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第46話 元聖女は嫉妬深い。~放課後の誤解から始まった異端審問会で、なぜか同棲が決定しました~

 その週のことだった。


 放課後。


 祓川高校の廊下は静かだった。


 運動部の掛け声が遠くから聞こえるだけで、人影は少ない。


 そんな中――


「成川先生、その……相談したいことがありまして……」


 おずおずと声をかけてきたのは、長い赤髪の少女だった。


 和人は足を止める。


「ん?」


 見覚えがない。


 少なくとも担当している生徒ではない。


「君は……一年生かな?」


「はい!」


 少女は胸を張った。


「一年の倉敷まりあです!」


「そうなんだ」


 和人は首を傾げる。


「担任の先生は?」


「えっ」


 まりあが固まった。


「だから担任の先生」


「た、田中先生?」


「いないよ」


「じゃあ佐藤先生!」


「いないね」


「アレクセイ先生!」


「いるけど産休中だよ」


「いるの!?」


 今度はまりあが驚いた。


「そこ驚くところ?」


「う、うーん……」


 人差し指を頬に当てる。


 額に汗。


 目が泳ぐ。


 どう見ても怪しい。


「まあいいけど」


 和人は苦笑した。


「相談なら先に担任か学年主任を通した方がいいよ」


「じゃあ僕は――」


 立ち去ろうとした。


 その瞬間だった。


「待ちなさいよ!」


 がしっ。


 手首を掴まれる。


「え?」


 まりあは和人を睨んだ。


「私、知ってるんだから!」


「何を?」


「あんたが月戸さんを騙してるってことよ!」


 廊下に響く大声。


 その直後――


「私がどうしたって?」


 背後から声がした。


 冷たい。


 恐ろしく冷たい。


 まりあが振り返る。


 律子が立っていた。


 にこり。


 笑顔。


 しかし目は笑っていない。


 三秒。


 二秒。


 一秒。


「失礼しましたーーーーっ!!」


 全力ダッシュ。


「え?」


 和人が目を瞬く。


 まりあは廊下を疾走。


 角を曲がる。


 さらに窓を開ける。


 飛び降りる。


「待ちなさい!」


「嫌ですーーーーっ!!」


 脱兎の如く逃走する赤髪。


 あっという間に見えなくなった。


「……」


「……」


 沈黙。


 和人はゆっくり振り返る。


 そこには律子。


 笑顔。


 しかし背後に見える。


 見えてはいけない黒いオーラが。


 ゴゴゴゴゴゴゴ……


 そんな効果音が聞こえそうだった。


「先生」


 低い声。


「はい」


 反射的に背筋が伸びる。


「言いましたよね?」


「何をかな?」


「浮気したら」


 沈黙。


「生きたまま」


 一拍。


「火あぶりです」


「いや待って」


「どういうことですか?」


「誤解だからね?」


「帰ったら説明してもらいます」


「聞いて」


「聞きません」


 即答だった。





 その日の夜


 和人のマンション。


 リビング。


 そこでは――


 異端審問会が開催されていた。


「なんで?」


 和人は頭を抱えた。


 目の前には律子。


 フード付き修道服。


 木製ハンマー。


 なぜか大きな机。


 どこから持ってきた。


 本当にどこから持ってきた。


 律子は机を叩く。


 コン!


「これより」


 厳かな声。


「律子への愛が揺らいでいないかを確認する異端審問会を開催します」


「開催しなくていいと思う」


「被告人、立ちなさい」


「なんで?」


「立ちなさい」


「はい」


 立った。


 理不尽だった。


「被告」


「はい」


「本日、女性と手を握りましたね?」


「握られたんだよ」


「つまり握った」


「違う」


「記録します」


「誰が?」


「私です」


「自分で?」


「自分でです」


 さらさらとメモする律子。


「被告、反省の色なし」


「書かないで」


 律子は咳払いした。


「続いて」


「その女性は誰ですか」


「一年生の倉敷さん」


「なぜ名前を知っているのですか」


「本人が名乗ったから」


「ふーん……」


 声が低い。


 とても低い。


「一年生が三年生担当の先生に相談」


「はい」


「つまり」


 律子の目が細くなる。


「告白される寸前だった」


「違うと思う」


「つまり告白です」


「だから違う」


「確定ですね」


「確定してない」


 全く話が通じない。


 律子はさらに追及する。


「では質問です」


「なんで初対面で手を握られるのですか?」


「知らないよ!」


「私ですら時間がかかったんですよ!?」


「僕に言われても」


「納得できません」


 ばんっ!


 机を叩く。


 異端審問官が感情的だった。


「さらに!」


 律子はノートを取り出した。


「証拠があります」


「嫌な予感しかしない」


 開かれるノート。


 そこには――


 結婚式。


 新婚旅行。


 家族写真。


 運動会。


 正月。


 子供たち。


 孫。


 老後。


 果ては曾孫まで。


 びっしり描かれていた。


「これは……」


 和人の目が点になる。


 律子は胸を張った。


「未来予想図です」


「妄想じゃないか」


「違います」


「違うの?」


「確定未来です」


「確定してないよね?」


「私の中では確定です」


「強い」



「判決を言い渡します」


 律子が立ち上がる。


 ハンマーを掲げる。


「被告」


「はい」


「有罪」


「冤罪だよ!」


「ギルティ」


「だから冤罪!」


「異議は認めません」


「聖女だろ!?」


 すると律子がぷくっと頬を膨らませた。


「違いますー」


 急に幼くなる。


「元聖女ですー」


「そこ強調する?」


「今は異端審問官です」


 どや顔だった。


「自分の気持ちに正直に生きます」


「すごく正直だね」


 律子は再び咳払いした。


「しかし今回は未遂」


「よって情状酌量します」


「おお」


 助かった。


 そう思った。


 だが甘かった。


「判決」


「被告を保護観察処分とする」


「うん」


「二十四時間監視」


「うん?」


「同居」


「うん?」


「寝室共有」


「待って」


「反論は認めません」


「待って」


「以上」


 コン!


 ハンマーが鳴る。


「異端審問会終了です」


「待って!」


 律子は満面の笑みだった。


 数秒前まで異端審問官だったとは思えない。


「これで安心ですね」


「何が?」


「浮気防止です」


「してないよ!?」


「監視します」


「なんで?」


「好きだからです」


 即答だった。


「えっ」


「好きだから一緒にいたいんです」


 真っ赤な顔。


 だけど目だけは真剣だった。


「だから」


 小さく笑う。


「よろしくお願いしますね」


 その笑顔を見た瞬間。


 和人は何も言えなくなった。


 そして。


「えええええええええええええええええっ!!」


 数秒後。


 マンションに絶叫が響き渡った。


 こうして。


 半同棲状態だった二人は――


 異端審問という名目のもと、


 なし崩し的に同棲生活へ突入することになったのである。


 なお。


 律子は最後まで、


 自分が間違っているとは一ミリも思っていなかった。

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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