第33話 家族みたいな夜
夕暮れ。
山の向こうへ沈む太陽が空を朱色に染めていた。
犬神家の庭先。
即席で組まれたBBQコンロの上で、肉が音を立てて焼かれている。
ジュゥゥゥゥ―――。
脂が炭に落ちる。
香ばしい煙が立ち上った。
「最高っ!!」
聖子は思わず叫んだ。
口いっぱいに広がる肉汁。
噛むたびに旨味が溢れてくる。
「うん……美味しいね」
和人も頬を緩める。
「喜んでいただけて何よりです」
信人はいつもの調子で答えた。
しかしその口元は、どこか嬉しそうだった。
テーブルには地元野菜。
焼きとうもろこし。
椎茸。
手作りソーセージ。
そして佐知子特製のタレ。
どれも絶品だった。
「決めた!」
突然。
聖子が立ち上がる。
拳を握り締めて宣言した。
「金曜の夜から日曜まで、毎週ここに来る!」
「おお」
和人が笑う。
「いいね、お姉ちゃん」
律子も笑顔になる。
「私も遊びに来たい」
「歓迎します」
信人は即答した。
「部屋は余っていますから」
「ほら見て!」
律子が和人を指差す。
「許可出た!」
「いや、僕に言われても……」
「来てほしくないの?」
上目遣い。
完全に反則だった。
和人は数秒沈黙し、
「……たまになら」
と答える。
律子の顔が一瞬で花開く。
「やった!」
ガッツポーズ。
「将来さ」
律子が言った。
「みんなで集まれる家っていいよね」
「そうですね」
信人が頷く。
「帰って来られる場所は大切です」
その言葉に。
一瞬だけ。
和人の表情が止まった。
聖子は気付く。
きっと信人も気付いている。
和人にはずっと、
そういう場所がなかった。
だからこそ。
今こうして笑っている。
「なんかさ」
律子が呟く。
「家族みたいだね」
沈黙。
風が吹く。
虫の声が聞こえる。
誰も否定しなかった。
聖子は信人を見る。
信人もこちらを見ていた。
目が合う。
少しだけ照れくさくなる。
「どうしました?」
「なんでもない」
笑う。
本当に。
なんでもない。
ただ幸せなだけだった。
――この人となら。
そんな未来も悪くない。
そう思えた。
その頃。
律子は焼きマシュマロを頬張りながら、
(将来はみんなで旅行して)
(お正月は集まって)
(子供たちが庭を走り回って)
(お姉ちゃんと一緒に料理して)
などと壮大な未来予想図を展開していた。
「顔が怖いぞ」
和人が言う。
「幸せを想像してただけだもん」
「その顔で言うな」
「失礼な」
律子は頬を膨らませた。
笑い声が広がる。
山の夜空には星が浮かび始めていた。
こうして。
賑やかなBBQは終わりを迎える。
誰も知らない。
この夜が。
それぞれの人生を少しずつ変えていくことを。
そして――
この後の就寝時間に、
律子の妄想がさらに暴走することを。
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