第44話 【再掲】狂乱の聖女は、伝説のエロ同人作家を救いたい ~悪意しか聞こえない私に、“推し”ができました~
数ヶ月前
暗闇だった。
上下も、
左右も、
距離感すら曖昧な闇。
そこにだけ、
舞台のスポットライトみたいな白い光が落ちている。
机。
椅子。
そして、
“それ”は座っていた。
「ふーん」
軽い声だった。
「つまり君たち、
世界救ったあとに国から処分されそうになったんだ?」
頬杖をついた“猿”が言う。
いや。
正確には猿ではない。
頭だけが猿。
首から下は、
仏像みたいに滑らかな中性的肉体。
上半身は裸。
腰から下は、
黒い僧衣のような長布。
素足。
そして。
五本の腕。
左右二本ずつ。
さらに背中側から一本。
それぞれが、
別々の意思を持つみたいに動いていた。
そして何より異様なのは――後ろ。
棚。
そこには。
無数の“首”が並んでいた。
男。
女。
老人。
子供。
亜人。
ヒューマン。
整然と並ぶ生首たち。
なのに。
誰も苦しそうじゃない。
むしろ、
静かだった。
図書館みたいに。
「なんかさぁ」
猿頭の超越者は、
椅子をくるりと回した。
「アニメであったよね」
「魔法少女が搾取されるやつ」
「願い叶えて、
戦わせて、
最後は使い捨て」
にやり。
「君たちそっくり」
光の中に立つ二人。
一人は、
白い法衣の少女。
青い髪。
大きな丸眼鏡。
泥と血にまみれていても、
隠しきれない神秘的美貌。
聖女――リカルダ・ゲッテル。
後の月戸律子。
そしてもう一人。
長身の女剣士。
長い黒髪。
鋭い目。
全身に傷。
銀鎧。
腰の剣。
立っているだけで、
猛獣みたいな威圧感があった。
“剣聖”セシル・ゲッテル。
二人とも、
ボロボロだった。
世界を救い。
その世界から追われていた。
「……アニメというものは知らない」
セシルが低く言う。
「だが、
利用するだけ利用して、
不要になれば投獄」
ぎり、と拳を握る。
「それは事実だ」
俯いたまま、
リカルダが呟く。
「このままじゃ……
私たち、
死ぬまで追われる」
「へぇ」
猿は興味深そうに首を傾けた。
「で?」
「どうしたいの?」
沈黙。
やがて。
「……呪いを解いてほしい」
リカルダが震える声で言う。
「それと」
「どこか、
安全な場所へ行きたい」
猿は、
しばらく黙っていた。
そして。
「あのさぁ」
笑う。
「勘違いしないでほしいんだけど」
「僕、
神でも悪魔でもないからね?」
その瞬間。
棚の首たちが。
一斉に、
こちらを向いた。
「っ――」
空気が凍る。
笑っていた。
全部。
男も。
女も。
子供も。
老人も。
ぞわり。
本能が警鐘を鳴らす。
――人間じゃない。
「もちろんタダじゃない」
猿は平然と言う。
「対価はもらうよ」
リカルダが唾を呑む。
「……何が欲しいの?」
「うーん」
首を傾げる。
「首かな」
「なら私を使え」
即答したのはセシルだった。
殺気。
一瞬で空気が裂ける。
「姉さん!」
「リカルダに触るな」
セシルの瞳だけが、
獣みたいに光っていた。
「私が残ればいい」
「嫌よ!」
リカルダが叫ぶ。
「私がなる!」
「姉さんだけは駄目!」
「はいストップ」
五本の手が、
ぱんぱんっと拍手した。
「なんでそうなるの?」
「……え?」
「いやだから」
猿は呆れた顔をする。
「嫌々、首になる人とかいないから」
「…………は?」
「むしろ人気だよ?」
「…………は?」
綺麗にハモった。
猿は立ち上がる。
棚へ歩く。
「この人は詩人」
老人の首を撫でる。
「この子は動物研究オタク」
「この人は旅行狂」
「この人なんか、
B級グルメ巡りのために来た」
首たちが、
楽しそうに笑っている。
「みんなさぁ」
「寿命あるじゃん?」
「身体一つしかないじゃん?」
「でも知りたいんだよ」
「世界を」
「文化を」
「芸術を」
「物語を」
猿は振り返る。
その目だけ、
妙に真剣だった。
