第55話 旦那の田舎に来たら秘密結社に入れられました 〜しかも全員ガチらしい〜
翌日――。
犬神聖子は、約束どおり昼前に村外れにある小さな修理工場へと足を運んでいた。
古びた看板には、
【箱崎モータース】
と書かれている。
山あいの限界集落には不釣り合いなほど広い工場だった。
中へ入る。
鼻をつく油の匂い。
鉄とグリス。
工具がぶら下がる壁。
そして奥にある小さな事務所。
聖子は深く息を吐いた。
(……なんで私、こんな田舎で自動車整備工場に呼び出されてるんだろ)
コンコン。
軽くドアを叩く。
ガチャ。
扉が開いた。
つなぎ姿の老人――箱崎守が、いつもの飄々とした笑みを浮かべていた。
「おお、よく来たのぉ」
「はあ……」
「ちょうど打ち合わせ中なんじゃ」
そのまま中へ通される。
事務所の机の上には大型モニター。
そこにはオンライン通話で六人ほど映っていた。
その瞬間。
スピーカーから声。
『……いいのですか、リーダー』
箱崎はニヤリと笑う。
「いいんじゃ。新たな同志じゃからの」
聖子の肩を掴み――
「わしの弟子、犬神聖子くんじゃ」
「信人くんのワイフじゃ」
(ちょっと待てぇぇぇぇぇ!!)
(なんで勝手に紹介してんのこのジジイ!!)
だが大人なので顔には出さない。
絶対出さない。
「……犬神聖子です」
よろしくお願いします――は言わなかった。
よろしくしたくないからである。
その時。
モニターの一人が身を乗り出した。
金髪。
体重百キロ超え。
ピザとコーラ。
腹がTシャツから盛大にはみ出している。
だが背後には――大量の軍服写真。
勲章。
特殊部隊章。
どう見ても本物。
箱崎が指差す。
「マイクじゃ」
『オオッ! 犬神氏ノワイフデゴザルカ!』
『拙者マイク! 元ネイビーシールズでゴザル!』
(嘘つけぇぇぇぇぇ!!)
(世界最強部隊がその腹なわけないだろ!!)
箱崎は得意げだった。
「マイクはアフガンで四十七人抜きしとる」
(……え)
一瞬だけ空気が変わった。
マイクはピザを咥えながら笑う。
『若気ノ至リデゴザル』
(……いや待って。本物?)
次。
「カテリーナじゃ」
プラチナブロンド。
眼鏡。
細身。
二十代。
綺麗に整頓された部屋。
しかし背後には――BLポスター。
薄い本。
若干ヤバい。
『ハーイ セイコ ヨロシクネ』
箱崎がさらっと言う。
「元GRUじゃ」
(ロシア軍情報総局ぅぅぅ!?)
聖子が固まる。
カテリーナが無表情で言う。
『ホントヨ』
『アナタ……マバタキ……多イ』
(観察されてる!?)
次。
「ンドゥールじゃ」
黒装束。
忍者。
どう見ても黒人。
背中には刀。
『拙者……忍ゆえ本名は明かせぬ』
『黒煙と呼んでいただこう』
(いやンドゥールって言ったよね!?)
その瞬間――
消えた。
「……え?」
完全に視界から消失。
次の瞬間。
ドン!!
天井から逆さまに現れた。
『忍法・雲隠れの術でござる』
(見えなかった……!?)
聖子の額に汗が伝う。
(……本物?)
次。
箱崎がニヤリ。
「盲ちゃんじゃ」
画面にゴスロリ少女。
可愛い。
たぶん一番まとも。
そう思った。
画面が突然ノイズで歪む。
ジジジジジジ……
映像が崩壊する。
少女が口元を歪める。
『面白そうなことには……どこにでも顔を出すよ』
『未来ってさ……壊れる瞬間が一番綺麗なんだよねぇ』
(……この子が一番怖い)
背筋が冷えた。
だが本当の地獄はここからだった。
「金田くんじゃ」
スーツ姿の男。
だが手には赤いコアラみたいな指人形。
その人形が喋る。
『僕が本体だよ』
『この身体は借り物さ』
『レプティリアンに故郷の星を滅ぼされてね』
『七十五光年先から来た』
その時。
人間のほうの首が勝手に動いた。
飛んでいた虫を――
パクッ。
『あっ、だめじゃないか』
人形が注意する。
『ごめんね。制御が甘くて』
(……なにこれ)
(怖い怖い怖い怖い)
最後。
段ボール鎧。
全身段ボール。
ガムテープ補強。
書いてある文字。
【青木生花店】
【矢越運送】
箱崎が誇らしげに言う。
「鎧坂博士じゃ」
(絶対ヤバいやつ来た)
博士は静かに言った。
「これは段ボールではない」
「ロストテクノロジー製パワードスーツだ」
ペコン。
指で押す。
普通に凹んだ。
だが次。
金槌。
ガキィィィン!!
火花が散る。
(えっ)
(なに今)
博士が頷く。
「必要なら君の分も作ろう」
(いらねぇぇぇぇぇぇ!!)
箱崎が立ち上がる。
「我々は」
「世界解放戦線――ガイアリベレイター」
(帰りたい……)
(ものすごく帰りたい……)
「敵はレプティリアン秘密結社」
「イルミナティ・ワンハンドレットワン」
(名前が中二病!!)
「デスネ」
カテリーナが真顔で頷く。
そして箱崎は金庫を開けた。
取り出す。
一本の神器。
「聖子くん」
「聖剣を託そうと思う」
全員が叫ぶ。
『ええええええええええ!!』
聖子が見た。
それは――
カッターナイフ。
【ダーイタイソー】
と書いてある。
(百均じゃねぇかぁぁぁ!!)
箱崎は真剣だった。
「聖剣シャイニングスター」
博士が補足する。
「伝説では空間、時間、光すら切断する」
(伝説ってなんだよ!!)
強引に握らされる。
乾いた笑い。
「……はははは……」
その時だった。
ジジジジジ……
モニターがまた歪む。
盲が笑う。
さっきまでの軽さが消えていた。
異様な静寂。
『そうそう』
『面白い話があるんだ』
誰も喋らない。
盲が続ける。
『十日後』
『この村……襲撃されるよ』
空気が変わる。
一瞬で。
『数は百』
『武装勢力』
箱崎の目が鋭くなる。
先ほどまでの好々爺ではない。
歴戦の戦士の目。
「……そうか」
低い声。
「人間か?」
盲が笑った。
だがその笑みは冷たい。
不気味だった。
そして。
ゆっくりと告げる。
盲が笑う。
『勘違いしないでね』
『来るのはレプティリアンじゃない』
箱崎
「……何?」
『悪魔よ』
『……全部じゃない』
『中には……人間もいる』
その瞬間。
事務所の空気が変わる。
部屋の温度が下がった。
聖子の背中を――
ぞくり、と悪寒が走る。
何かが始まる。
そんな予感がした。
そして遠く――
誰にも見えない闇の中で。
赤黒い瞳が静かに開いた。
獣のような。
悪魔のような。
それは確かに――
この村を見ていた。
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