第45話 追放聖女は今日も恋をする ~妄想が本人に全部聞かれていたので、もう開き直って想いを伝えます~
唇が離れる。
夕暮れの光が窓から差し込み、静かな部屋を橙色に染めていた。
律子は和人の肩にもたれながら、小さく息を吐く。
心臓がうるさい。
きっと和人にも聞こえてしまっている。
「その……」
「もう一度、筆を取ってみませんか?」
律子は和人の膝の上に座ったまま、そっと尋ねた。
和人は少し困ったように笑う。
「どうだろうね……」
視線は棚の上。
埃をかぶった画材へ向いていた。
「しばらく描いてないからさ」
その言葉に、律子も同じ方向を見る。
画材。
スケッチブック。
そして――あの日見た同人誌。
途端。
律子の脳内で何かが始まった。
(もし和人さんがまた漫画を描くなら……)
(わ、私も協力できるかな……)
(モデルとか……)
顔が赤くなる。
(いやでも……ヒロイン役は……)
(やっぱり私じゃないと……)
勝手に脳内劇場が開幕する。
『律子、少しこっちを向いてくれるかな』
『こ、こうですか……?』
『うん、いい表情だ』
『そ、そんなに見ないでください……』
『だって可愛いから』
『~~~~っ!?』
脳内の律子が爆発した。
顔から湯気が出そうだった。
(だ、大丈夫かな私……)
(モデルってそういうことじゃないよね……)
(でも和人さんなら……)
(いやいやいやいやっ!)
勝手に一人で赤くなる。
「おーい」
目の前で手が振られる。
「戻っておいで」
「はっ!?」
現実に帰還した。
いつの間にかソファに座っている。
隣では和人がのんびりとかりんとうを食べていた。
「食べる?」
差し出される。
「あ、うん」
反射的に受け取る。
しかし。
律子が口に入れたのは、和人が持っていた方だった。
「えっ」
「えっ」
二人同時に固まる。
「いや、それ僕が今食べてたやつ……」
「えっ!?」
律子の顔が一瞬で真っ赤になる。
「ご、ごごごごごめんなさい!」
「別に怒ってないけど!?」
和人も顔が赤い。
なぜか二人とも慌てていた。
数秒の沈黙。
そして。
和人がぽつりと言う。
「あのさ」
「はい」
「僕の漫画って日常系なんだよね」
「え?」
「だから……」
一拍。
「今の妄想、だいぶ違うかな」
律子の思考が停止した。
停止して。
再起動して。
爆発した。
「聞こえてたーーーーーーっ!?」
思わず立ち上がる。
「うん」
和人はかりんとうをかじる。
「結構前から」
「いやああああああああっ!!」
律子は顔を両手で覆った。
穴があったら入りたい。
今すぐ入りたい。
できれば埋まりたい。
「うわああああ……」
「そんなに?」
「そんなにです!」
和人は少し笑った。
その笑顔を見て。
律子は少しだけ安心する。
笑ってくれた。
それだけで嬉しかった。
「でも」
和人が言う。
今度は少し真面目な声で。
「嫌じゃなかったよ」
「え?」
「むしろ嬉しかった」
律子が目を見開く。
和人は耳まで赤くなっていた。
「僕なんかのことを、そんなに考えてくれてるんだなって」
胸が熱くなる。
言葉が出ない。
「僕さ」
和人は少し照れながら続けた。
「こういうの慣れてなくて」
「私もです」
「だよね」
「はい」
二人とも笑った。
ぎこちない。
でも心地いい。
そんな笑顔だった。
そして。
和人が静かに言う。
「もう僕たち」
一拍。
「将来を一緒に考える仲なんだよね」
律子の心臓が跳ねる。
「君さえいてくれればいい」
真っ直ぐな言葉。
飾り気のない言葉。
だからこそ。
何よりも嬉しかった。
涙が滲む。
欲しかった。
本当に欲しかった言葉。
数秒後。
「和人ぉぉぉぉっ!!」
勢いよく抱きつく。
「ぐえっ」
「大好きです!」
「知ってる!」
「本当に大好きです!」
「うん!」
部屋の中に笑い声が響く。
一方その頃。
暗い部屋。
宝珠の映像を見つめる一人の修道女がいた。
長い赤髪。
整った顔立ち。
だが。
その表情は真剣そのものだった。
「見つけた……!」
拳を握る。
「やっと見つけたわ!」
宝珠に映る律子を見ながら。
「おいたわしい……」
目を潤ませる。
「きっと騙されているのね……!」
完全に勘違いしていた。
「待っていてください!」
ぐっと拳を握る。
「私が必ず救い出します!」
こうして。
本人たちの知らないところで。
新たな騒動の幕が上がろうとしていた――。
これが、新たな災厄を生むことになろうとは…
まだ誰も想像すら出来ていない…
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