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第56話 限界集落に嫁いだ元剣聖ですが、村を襲う悪魔軍団より村人の方が明らかにヤバい件

 カフェ《フランク》。


 袈裟懸村で唯一の喫茶店。


 古びた木造の店内には、コーヒー豆を挽いた香ばしい匂いが漂っていた。


 窓の外では深い山霧がゆっくりと流れている。


 店内のテーブル席。


 そこに座るのは四人。


 犬神信人。


 その妻となった聖子。


 店主の佐知子。


 そして――箱崎守。


 腕を組んだ箱崎が、重々しく口を開いた。


「……盲ちゃんが言うなら、来るじゃろうな」


 その一言だけで、空気が変わる。


 聖子は思わず身を乗り出した。


「あの話……本当なんですか?」


 信人が静かにコーヒーカップを置く。


「外したことはありません」


 佐知子も静かに頷いた。


「……しかも全部ね」


 聖子の背中に冷たいものが走った。


 あのゴスロリ少女。


 オンライン会議の時から異様だった。


 だが今思い返すほど、あれは異常だった。


 聖子は視線を信人へ向ける。


「あの子……何者なの?」


 信人は少しだけ考え込むように目を伏せた。


「……僕のファンなんだって」


「……え?」


 思わず変な声が出た。


 信人は淡々と続ける。


「三回会ってる」


「最初は南米だった」


 聖子が目を瞬かせる。


「南米?」


「ああ」


 信人は静かに語り始める。


「麻薬カルテルの拠点を潰してた時かな」


「……は?」


「囲まれたんだ。十数人に」


「AK持ってたね」


「死ぬかなと思った」


 さらっと恐ろしいことを言う。


「その時――後ろから声がした」


 信人の目が少し細くなる。


『右の木陰に三人』


『あと八秒で撃たれるよ』


『先に撃ちなよ』


 聖子が息を呑む。


「振り向いた」


「そこに彼女がいた」


「木の上で逆さになって笑ってた」


 ぞくり。


 店の空気が冷えた。


「二回目はこの山」


「夜中に鹿狩りしてた時」


「いきなり隣に立ってた」


「……気配ゼロで」


 聖子の顔が引きつる。


「三回目は……君と会う前日」


 信人はそのまま聖子を見た。


「彼女は言った」


『明日――気の強い女が来るよ』


『異世界人』


『たぶん信くんの恋人になる』


『脛に傷ある女って面白いよね』


 静寂。


 聖子は完全に固まっていた。


 信人が小さく息を吐く。


「……あれは人間じゃない」


「神……そういう類にも近い」


「でも違う」


「親切で助けてるわけじゃない」


 少し間を置く。


「楽しんでるんだよ」


「気晴らし」


「愉悦」


「享楽」


 箱崎が腕を組んだまま呟く。


「死ねん存在……超越者じゃな」


 佐知子も珍しく真顔だった。


「味方じゃないわね」


「多分、この状況そのものを楽しんでる」


 空気が凍る。


 その――瞬間だった。


 コポ……コポコポ……。


 不自然な音が店内に響く。


 全員が止まる。


 信人の隣。


 さっきまで誰もいなかった席。


 そこに。


 ゴスロリ姿の少女が座っていた。


 長いストローでクリームソーダを吸っている。


 ズゥゥゥゥゥゥゥ……。


 全員の視線が集まる。


 いつの間に。


 本当に。


 いつの間に。


 少女は頬を膨らませた。


「ひどくない?」


 聖子が椅子ごと後ろに飛び退く。


「いっ!?」


 少女――盲が不満げに頬杖をついた。


「信くんさあ」


「そりゃあ状況は楽しんでるよ?」


「でもさぁ……ファンだよ?」


「推しへの愛は半端ないんだよ?」


 信人は表情を変えない。


「でも僕、一番じゃないですよね」


「うっ」


 盲の顔が固まった。


 冷や汗。


「……う、うん」


「信くんそういうとこだぞ」


