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第32話 田舎の修理工場にいた電波老人、実は世界を救った元工作員でした。

 昼食を終えた四人は、近くの温泉で汗を流した。


 露天風呂から見える山並み。


 吹き抜ける風。


 遠くで鳴く鳥の声。


 都会の喧騒とは無縁の時間だった。


 そして――


 温泉帰りのスーパー。


 聖子はカートを押しながら、楽しそうに店内を歩いていた。


「これ食べたい」


 地元農場産の豚肉をカゴへ放り込む。


「いいですね」


 信人が頷く。


「宇宙トカゲも好むらしいですよ」


「なにそれ!」


 聖子が吹き出した。


「箱崎さん情報です」


「また変な人出てきた!」


「今日会いますよ」


「え?」


「工作機械の修理を頼んでいますので」


「会いたい!」


 即答だった。


 後ろでは律子が微笑んでいた。


(お姉ちゃん、本当に楽しそう)


 最初は不安だった。


 だが今は違う。


 信人といる聖子は自然体だった。


 無理をしていない。


 背伸びもしていない。


 だからこそ安心できる。


(運命の人って、こういうことなのかな)


 律子はそっと和人を見る。


 和人も優しく笑っていた。


 ◇


 車が止まった。


 古びた看板。


【箱崎モータース】


 地方によくある修理工場。


 油の匂い。


 工具の音。


 積み上げられたタイヤ。


 そして――


 車の下から足だけが見えていた。


「おう、信か」


 ガラガラと車の下から這い出してくる老人。


 痩せ型。


 作業着。


 頭頂部は綺麗に禿げ上がり、側頭部だけ白髪が残っている。


 まるでどこにでもいる町工場のおじいちゃんだった。


「箱崎さん、修理終わりました?」


「ああ」


 老人は奥へ消える。


 そして戻ってきた。


 巨大なチェーンソーを抱えて。


「ほらよ」


 信人が受け取る。


「ありがとうございます」


「対レプティリアン仕様にしといた」


 沈黙。


 聖子。


 律子。


 和人。


 三人同時に固まる。


「出力も上げた」


「ありがとうございます」


「緊急時には超電導チェーンソーになる」


「助かります」


「ツッコまないの!?」


 聖子が叫んだ。


 箱崎が驚いた顔になる。


「なんだ嬢ちゃん」


「常識だぞ」


「どこの世界の!?」


 ◇


 箱崎は突然周囲を見回した。


 そして。


 人差し指を口元へ。


「しっ」


 小声。


 異様に真剣な顔。


「いいか」


 四人を手招きする。


「近づけ」


 全員が顔を寄せる。


 箱崎は道路の向こうを指差した。


「あの標識が見えるか」


「はい」


「監視カメラが仕込まれてる」


「え?」


「俺を見張るためにな」


(来た)


 聖子は思った。


 完全に来た。


 そういう人だ。


「いいか」


 箱崎が続ける。


「あの婆さん見えるか」


 スーパーの袋を持った普通のおばあちゃん。


 誰が見ても普通。


 百パーセント普通。


「あれはレプリカントだ」


「……」


「監視用オートマタ八型」


「……」


「最近のは息まで人間臭い」


(ダメだこの人)


 聖子は確信した。


 律子も同じだった。


 和人は苦笑している。


 信人だけが真顔だった。


「そうですか」


 普通に返事していた。


「信人くん!?」


「はい?」


「なんで普通なの!?」


「箱崎さんですから」


 理由になっていない。


 ◇


 しかし。


 次の瞬間だった。


 道路を歩いていた老婆が何かを落とした。


 カチン。


 小さな金属音。


 信人が拾い上げる。


「なんですかこれ」


 小指の爪ほどの金属片。


 ICチップのようにも見える。


「ほらな」


 箱崎が勝ち誇る。


「監視装置だ」


「補聴器の部品では?」


 信人が冷静に返した。


「……たぶんな」


 箱崎が目を逸らした。


「認めた!」


 聖子が叫ぶ。


「だが油断するな」


 箱崎は真顔だった。


「やつらは確実に来ている」


 ◇


 工場の奥で雑談が始まる。


 そこで初めて三人は気づく。


 箱崎守という男の異常さに。


「信と鹿撃ち行ったよな」


「行きました」


「六十二頭」


「私は四十三頭ですね」


「まだまだだな」


「敵いません」


 普通に会話している。


 数字がおかしい。


「師匠は凄いんですよ」


 信人が説明する。


「一・五キロ先の鹿の頭を撃ち抜きます」


「は?」


 聖子が固まる。


「風速計算が上手いんです」


「そこじゃない」


 律子も固まっている。


「花火も凄いぞ」


 箱崎が胸を張る。


「南米、中東、東南アジアで鍛えたからな」


「僕も南米では経験があります」


「今度また鹿狩り行こうぜ」


「機会があれば」


(絶対鹿じゃない)


 聖子は県道の夜を思い出していた。


 絶対違う。


 百パーセント違う。


 ◇


 帰ろうとした時だった。


 箱崎が不意に呼び止めた。


「嬢ちゃん」


 聖子を見る。


 いつもの妄想じみた顔ではない。


 真顔だった。


「はい?」


「信を頼む」


 空気が変わる。


 誰も喋らない。


「俺らは先に死ぬ」


 静かな声。


「だがあいつは残る」


 箱崎は信人を見る。


「残りすぎる」


 意味が分からない。


 だが。


 信人だけは黙って聞いていた。


 反論しない。


 笑わない。


 否定もしない。


「だからな」


 箱崎は聖子を見る。


「支えてやってくれ」


 その一言だけだった。


 聖子は思わず頷く。


「……はい」


 なぜか。


 そう答えなければならない気がした。


 箱崎は満足そうに笑う。


「よし」


 そして次の瞬間。


「もし宇宙トカゲが攻めてきたら連絡しろ」


 全部台無しだった。


「来ないわよ!!」


 聖子のツッコミが工場に響く。


 大笑いする和人。


 腹を抱える律子。


 信人だけが真顔で頷く。


「念のため連絡先は交換しておきましょう」


「信人くん!?」


 再び響くツッコミ。


 しかし聖子はまだ知らない。


 この妄想癖の老人――箱崎守が。


 かつて世界の裏側で数々の戦場を渡り歩き、


 信人を育てた三人の師の一人であることを。



☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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