第42話 追放された元剣聖ですが、憧れのお母さんができました ~田舎カフェ修行中に銃まで教わることになった件~
月曜日の昼。
村の外れにある『箱崎モータース』の裏手。
積み上げられた資材と廃タイヤの向こう側。
即席の射撃場となったその場所で――
聖子は額に汗を浮かべていた。
「はぁっ……!」
両手で握った拳銃を構える。
十五メートル先。
木箱の上に並べられた空き缶。
狙いを定める。
引き金を引く。
乾いた発砲音。
缶のすぐ横を弾丸が通り過ぎた。
「外した……」
肩を落とす聖子。
その隣で腕組みをしていた老人が大きなため息をついた。
「素人同然じゃな」
箱崎だった。
白髪混じりの髪。
油に汚れた作業着。
しかし、その立ち姿には妙な迫力がある。
「違う違う」
「グリップが下すぎる」
「反動を制御できておらん」
「だから銃口が跳ね上がるんじゃ」
「こうじゃ」
箱崎が手本を見せる。
ほんの少し握り方を変えただけ。
それだけなのに妙に安定して見える。
「こうですか?」
聖子が握り直す。
「そうじゃ」
「最初からそうせい」
「まったく……」
箱崎は呆れたように頭を掻いた。
「いつから銃を握っとるんじゃ」
沈黙。
聖子は真顔で答えた。
「十五分くらい前でしょうか」
「じゃろうな!」
即答だった。
「信人なんぞ十分で当ておったぞ」
「でしょうね!!」
聖子のツッコミが炸裂した。
「比較対象がおかしいんですよ!!」
「なんで私があの人基準なんですか!」
「知らん」
「村の基準じゃ」
「嫌な村ですね!?」
思わず叫ぶ。
本当に嫌だった。
なぜ自分は月曜日の昼間から拳銃を握っているのか。
数週間前の自分に説明しても絶対信じない。
そして脳裏に今朝の出来事が蘇った。
その日の朝。
カフェ『フランク』。
開店前の静かな店内。
聖子は佐知子の前に立っていた。
そして深く頭を下げる。
「お願いします」
「ここで働かせてください」
佐知子は少し驚いた顔をした。
「いいの?」
「バイト代くらいしか出せないわよ?」
聖子は首を横に振る。
「お金はどうでもいいんです」
「ここで働きたいんです」
「佐知子さんみたいになりたいんです」
真っ直ぐな言葉だった。
打算ではない。
媚びでもない。
純粋な憧れ。
尊敬。
目標。
それら全部を込めた言葉。
「お願いします」
もう一度頭を下げる。
佐知子はしばらく黙っていた。
軽々しく答えたくなかった。
聖子の覚悟が本物だと分かったから。
だからこそ。
重くし過ぎてもいけない。
この子は今、
ようやく居場所を見つけ始めているのだから。
佐知子は微笑んだ。
「ふふっ」
「可愛いこと言ってくれるわね」
その笑顔に聖子の肩の力が抜ける。
「いいわよ」
「ここで良ければ」
一瞬。
聖子の顔が花が咲いたように明るくなる。
「ありがとうございます!」
深く頭を下げる。
そんな彼女を見て佐知子は優しく笑った。
「信人くんはね」
「小さい頃から面倒を見てきたの」
「息子みたいなものよ」
そして。
そっと続ける。
「なら」
「あなたは娘ね」
聖子の目が見開かれる。
胸が熱くなった。
思い出す。
遠い昔の母の笑顔。
守れなかったもの。
失ったもの。
もう戻らないもの。
それなのに。
目の前の女性は自然に言った。
まるで当たり前のように。
「娘」
その一言が。
どうしようもなく嬉しかった。
「ありがとうございます」
少しだけ涙ぐみながら笑う。
「じゃあ……」
「お母さんですね」
佐知子が吹き出した。
「あら」
「そう来るの?」
「はい」
「聖子って呼んでください」
佐知子はしばらく考え。
そして優しく微笑む。
「いいわ」
「聖子」
その呼び方だけで嬉しい。
胸がいっぱいになる。
「遠慮はしないわよ」
「もう娘なんだから」
「はい!」
元気よく返事をする聖子。
すると佐知子は意味深に微笑んだ。
「じゃあ娘として鍛えるわ」
「家事全般は私」
「半年で一人前」
「それ以外は――」
そこで言葉を切る。
「それ以外?」
「この村には先生がいるの」
「世界最高峰のね」
嫌な予感がした。
ものすごく。
そして数時間後。
なぜか拳銃を握らされている。
「だから脇が甘いんじゃ」
箱崎の怒号で現実に戻る。
「もっと締めろ」
「はい!」
「腰が浮いとる!」
「はい!」
「呼吸!」
「はい!」
パンッ!
今度は缶に当たった。
缶が吹き飛ぶ。
「当たった!」
思わず声が弾む。
箱崎は鼻を鳴らした。
「やっと一発か」
「厳しいですね!?」
「まだまだじゃ」
「そんなことじゃ――」
箱崎は空を見上げた。
「守りたいもんは守れんぞ」
聖子は少しだけ黙った。
守りたいもの。
その言葉で浮かぶ顔。
信人。
律子。
和人。
佐知子。
この村。
この居場所。
失いたくない。
二度と。
だから。
聖子は拳銃を握り直した。
「もう一回お願いします」
箱崎が少しだけ口元を緩める。
「よし」
「その顔じゃ」
そして。
二人から離れた場所。
木々の影。
誰にも気づかれない位置。
ひとつの人影が静かに立っていた。
視線の先には聖子。
箱崎。
そして村。
人影は小さな通信機を耳に当てる。
「報告します」
短い言葉。
それだけ。
返答を待つこともなく通信を切る。
そして――
闇の中へ溶けるように消えた。
誰も知らない。
平和な村の日常の裏側で。
静かに。
確実に。
何かが動き始めていることを。




