第27話 私から告白する。
朝の陽光が障子越しに差し込む。
炊きたてのご飯の香り。
味噌汁から立ち上る湯気。
昨夜の出来事が嘘のような、穏やかな朝だった。
食卓を挟み、向かい合う聖子と信人。
聖子は味噌汁のお椀をそっと置いた。
そして真っ直ぐ信人を見る。
「あなたは」
信人が顔を上げる。
「世界一誠実」
「優しい」
「自分の信念を持ってる」
「それを絶対に曲げない」
「怖いくらい優秀」
一拍。
「でも」
「変人」
「頑固」
「超変人」
信人が小さく首を傾げる。
「評価されているのか、されていないのか分かりません」
「両方よ」
即答だった。
思わず聖子は笑う。
そして。
今度は少しだけ真面目な顔になる。
「あなた、自分のためじゃなくて、人のために生きてる」
昨夜見たもの。
村の人たち。
スーパー。
田んぼ。
故郷。
そして。
あの誰にも見せない顔。
「それってね」
「すごく尊いことなの」
静かな沈黙。
聖子は息を吸う。
心臓がうるさい。
剣を握るより緊張している。
魔王軍と戦った時より怖い。
それでも。
目だけは逸らさなかった。
「私は自分の目を信じる」
「あなたなら背中を預けられる」
「どんな状況でも、一緒に乗り越えられると思う」
だから――
言葉が詰まる。
鼓動が跳ねる。
顔が熱い。
それでも。
聖子は言った。
「私と付き合ってほしい」
沈黙。
信人が固まる。
本当に固まった。
まるで高性能コンピュータが予想外の入力を受けたみたいに。
三秒。
五秒。
七秒。
そして。
「……はい」
小さく答える。
「私も」
一拍。
「同じ結論でした」
聖子は思わず吹き出した。
「でしょーね!」
「はい?」
「あなた絶対、自分から告白できないでしょ!」
「そうでしょうか」
「そうよ!」
ビシッと指を突きつける。
「あなたの告白待ってたら一年はかかるわ!」
信人は少し考えた。
そして。
「実際は一年四か月後でした」
「長っ!!」
即ツッコミ。
「そのくらいあったらプロポーズしててもおかしくないわよ!」
「そうでしょうか」
「そうなの!」
信人は真面目な顔で説明する。
「現在、告白プランは五十四パターン作成済みです」
「やめて」
「年代別、趣味別、性格別に分類し――」
「やめて」
「統計的に最も成功率が高いのは――」
「やめてって言ってるでしょ!」
聖子は頭を抱えた。
なんなんだこの男。
本当に。
本当に変人だ。
でも。
嫌じゃない。
むしろ笑ってしまう。
「とにかく」
聖子は指を突きつける。
「結婚前提だから」
「はい」
「断っとくけど、お金目当てじゃないからね」
すると信人が不思議そうな顔をした。
「結婚相手を選ぶ際、経済力は重要な判断基準では?」
「もうっ!」
頬を膨らませる。
「ほんとそういうとこだから!」
信人は首を傾げる。
意味が分からないらしい。
聖子は盛大にため息を吐いた。
そして。
少しだけ笑った。
やっぱり。
この人は面白い。
その日の昼
聖子のマンション
玄関が開く。
次の瞬間。
律子が飛びついてきた。
「心配したんだから!」
「連絡くらいしてよ!」
「ごめんごめん」
「いきなり朝帰りとか聞いてない!」
頬を膨らませる律子。
しかし次の瞬間。
目が輝く。
「で?」
「どうだった?」
「ん?」
「どうだったの!?」
身を乗り出してくる。
聖子は頬を掻いた。
「うん」
「付き合うことになった」
律子が固まる。
「えっ」
「結婚前提で」
「えっ!?」
「私から告白した」
「えええええっ!?」
大絶叫だった。
「急展開すぎない!?」
「だって待ってたらさ」
聖子は遠い目をする。
「たぶん」
「一年四か月後に告白される予定だったから」
「なにそれ怖い」
律子が真顔になる。
「しかもさ」
聖子は信人の声真似をする。
『統計的に最も成功率の高い告白を――』
「うわぁ……」
『扶養控除を考慮すると――』
「やめてぇ!」
律子が頭を抱えた。
「そんな人でいいの!?」
「いいんだよ」
聖子は微笑む。
「だから相談したい」
「師匠」
「紹介してくれない?」
律子は目を丸くした。
そして。
ゆっくり頷く。
「分かった」
こうして。
魔界最高の婚活アドバイザーの元へ向かうことになった。
翌日
喫茶店
向かいの席には。
小太りの中年女性が座っていた。
柔らかなブラウス。
控えめな化粧。
上品な仕草。
その名は――
生首。
自称。
魔界最高の婚活アドバイザー。
成婚率百パーセント。
離婚率ゼロ。
運命の相手マッチングマシーン。
婚活カップルファクトリー。
胡散臭さの権化である。
「話は聞いたわ」
生首が紅茶を飲む。
聖子は深々と頭を下げた。
「お願いします」
律子が驚く。
(お姉ちゃんが頭下げた!?)
生首は質問した。
「彼氏いない歴は?」
「年齢と同じです」
沈黙。
「初彼氏?」
「はい」
さらに沈黙。
生首はため息を吐いた。
「愚問ね」
「「えっ?」」
声が重なる。
「あなた」
生首は聖子を指差す。
「もう決めてるでしょ」
「後押しが欲しいだけ」
聖子は小さく頷いた。
「はい」
「なら私から言うことは一つ」
一拍。
「今すぐ婚姻届を持っていきなさい」
「えぇぇぇぇっ!?」
聖子が飛び上がる。
生首は断言した。
「あんた」
「油田を掘り当てたのよ」
「しかも超大規模油田」
律子がゴクリと唾を飲む。
「百点満点で評価すると」
「恋人なら二十点」
「夫なら百点」
沈黙。
そして。
生首は首を振った。
「違うわね」
「千点だわ」
「控えめに言って」
聖子と律子が固まる。
生首は指を折る。
「誠実」
「優しい」
「優秀」
「顔もいい」
「金もある」
「なのに私服がダサい」
「最高よ」
「他の女に見つかってない」
律子が吹き出した。
生首はさらに続ける。
「聞きなさい」
「金持ちはいくらでもいる」
「頭のいい男もいる」
「イケメンもいる」
一拍。
「でもね」
「誰にも見られない場所で」
「誰にも感謝されなくても」
「黙って人を支え続ける男は滅多にいない」
静かになる。
「そういう男は」
「結婚すると強いのよ」
聖子は黙って聞いていた。
生首は微笑む。
「あなた」
「今世の運を使い切ったわね」
律子が目を輝かせる。
「さすが師匠です!」
「私は契約で手を出せない」
生首は律子を見る。
「律子」
「あなたが見てきなさい」
「私の弟子として」
「鑑定してあげなさい」
律子はニヤリと笑った。
「了解です」
そして拳を握る。
「お姉ちゃんを落とした男か」
「楽しみだなぁ」
その頃――
山奥の集落では。
犬神信人が。
律子という名の災害が接近していることを。
まだ知らなかった。
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