「二番手なの気にしてるの」


 箱崎が咳払いした。


「で……詳しく聞きたいんじゃがの」


「なんで悪魔が来るんじゃ?」


 盲はくるりと視線を聖子へ向けた。


 そして――笑う。


 悪意しかない笑み。


「彼女に聞けば?」


「案外、前の世界でいろいろ訳ありの男だったりして」


 聖子の顔色が変わった。


 俯く。


 拳が小さく震えている。


「……すみません」


 全員が見る。


 聖子は唇を噛んだ。


「もし私が原因なら……」


「戦闘になるなら……私を引き渡してください」


「向こうの世界で……かなりの数を斬ってきました」


「復讐なら……筋は通っています」


 沈黙。


 すると。


 佐知子が笑った。


「悪魔ねぇ」


 カップを置く。


「なんとかなるわよ」


 箱崎も笑う。


「うむ」


「楽勝じゃな」


 聖子が呆然とする。


 この人たち。


 なんでそんな余裕なの。


 盲は肩をすくめた。


「ごめんねぇ」


「私は直接介入できないんだ」


「こっち側のルールあるから」


「情報提供だけ〜」


 すると信人がスマホを取り出した。


 発信。


 相手は一人。


 対魔戦闘用武装の専門家。


 成川戮子。


 数秒。


『……なんだい』


 ぶっきらぼうな女の声。


「おばさん、お久しぶりです」


『用件』


「対魔戦闘用の武器、送ってください」


 一瞬沈黙。


『……相手は』


「悪魔」


「数は百」


 信人はゆっくり盲を見る。


「多分……この人」


「もっと楽しむために敵に情報流しますよ」


 ぴたり。


 盲が固まった。


『ああ』


『分かった』


『佐知子も守もいるんだろ』


『加勢はいらないね』


 ガチャ。


 通話終了。


 盲が机を叩いた。


「信くん!!」


「ひどいよ!!」


「私が裏切ると思ってるの!?」


 信人は平然。


「違うんですか?」


「……う」


「……うん」


 聖子が立ち上がる。


「言うの!?」


「同じ仲間でしょ!?」


「アースリベレイト――」


 箱崎が即座に訂正した。


「何を言うとる!!」


「ガイアリベレイターじゃ!!」


「そっち!?」


 佐知子が呆れたように笑う。


「盲ちゃんならやるわね」


 箱崎も頷く。


「当然じゃ」


 盲は視線を逸らした。


「……ギリギリまでは言わないもん」


「直前よ」


「そこは空気読むし」


 聖子は頭痛を覚えた。


 全員おかしい。


 すると箱崎が真顔になる。


「一つ聞きたいんじゃが」


 盲がストローを咥えたまま見る。


「何?」


「悪魔とレプティリアン」


「どっちが強いんじゃ?」


 盲はあっさり答えた。


「そりゃあ」


「レプティリアンね」


 箱崎がニヤリと笑う。


「なら楽勝じゃな」


 ――その時。


 盲の笑みが消えた。


 初めてだった。


 空気が凍る。


「……あ、でも」


 全員が見る。


 盲は静かにストローを回した。


「今回来る連中さ」


「普通の悪魔じゃないよ」


 沈黙。


 彼女は笑う。


 楽しそうに。


 本当に楽しそうに。


「かなり古い」


「少なくとも――千年級」


 信人の目が細くなる。


 聖子の背中に嫌な汗が流れた。


 そして。


 盲は最後に言った。


「しかも百体のうち……」


「三体は」


「魔王クラスかな」


 静寂。


 完全な沈黙。


 その中で。


 盲だけが笑っていた。


「……ふふっ」


「だから面白いんじゃない?」


 窓の外。


 深い霧が村を包んでいく。


 十日後。


 袈裟懸村は――戦場になる。

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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