第48話 婚約者(元聖女)の脳内裁判で浮気罪に問われましたが、なぜか判決が毎日キス義務化でした。
精神世界――律子最高裁判所
静寂。
巨大な法廷。
高い天井。
赤い絨毯。
重厚な木造の壁。
荘厳な空気。
そして――異常だった。
和人は被告席に立ったまま、ゆっくり周囲を見回す。
裁判官。
検察官。
弁護士。
警備員。
傍聴席。
記録係。
速記官。
報道陣。
……全員、律子。
(……やっぱり意味が分からない)
その時だった。
コツ。
ヒールの音。
明るいグレーのスーツ。
銀縁眼鏡。
髪を後ろで綺麗に束ねた律子が歩いてくる。
知的な雰囲気。
いわゆる完全キャリアウーマン。
彼女は眼鏡をくいっと上げた。
そして手を差し出す。
「担当弁護士の律子です」
「よろしくお願いします」
和人は乾いた顔になる。
「……うん」
「知ってる」
「よろしく」
握手。
すると弁護士律子は柔らかく笑う。
「安心してください」
「必ず無実を勝ち取ります」
「二人の未来のために」
……一瞬ちょっと頼もしい。
しかし。
対面。
黒いスーツ。
髪を後ろで一つに束ねた検察官律子。
こちらは冷徹だった。
完全に怖い。
眼光が鋭い。
腕を組み。
鼻で笑う。
「……絶対浮気よ」
「火あぶり刑にしてやるわ」
「いや量刑重すぎるだろ」
和人が小さく突っ込む。
――コンッ。
木槌が鳴る。
最上段。
黒い法服を纏う裁判官律子。
絶対権力者の顔。
感情ゼロ。
「静粛に」
一瞬で法廷が静まり返る。
「これより」
「成川和人恋愛背信罪審理」
「第一回公判を開始します」
空気が張り詰めた。
裁判官律子が言う。
「検察側」
「起訴内容を朗読してください」
検察官律子が立ち上がる。
黒いヒール。
カツン。
カツン。
被告席前へ。
冷たい声。
「起訴内容」
「本日午後十八時」
「被告は公園にて」
「恋人が存在し」
「現在保護観察中であるにも関わらず」
「別女性から復縁を迫られ」
「これに応じ」
「二人きりで公園へ移動」
「これは重大な背信行為です」
一拍。
検察官が鋭く言い放つ。
「検察側は」
「火あぶり刑を求刑します」
法廷ざわつく。
「妥当ね」
「当然火あぶり」
「むしろ甘いわ」
「最低でも串刺し」
「傍聴人お前らも律子だろ!」
和人が叫ぶ。
その時。
「異議あり」
弁護士律子が立ち上がる。
裁判官が視線を向ける。
「被告側弁護人」
「発言を許可します」
弁護士律子は眼鏡を押し上げる。
冷静だった。
「まず起訴内容に重大な瑕疵があります」
検察官が眉をひそめる。
「……何?」
弁護士律子は資料を机へ置いた。
「検察側は“恋人”と表現しました」
「しかしこれは誤認です」
「被告と律子は」
「すでに親族公認の内縁関係にあります」
ざわっ――
法廷が揺れた。
傍聴席。
「なんですって……!」
「まさか……」
「有罪率99.5%を超える壁が……!」
弁護士律子が続ける。
「証拠提出します」
「同居記録」
「被告父親証言」
「兄二名証言」
「親族承認済み証明」
ばさっ。
証拠書類提出。
検察官律子の顔が歪む。
「くっ……!」
裁判官律子が静かに頷く。
「……認めます」
「検察側」
「起訴内容の訂正を」
検察官が笑う。
不敵だった。
「ふん……」
「この程度」
そして振り返る。
「起訴内容訂正」
「被告は内縁の妻が存在しながら浮気を行った」
「以上」
和人がぼそり。
「悪化してない?」
誰も答えない。
裁判官。
「では」
「罪状認否に移ります」
視線が向く。
「被告」
「罪状を認めますか」
その瞬間。
弁護士律子。
即座に立つ。
「否認します」
しかし。
「異議あり」
検察官律子。
歩き出す。
「被告は女Aに言い寄られ」
「断らず」
「そのまま公園へ同行しました」
「復縁意思がないなら同行しません」
弁護士律子。