「だから繋がる」
「情報を共有する」
「探究を続ける」
「方向性は違っても、
全員“同好の士”なんだ」
「文明が滅びても、
文化だけは残すべきだからね」
「漫画とか特に」
真顔だった。
「人類、
あれで感情保存してるから」
「…………」
「百目とか盲とか、
ああいう趣味悪い連中と一緒にしないでほしいなぁ」
セシルが眉をひそめる。
「……お前は何者だ」
「生首」
即答。
「超越者」
「肩書きなんてそんなもんでしょ?」
ごとり。
猿の首が外れた。
「っ!?」
代わりに。
棚から、
年配女性の首を取る。
かちり。
接続。
「よし」
今度は優しい女性の声。
「ちょっと診るね」
五本の手が、
リカルダの額へ触れる。
金色の光。
「あー……」
「なるほど」
「悪意しか受け取れない呪いか」
「しかも増幅式」
「性格悪いなぁ」
リカルダが縋る。
「……解ける?」
「無理」
即答だった。
「これ掛けたの、
“呪いの悪魔”でしょ?」
「構造がいやらしい」
「直接殺さない」
「でも永遠に精神削る」
「しかも解呪耐性付き」
リカルダの顔が青ざめる。
「……そんな」
「でも」
生首は笑った。
「聞こえなくすることはできるよ?」
リカルダが顔を上げる。
「ほんとうに……?」
「うん」
「ただし条件付き」
再び、
五本の手が光る。
その瞬間。
「――あれ?」
生首の目が見開かれた。
「なにこれ」
「えっ」
「ちょっと待って」
興奮した声。
「うわ、本物じゃん」
「……?」
「あのさ」
生首が真顔になる。
「漫画って知ってる?」
「まん……が?」
「うわそこからかぁ……」
頭を抱える超越者。
「いい?」
「漫画はね」
「人類最高の文化なんだよ」
熱量が急におかしくなった。
「感情!」
「思想!」
「欲望!」
「性癖!」
「人生!」
「全部入ってる!」
ばんっ!!
机に薄い本が置かれる。
「これは」
「伝説の同人誌」
「歴史的資料」
「文化遺産」
セシルが真顔で言う。
「いや艶本では?」
「違う」
即答だった。
「芸術だ」
真顔だった。
「今、
一人の天才が筆を折ろうとしている」
「このままでは人類の損失」
「世界の損失」
「文明レベルで損失」
「いや盛りすぎでは?」
セシルが普通に引いていた。
だが生首は止まらない。
「彼を」
「もう一度描かせてほしい」
「それが条件」
リカルダは、
同人誌を見下ろす。
そこに書かれた名前を見る。
その瞬間。
なぜか。
胸が少しだけ高鳴った。
知らないはずなのに。
「……この人を?」
「うん」
「才能ある人間が、
世界に絶望して消えるの嫌なんだよね」
生首は笑う。
「もったいないじゃん」
リカルダは静かに頷く。
「やる」
「必要なら、
身体を使ってでも籠絡する」
「おお」
生首が感心する。
「覚悟決まってるねぇ」
そして。
差し出されたのは、
分厚い丸眼鏡。
牛乳瓶の底みたいなレンズ。
「これを掛けてれば、
悪意は届かない」
リカルダが、
震える手で受け取る。
その時だった。
『どうせ利用価値だけだ』
『気持ち悪い女』
『早く死ねばいいのに』
頭の中を埋め尽くしていた声が。
――消えた。
静寂。
人生で初めての静寂。
「あ……」
涙が零れる。
「あ……ぁ……」
崩れるように泣き出すリカルダ。
セシルが、
そっと妹を抱き寄せた。
生首は、
そんな二人を静かに見ていた。
「それと」
にやり。
「彼とは、
そのうち会わせてあげる」
「安心して」
「君、
たぶん彼のこと大好きになるから」
この時。
リカルダはまだ知らなかった。
自分がこれから。
妄想と現実の境界を壊しながら。
一人の男に、
救われていくことを。
☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。
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