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第49話 元聖女姉妹、恋愛観がだいたい危険すぎる件

 夜。


 成川和人のマンション。


 リビングではテレビもつけず、静かな時間が流れていた。


 ソファの端。


 スマホを耳に当てながら、月戸律子が小さくため息を吐く。


「……いいなぁ」


『ん?』


 通話相手は姉――聖子だった。


 律子はクッションを抱えながら頬を膨らませる。


「お姉ちゃんが羨ましい」


『何が?』


「だって……お義兄さんって絶対浮気しないでしょ?」


 沈黙。


 数秒。


 そして。


『……どうかなぁ』


「え?」


 予想外の返答だった。


 律子がぱちぱちと瞬きをする。


『あいつねぇ……毎日ちゃんと報告してくれるよ』


「えっ」


『すごいよ』


『業務日報』


「……業務日報?」


『うん』


『毎日』


『分厚いファイル一冊』


 律子の顔が固まる。


『朝何時に起きたか』


『誰と会ったか』


『何を食べたか』


『どこへ行ったか』


『何を考えていたか』


『全部書いてある』


「うわぁ……」


『しかもね』


『最後に私がサインするの』


「えぇぇ……」


 聖子は疲れた声で続ける。


『ところどころ黒塗りなの』


『怖くて聞けないんだよね』


『別の意味で』


 律子の顔が引き攣った。


「……らしいわね」


『そもそもモテないよ、あれ』


「え?」


 聖子は呆れたように言った。


『この前なんてさ』


『バンダナ』


『魔法少女アニメのTシャツ』


『謎のドラゴン刺繍入りチノパン』


『しかもTシャツをチノパンにイン』


『さらにリュック』


『指ぬきグローブ』


『何その九十年代オタクみたいな格好って思った』


 律子が思わず吹き出す。


「うわぁ……」


『どこのイベント行くのって聞いたら』


「なんて?」


『個人的に女性の相談に乗る』


「……は?」


『だから後つけたの』


 律子が身を乗り出す。


「行かせたの!?」


『うん』


『気になったから』


『そしたらね』


『待ち合わせ相手の女の人』


『最初は笑顔だったんだけど』


『五分後』


『爆笑』


『十分後』


『顔が引き攣ってた』


『十五分後』


『完全に死んだ目してた』


「うわぁ……」


『空気読めないのよ』


『ひたすら語るし』


『急にアニメの話始めるし』


『相手ドン引き』


 律子が苦笑する。


「残念男子ねぇ……」


 その瞬間。


 隣のソファで本を読んでいた和人がぼそっと言った。


「いやその台詞、律子が言う?」


「……え?」


「君もかなり重いよ?」


 律子は聞こえなかったふりをした。


 完全スルーである。


 電話の向こうから聖子が笑う。


『そっちはどうなの?』


 律子は少しだけ頬を赤らめた。


「……うん」


「順調……かな」


『へぇ?』


『どこまで行ったの?』


「ど、どこまでって……」


『キスした?』


「…………」


『したんだ』


「うぅ……」


『へぇ』


『やるじゃん』


 律子の耳まで真っ赤になる。


 和人が遠くを見る。


(この会話……僕の前でするんだ……)


 すると聖子がさらっと爆弾を落とした。


『こっちはもう嫁だよ』


「え?」


『この前ね』


『地域の公民館で紹介されたの』


『犬神家の奥さんですって』


「はやっ!!」


『婦人会も強制加入』


『もう逃げられないよ』


『完全に囲われた』


 律子が羨ましそうに声を漏らす。


「いいなぁ……」


『信人も否定しないし』


『佐知子さんも頷くだけだし』


『もう既成事実完成』


「すごい……」


『律子たちも卒業したらこっちおいでよ』


『一緒に暮らそうよ』


「え?」


『家広いし』


『部屋余ってるし』


『四人で暮らそう』


 律子が笑う。


「お義兄さんは何て言うかなぁ」


『いいのいいの』


 聖子が即答した。


『あいつのものは私のもの』


『私のものは私のもの』


『嫌とか言わないし』


『言わせないよ』


 ものすごい正妻宣言だった。


 律子の目がキラキラする。


「お姉ちゃん……かっこいい……」


『でしょ?』


『押し切るの大事』


『既成事実って大事』


『恋愛は速度だよ』


「勉強になります……!」


 和人がぽつり。


「いや学ばなくていいから」


 二人とも完全無視。


『律子も早くやっちゃいなよ』


「やるって……何を?」


『外堀埋めるの』


『住民票』


『婚姻届』


『家族への根回し』


『親族会議』


『地域への挨拶』


『子供の名前考える』


「……なるほど」


「参考になります」


 和人が立ち上がった。


「ちょっと待って」


「今すごく嫌な会話聞こえた」


 律子がスマホを握ったまま振り返る。


 にこっ。


 聖女の笑みだった。


 いや。


 かなり危険な笑みだった。


「和人さん」


「はい」


「卒業したら……」


 一歩近づく。


「婚姻届」


 さらに一歩。


「出しましょうね?」


「いや待って」


「まだ色々段階が――」


「大丈夫です」


 満面の笑み。


「外堀から埋めますので」


「怖い怖い怖い怖い」


 電話の向こうから聖子の笑い声。


『あ、律子』


「なに?」


『うちの妹だから言っとく』


『好きな男はね』


『逃がしたら駄目』


『最初に囲うの』


「うん」


「分かった」


 和人が天井を見上げた。


(……この姉妹)


(絶対同じ種類だ……)


 律子はスマホを切る。


 そしてゆっくり和人へ近づく。


 にこり。


「和人さん」


「……はい」


「住民票ってどうやって移すんですか?」


「まだ早い」


 即答だった。


 夜のマンションに。


 律子の楽しそうな笑い声が響く。


 そして和人は思う。


 ――将来。


 たぶん僕は。


 この元聖女に。


 かなりの確率で囲われる。


 そんな予感しかしなかった。


(……いやもう囲われ始めてる気がする)


 ……気づかないふりをしよう。


 そう決意した和人であった。


 ――たぶん手遅れである。

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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