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第28話 妹は見た。姉が掘り当てた超優良物件を

 次の週。


 駅前の喫茶店。


 窓際の席で待っていた月戸聖子と律子は――同時に固まった。


 店の入り口から現れた男を見て。


「……」


「……」


 二人の視線の先。


 そこには犬神信人がいた。


 ピンク。


 黄色。


 青。


 三色のチェックシャツ。


 胸元には謎の漢字がプリントされた白いTシャツ。


 ジーンズ。


 そしてノーブランドの金色のバスケットシューズ。


 絶妙に色が喧嘩している。


 恐ろしいほど喧嘩している。


 近くの女子高生が小さく吹き出した。


「あっ……」


「こら、やめなって」


 友人が慌てて止める。


 だが気持ちは分かる。


 聖子と律子も同じ顔をしていた。


(ダサい……)


(想像以上にダサい……)


 目がチカチカする。


 色彩が暴力だった。


 当の本人はまったく気にした様子もなく歩いてくる。


「お待たせしました」


 爽やかな笑顔だった。


 服以外は完璧だった。


 席に着く。


 聖子は必死に表情を整えた。


「い、いいと思うわよ」


「何がですか?」


 信人が首を傾げる。


 その純粋な反応に聖子は言葉を失った。


 代わりに律子が尋ねる。


「その服って……」


「ああ」


 信人は納得したように頷いた。


「近所のおばあさんにいただいたんです」


「へぇ」


「着ないと失礼かと思いまして」


「……」


「……」


 聖子と律子は同時に天井を見上げた。


 なるほど。


 信人らしい。


「改めまして」


 聖子が話題を変える。


「妹の律子よ」


「月戸律子です」


 律子が頭を下げる。


「犬神信人です」


 名刺が差し出される。



「いとこの和人さんとお付き合いさせていただいています」


 その言葉に信人の目が少し見開く。


「ああ。和人くんの」


「ご存知なんですか?」


「何度か話を聞いています」


 穏やかに微笑む。


 その笑顔は安心感があった。


 注文した品が運ばれてくる。


 聖子はモンブラン。


 律子はチーズケーキ。


 紅茶。


 コーヒー。


 そして――


 信人の前には。


 巨大な小倉トースト。


 しかも半斤。


 山盛りのあんこ。


 大量のホイップクリーム。


 さらにメロンクリームソーダ。


 律子が固まった。


「あ、甘党なんですか……?」


「はい」


 信人は真顔で答える。


「一日七千キロカロリーほど必要なので」


「七千!?」


「トレーニング量が多いので」


 さらっと言う。


「あと今日は緊張しておりますので」


「緊張すると甘いものが欲しくなるんです」


「そういうとこだよ」


 聖子が額を押さえる。


 律子も同意だった。


 しかし。


 その時だった。


 律子の瞳が僅かに細くなる。


 鑑定眼。


 生まれ持った特殊能力。


 何気なく発動した。


 その瞬間。


 世界が変わった。


 見える。


 魂。


 波動。


 色彩。


 音。


 人の本質。


 その全てが流れ込んでくる。


 だが。


 信人を見た瞬間。


 律子の呼吸が止まった。


「……っ」


 巨大。


 あまりにも巨大。


 静かだ。


 深海のように。


 凪いだ海のように。


 恐ろしいほど整っている。


 濁りがない。


 歪みがない。


 ただ圧倒的な知性だけが存在していた。


 律子の背筋を冷たいものが走る。


 信じられなかった。


 ゆっくり立ち上がる。


 そして。


 深々と頭を下げた。


「信人さん」


 聖子が驚く。


 律子は真っ直ぐ言った。


「姉をよろしくお願いします」


「律子?」


「姉は短気です」


「おい」


「直情的です」


「おい」


「でも家族思いで義理堅くて」


「……」


「誰かのために本気で怒れる人です」


 律子は頭を下げる。


「だからきっと」


「信人さんと合うと思います」


 しばらく沈黙。


 そして。


 信人が静かに言った。


「何が見えました?」


 聖子が吹き出した。


「なんで分かるの!?」


「態度が変わりましたから」


 信人は小倉トーストを食べながら答える。


「律子さんは先ほどから分析をしているような」


「……」


「……」


 やっぱり化け物だ。


 律子は確信した。


「ちょっとお姉ちゃん」


 律子が席を立つ。


「すみません」


「女性同士の話です」


「そうなんですか」


 信人は頷いた。


「どうぞごゆっくり」


 そう言ってクリームソーダを飲み始める。


 化粧室。


 扉が閉まる。


 同時に聖子が聞いた。


「何が見えたの?」


 律子は即答した。


「大賢者」


「は?」


「公国の大賢者覚えてる?」


 聖子は目を瞬く。


「あの変なおじさん?」


「そう」


「会議中に独り言言うし」


「空気読まないし」


「めちゃくちゃKYだった」


「でも」


 律子の声が震える。


「あの人の作戦」


「全部当たったでしょ」


 聖子は黙る。


 確かにそうだった。


 一度も外さなかった。


「魂が似てる」


 律子は断言した。


「でも違う」


「信人さんの方が静か」


「もっと澄んでる」


「ギフテッドなのよ」


「だから感情を読むのが苦手」


「へぇ」


 聖子は苦笑した。


「私は能力よりも」


「人柄が好きなんだけどね」


 律子は肩を落とす。


「それは分かる」


「でもなんであんな服なの」


「あれ?」


 聖子は笑った。


「おばあちゃんにもらった服だから」


「ああ……そういう人…」


 律子は遠い目をした。


 納得した。


 全部納得した。


 席へ戻る。


 そして二人は再び固まった。


 信人の前に。


 巨大なチョコパフェが追加されていた。


「……」


「……」


「美味しいですよ」


 信人は満足そうだった。


 その時。


 ふと思い出したように信人が言う。


「そうだ」


「今度遊びに来ませんか?」


「え?」


 律子が反応する。


「和人くんも一緒に」


「家に泊まれますよ」


「部屋もありますし」


「近くに温泉もあります」


「美味しいものも用意しておきます」


 律子の脳内。


 花火。


 祝砲。


 ファンファーレ。


 大爆発。


 来たーーーーーー!!


「行きます!!」


 勢いよく立ち上がる。


 店中の視線が集まった。


 気にしない。


 全く気にしない。


「ぜひ行かせてください!」


「そうですか」


 信人が微笑む。


「楽しみにしています」


 律子は満面の笑みで頭を下げた。


「よろしくお願いします!」


 そして。


 一拍置いて。


「お義兄さん!」


 信人が固まる。


 聖子が真っ赤になる。


 律子は満面の笑みだった。


 こうして。


 月戸律子は犬神信人と会うことになった。


 運命に導かれるように。


 なお。


 律子は忘れていた。


 姉の初デートが――


 草刈りだったことを。


 その事実を思い知るのは。


 もう少し先の話である。



☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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