第25話 限界集落で草刈りしたら、なぜか村ぐるみで嫁認定されています。
夕暮れ。
山の向こうへ沈みゆく太陽が、空を茜色に染めていた。
庭先では炭火がパチパチと音を立てる。
網の上では肉が焼け、脂が落ちるたびに香ばしい匂いが立ち上る。
「ん~~~~っ!」
聖子はビールを飲み干し、大きく息を吐いた。
「最高!」
「それは良かったです」
向かい側に座る信人は、相変わらず無表情だった。
だがどこか安心したようにも見える。
昼間の草刈り。
村の散策。
スーパーでの大騒ぎ。
そして今。
気が付けば一日中一緒にいた。
昼。
スーパーから帰る途中だった。
田んぼの脇で老人が困った顔をしていた。
「信ちゃん!」
「ん?」
「トラクターが動かん!」
見ると古びた機械が沈黙している。
信人は何も言わず軽トラを停めた。
工具箱を持ってしゃがみ込む。
カチャカチャ。
数分。
エンジンが復活した。
老人は大喜びだった。
「助かったよ!」
「燃料系統ですね」
「交換部品は来月まで持たないと思います」
「また金がかかるなあ」
老人が苦笑する。
すると信人は平然と言った。
「予備があります」
「あとで持っていきます」
「またタダか」
「使わないので」
(絶対嘘だ)
聖子は思った。
使わないわけがない。
この男。
絶対に自腹で負担している。
スーパーでもそうだった。
村人たちは皆、
信人を本当の家族のように扱っていた。
それは金持ちだからじゃない。
この男が何年も村を支えてきたからだ。
炭火が弾ける。
夜風が頬を撫でる。
遠くでは虫が鳴いている。
信人は静かにグラスへ地酒を注いだ。
「どうぞ」
「ありがと」
聖子は受け取る。
少し酔いが回っていた。
だからかもしれない。
いつもより素直になれた。
「みんなに愛されてるのね」
信人は少し考えてから答えた。
「そうですね」
「ありがたいことです」
「スーパーも慈善事業みたいなものでしょう?」
「ここじゃ利益なんて出ないわよ」
「そうですね」
信人は頷く。
「ですが必要ですから」
「それに節税対策でもあります」
「ぶっ」
聖子が吹き出した。
「真面目な話かと思ったらそれ!」
「事実です」
「ほんと変わってるわね」
少し沈黙。
炭火だけが音を立てる。
やがて信人がぽつりと言った。
「私は昔から変わっていたんです」
聖子は顔を上げる。
信人は空を見ていた。
「普通になろうとしました」
「周囲と同じように」
「友達を作ろうとして」
「空気も読もうとして」
「会話の本も読みました」
「ですが上手くいきませんでした」
声は静かだった。
感情を込めているようには見えない。
なのに。
妙に胸へ刺さる。
「頑張れば頑張るほど」
「気持ち悪いと言われました」
「変だとも」
「両親は守ってくれました」
「弟も」
「ですが」
一拍。
信人は笑った。
少しだけ。
本当に少しだけ。
「この村の人たちは最初から変人扱いでした」
「だから楽だったんです」
「今さら取り繕う必要がないので」
聖子は黙る。
胸が痛かった。
故郷を追われた。
国を追われた。
居場所を失った。
それは聖子も同じだった。
「ここだけだったんです」
信人が続ける。
「ありのままの私でいても良かった場所は」
「だから」
「ここで生きていきたい」
その言葉は。
剣よりも深く刺さった。
(この人なら)
(私を受け入れてくれるんだろうか)
(全部知ったあとでも)
その時。
スマホが震えた。
信人が画面を見る。
「すみません」
「少しだけ」
席を立つ。
書斎。
壁一面のモニター。
監視カメラ映像。
村外れ。
停車した大型ピックアップトラック。
男が四人。
信人は無言で映像を拡大した。
靴。
歩幅。
利き手。
姿勢。
積荷。
「四人」
独り言。
「軍経験者二人」
「狩猟経験者一人」
「素人一人」
「行動は深夜…」
スマホ。
玉藻佐知子からだった。
『信くん』
『始末してあげようか?』
信人は即答した。
「いえ」
「こちらで処理します」
『そう』
『せっかくのデートだもんね』
「ありがとうございます」
通話終了。
信人はモニターの電源を落とした。
そして何事もなかったように戻る。
庭先。
聖子はビールを飲みながら待っていた。
「おかえり」
「ただいま戻りました」
信人はワインを掲げる。
「飲みますか?」
「飲む!」
即答だった。
グラスが触れ合う。
小さな音。
夜風。
虫の声。
炭火。
穏やかな時間。
信人が聞いた。
「今日はどうでしたか」
「最悪」
「そうですか」
信人が少しだけ俯く。
「暑いし」
「草刈りだし」
「田舎だし」
「そうですか……」
本気で落ち込んでいる。
分かりやすすぎる。
聖子は吹き出した。
「でも」
信人が顔を上げる。
「嫌いじゃない」
静寂。
「たぶん」
「また来る」
信人は何も言わない。
相変わらず無表情。
だけど。
ほんの少しだけ。
本当にほんの少しだけ。
口元が緩んだ。
(あっ)
聖子の胸が跳ねた。
今。
笑った。
変人で。
空気が読めなくて。
面倒くさくて。
不器用で。
でも誰より優しくて。
誰より誠実な男。
夜空には満天の星。
その下で。
月戸聖子はまだ気付いていなかった。
この日が。
人生を変える最初の日になることを。
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