第51話 元聖女の彼女が重すぎる件 ~浮気してないのに精神世界で結婚させられそうなんだが~
――そこは、律子の精神世界。
薄暗い取調室。
狭いコンクリートの部屋。
中央に置かれた鉄製の机。
パイプ椅子。
そして。
和人は、そこに座らされていた。
頭上から照らすデスクライトが妙に眩しい。
真正面。
黒いスーツ。
鋭い眼差し。
足を組み、冷たい視線を向けてくる女。
――検察官・律子。
さらに後方。
ノートを広げて何か書いている書記官・律子。
(増えてる……)
(また律子が増えてる……)
和人はもう驚かない。
いや。
驚くのを諦めた。
検察官律子が眼鏡を上げる。
「……ふん」
冷たい声。
「予想はしていた」
腕を組む。
「どうせ貴様のことだ」
「また再犯すると思っていた」
一拍。
机を叩く。
バンッ!!
「……だが次の日とはな」
ゆっくり立ち上がる。
天井を見上げる。
「もう病気だな」
「性犯罪者予備軍だ」
「火あぶり決定だ」
「私は他の律子とは違う」
「甘くない」
ビシィッ!!
指を突きつける。
「この浮気者が!!」
「だから浮気じゃないって」
「黙れ!!」
ドンッ!!
「現行犯だ!!」
「律子がいない隙を狙って、家に女を連れ込んだ!!」
「計画的犯行!!」
「違う!!」
「事故だ!!」
検察官律子が冷笑する。
「ほう……事故か」
書類をめくる。
「純白」
「……え?」
「見たんだろ」
「女の下着を」
「……なんで知ってるんだ!?」
検察官が不敵に笑う。
「全部聞いた」
「女は自白済みだ」
(絶対嘘だ……)
さらに一枚の写真を取り出す。
バサッ。
机に投げる。
「これはなんだ」
和人は見る。
そこには。
ベッドの上。
下着姿のまりあ。
上半身裸の自分。
完全に事後写真。
「いや合成だから」
「しかも雑!!」
「証明できるか?」
「できるよ」
和人は写真を見る。
「胸が違う」
「……なに?」
「こんなに大きくない」
「これGカップくらいある」
「実物もっと小さい」
一瞬。
部屋が静まり返る。
検察官律子の目が細くなる。
にやり。
「……ほう」
「語るに落ちたな」
「え?」
「なぜ胸のサイズを知っている?」
「いや服の上から見たら分か――」
バンッ!!
「つまり見ていたんだな!!」
「性的な目で!!」
「違うって!!」
「隣の尋問室にはまりあがいる」
「……え?」
検察官律子が耳元へ近づく。
囁く。
「もう全部吐いたぞ」
(絶対嘘だ……)
「何年前から関係があった?」
「ないから!!」
「肉体関係は?」
「ない!!」
「ほんとに聖女だったの?」
ぴくり。
律子の眉が動く。
少し沈黙。
遠くを見る目。
「……昔の話さ」
「いや数か月前だよね」
「……」
「……」
「……連れていけ」
「えぇ!?」
数分後。
今度は別室。
そこに座っていたのは。
グレーのスーツ。
銀フレーム眼鏡。
後ろ髪を束ねた知的美人。
――弁護士・律子。
彼女は深刻な顔をしていた。
「まずいですね」
「非常にまずい」
「保護観察中」
「現行犯」
「女性証言あり」
「証拠写真あり」
一拍。
「このままだと串刺し火刑です」
「物騒すぎるよ!!」
弁護士律子がため息を吐く。
「本当に無実なんですね?」
「無実だよ!!」
「写真だって合成だろ!」
「鑑識結果では本物です」
「鑑識も律子なんでしょ!?」
「……ええ」
「だめじゃん!!」
弁護士律子が俯く。
「正直に言います」
「……個人的感情では火あぶり妥当です」
「君もかよ!!」
「ですが」
彼女が顔を上げる。
「一つ聞かせてください」
「……律子のこと」
「どう思っていますか」
和人は迷わなかった。
「一番大切だ」
「裏切ったことは一度もない」
「これからも」
「律子だけだ」
ぱあああっ。
一瞬で表情が変わる。
満面の笑み。
「分かりました」
「最善を尽くします」
(チョロい……)
弁護士律子が小声になる。
顔を近づける。
「司法取引があります」
「え?」
「容疑を一部認めましょう」
「火あぶりよりマシです」
次の瞬間。
会議室。
長机を挟み。
向かいには検察官律子。
「……司法取引だ」
「条件は一つ」
紙が差し出される。
和人は見る。
固まる。
「…………え?」
そこに書かれていた文字。
婚 姻 届
しかも。
妻の欄。
すでに。
月戸律子
と書かれている。
「なっ……」
弁護士律子が笑う。
「良かったですね♪」
「これでお咎めなしです」
「いや待って」
検察官律子が鼻で笑う。
「かなり譲歩したぞ」
「本来なら」
「仕事辞める」
「姉夫婦と同居」
「毎週デート」
「子供最低五人」
「その条件だった」
「重すぎる!!」
「どうせ卒業したら籍入れるんだし」
検察官律子が肩をすくめる。
「少し早いだけだ」
「合理的判断だな」
弁護士律子もにっこり。
「書きましょう♪」
和人の手が震える。
(どうせ精神世界だし……)
(まあ……いいか……)
カリカリ。
住所。
氏名。
書いた。
一秒後。
「やったああああああああ!!」
全律子、大歓喜。
検察官律子が婚姻届を掲げる。
「契約成立」
「……え?」
「魂の契約だ」
「現実より強い」
弁護士律子が微笑む。
「もう夫婦ですね♪」
「え、履行しなかったら?」
検察官律子が笑う。
「履行とかじゃない」
一拍。
「もう運命共同体だ」
その瞬間。
世界が崩れた。
意識が沈む。
深く。
深く。
真っ暗な闇。
どこまでも落ちていく。
そして。
その最奥。
巨大な黒い渦。
禍々しい何か。
脈打つように揺れていた。
その中から。
笑い声。
「……ふふふふ」
「つながった……」
「魂が……」
「記憶が……」
「力が……流れ込んでくる……」
闇が蠢く。
「……ああ……」
「あと少し……」
笑い声だけが。
深淵に響いていた。
☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。
評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。