「女Aが泣いていたからです!」
「被告の優しさです!」
検察官が鼻で笑う。
「律子ファーストなら」
「その場で振り切るべきでは?」
「くっ……」
弁護士律子の顔が歪む。
裁判官。
「罪状認否についてどうしますか」
沈黙。
数秒。
弁護士律子が悔しそうに俯く。
「……一部認めます」
「えっ!?」
和人が叫ぶ。
「いや全面否認じゃないの!?」
弁護士律子が小声で言う。
「ここで争うと量刑が重くなります……!」
「戦略的撤退です……!」
「そんなリアルな裁判ある!?」
裁判官。
「では被告人質問」
検察官が歩み寄る。
完全に獲物を追い詰める目だった。
「被告」
「なぜ女Aについて行ったのですか」
和人は考える。
そして答える。
「……必死に頼まれたからです」
検察官。
「つまり」
「断れなかった」
「そうです」
「では」
一歩近づく。
「その時」
「律子のことは考えませんでしたか」
「最愛の律子のことを」
「……ついていくだけなら問題ないと」
その瞬間。
検察官の口角が上がった。
(まずい)
弁護士律子が青ざめる。
検察官。
勝利を確信していた。
「つまりあなたは」
「最愛の内縁の妻より」
「二回しか会ったことのない女を優先した」
「背信行為です」
「検察以上」
カツン。
去る。
ざわつく法廷。
「決まったわね」
「火あぶり確定」
「終わったわ」
そして。
弁護士律子がゆっくり立つ。
深呼吸。
和人の前へ。
優しい目だった。
「……では質問します」
「あなたにとって律子とは何ですか」
和人は迷わない。
即答だった。
「一番大切な人」
ざわっ。
法廷全体が揺れる。
弁護士律子。
「今回の件」
「彼女に理解してもらえると思いましたか」
「うん」
和人は静かに頷く。
「彼女なら」
「泣いてる人間を放っていくような男は嫌うと思った」
「だから助けた」
「……でも」
視線をまっすぐ前へ向ける。
「律子を裏切るつもりはない」
「彼女が一番大事だから」
完全沈黙。
空気が止まった。
検察官律子。
目を見開く。
傍聴席律子。
全員顔が真っ赤。
裁判官律子も頬が赤い。
弁護士律子が微笑んだ。
「……以上です」
裁判官が立ち上がる。
木槌を持つ。
「判決を言い渡します」
静寂。
一拍。
そして。
ガンッ!!
「被告人」
「成川和人」
「一部有罪」
和人。
「ええっ!?」
裁判官は淡々と言う。
「ただし未遂」
「よって」
「保護観察期間延長」
「期間――無期」
「えっ?」
「追加処分を言い渡します」
紙を読む。
「第一条」
「情報端末の位置情報共有義務」
「第二条」
「端末内データを観察官が随時確認可能」
「第三条」
「毎朝および就寝前」
一拍。
裁判官が読む。
「律子へのキスを義務化します」
和人。
「は?」
裁判官続ける。
「その際」
「綺麗だよ」
「君さえいればいい」
「愛してる」
等の感情表現を添えること」
ガンッ!!
「以上」
「閉廷」
検察官律子。
悔しそうに歯ぎしり。
「……火あぶりなのに」
「まあいいわ……」
「どうせ再犯する」
一方。
弁護士律子が駆け寄る。
和人の両手を握る。
ぶんぶん上下に振る。
満面の笑み。
「やりました!」
「実質無罪です!」
その瞬間。
後ろから。
パシャ!!
パシャ!!
和人が振り向く。
カメラマン律子。
記者律子。
そして。
弁護士律子。
どこからともなく紙を取り出す。
ばさっ。
大きく掲げる。
【勝訴】
記者律子。
マイクを向ける。
「勝訴おめでとうございます!」
「今のお気持ちは?」
和人。
しばらく沈黙。
そして。
ぽつり。
「……なにこの茶番」
パシャ!!
パシャ!!
フラッシュが鳴り響く。
精神世界いっぱいに。
響き続けるのであった。
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