は世界の終わりより推し活優先らしい~限界集落に悪魔軍団が来るのに観戦モードなんですが~
カフェ《フランク》。
山霧に包まれた袈裟懸村で、唯一人の気配が集まる喫茶店。
木目の深いカウンター。
香ばしいコーヒーの匂い。
窓の外では白い霧がゆっくりと棚田を覆っていた。
店内のテーブル席。
そこにいるのは四人。
犬神信人。
その隣に聖子。
カウンターの向こうには佐知子。
そして腕を組んだ箱崎守。
その場に――もう一人。
いつの間に現れたのか。
ゴスロリ姿の少女、盲。
ストローでクリームソーダを吸いながら、彼女は突然言った。
「あ、そうそう」
その赤い瞳が聖子を捉える。
「あなたの妹――律子ちゃん」
「狙われるわよ」
聖子の肩が跳ねた。
「……え?」
盲は口元を吊り上げる。
楽しそうに。
本当に楽しそうに。
「ピンクのスーツ着た……いけすかないやつにね」
ぞくり。
その場の空気が冷える。
聖子が息を呑んだ。
「……そいつを知ってるの?」
盲はまるで天気の話でもするように肩をすくめた。
「まあ、そこそこ有名かな」
そう言いながら。
勝手に信人の皿に手を伸ばした。
「あ、信人食べないならこれもらうね」
チーズケーキをひょいっと奪う。
ぱくり。
「ん〜〜〜〜」
「これかなりいいわ」
もぐもぐ。
完全に他人の皿である。
聖子が固まる中、盲は続けた。
「襲撃の日」
「その直前かな」
「そいつ、勝ち誇った顔で来るよ」
ふふっと笑う。
「なんで……教えるのよ」
聖子が困惑した顔になる。
「教えない方が面白いでしょ」
盲はフォークをくるくる回した。
その笑みが深くなる。
「一番面白いのってねぇ」
彼女が目を細める。
「――相手が勝利を確信した瞬間」
「もう既に敗北してるって構図なの」
「それ最高じゃない?」
聖子のモンブランにも勝手に手を伸ばす。
ぱくり。
「ん」
「ラム酒入ってる」
「ホワイトラムね」
カウンターの佐知子が静かに頷く。
「……正解よ」
聖子が思わず立ち上がった。
「勝てるの!?」
「あの悪魔に!?」
「どうやって!?」
盲は頬を膨らませたまま咀嚼する。
「どうだろ」
「もう一つ仕掛け必要かな」
「まあ流れは妹さん次第だけど」
「……どういう意味よ」
盲が唇を拭いた。
そして。
にやり。
「それ教えたら面白くないじゃん」
――バンッ!!
聖子が机を叩いた。
「いいから教えなさいよ!!」
その瞬間だった。
ピシッ。
店内のガラスに一本、亀裂が走る。
照明が一斉に明滅した。
空気が凍る。
盲の笑みが消えていた。
完全に。
感情が。
消えた。
赤い瞳が真っ直ぐ聖子を見る。
圧。
呼吸できない。
体が動かない。
本能が警鐘を鳴らす。
――ダメだ。
――この存在はダメだ。
静かな声。
なのに。
恐ろしく冷たい。
「……舐めるな」
聖子の喉が震える。
「……殺すぞ」
血の気が引く。
心臓が止まりそうになる。
沈黙。
数秒。
そして。
ぷっ。
突然盲が吹き出した。
「あはははは」
「……なんてね」
一気に空気が戻る。
聖子は肩で息をした。
横を見る。
箱崎が鼻で笑っていた。
「……またやっとる」
佐知子はカップを拭きながら苦笑する。
「今回は三十秒持ったわね」
聖子だけがついていけない。
盲はケロッとした顔で言った。
「バティン・シャモア」
「……え?」
「そいつの名前」
「義理の弟に伝えなさい」
「流れ変わるから」
彼女が笑う。
「ものすごい津波になるけどね」
「その方が面白いし」
ぱちりとウインク。
盲は、にやりと笑った。
「特別サービスよ」
「……同じ《テラクルセイダー》だもん」
どうだ、とでも言いたげに胸を張る。
――しかし。
店内は静まり返っていた。
誰も反応しない。
いや。
正確には――反応できない。
ついさっきまで店内を満たしていた、あの圧倒的な殺意。
あれを真正面から浴びた直後だ。
軽口ひとつで空気が戻るほど、全員の神経は図太くない。
数秒。
沈黙。
盲が片眉を上げた。
「……いや」
「ここ、ツッコむところなんだけど?」
その静寂を破ったのは――信人だった。
小さくため息を吐く。
そして。
呆れたように盲を見る。
「……本性出した後で、それは無理ですよ」
ぴたり。
盲の表情が固まった。
聖子が青ざめる。
箱崎は腕を組んだまま鼻を鳴らす。
佐知子は苦笑していた。
盲は、ゆっくり信人を見る。
まるで珍しい生き物を見るように。
「……信人」
「あなた、自分が殺されるとか思わないの?」
その問いに。
信人は一切迷わなかった。
まるで今日の天気を答えるように。
「しないでしょ」
あまりにも自然な即答。
盲の眉がぴくりと動く。
信人はテーブルの紅茶を一口飲んだ。
そして静かに続ける。
「だって――」
「あなたが僕を殺したら」
「この後の《殺戮ショー》が見られなくなる」
一拍。
視線が交差する。
信人は表情一つ変えない。
「そんな損すること」
「あなたはしない」
沈黙。
聖子は思った。
(……何なの、この人たち)
普通なら。
さっきの殺意を向けられた時点で震えて何も言えなくなる。
なのに。
信人はまるで平常運転だった。
盲はじっと信人を見る。
数秒。
そして――
ふっ。
肩が揺れた。
「……ふふっ」
小さな笑い。
それは次第に大きくなる。
「ふふふふふふふ……」
とうとう腹を抱えて笑い始めた。
「……ほんと」
彼女は涙を拭う。
呆れたように。
でもどこか楽しそうに。
「信くんって……ほんとそういうとこだぞ」
肩をすくめる。
深く息を吐く。
そして。
少しだけ優しい目になる。
「……でも」
「らしくていいわ」
その言葉だけは。
珍しく。
嘘ではなかった。
彼女はすっと手を挙げた。
「佐知子さん」
「クリームソーダ追加」
「あとパフェ」
佐知子が微笑む。
「高いわよ」
盲はにやりと笑った。
そして。
真正面の聖子を指差した。
「大丈夫」
「支払いは聖子」
「情報料だから」
にっこり。
聖子が固まる。
「……え?」
盲は満面の笑みだった。
その時。
ふと。
彼女の瞳が変わる。
深淵みたいな黒。
底のない闇。
そして。
誰にも聞こえないくらい小さく呟いた。
「……今回は」
「何人生き残るかな」
聖子の背筋を。
得体の知れない悪寒が駆け抜けた。
十日後。
袈裟懸村は――地獄になる。
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