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第24話 山奥の限界集落で始まる、不器用すぎる大人の恋

 山々を撫でる風は涼しく、初夏の陽射しだけが少しずつ熱を帯び始めていた。


 軽トラックの助手席で、月戸聖子は窓の外を眺めていた。


 視界いっぱいに広がる深い緑。


 山肌に沿うように伸びる県道。


 そして――。


「……ここ、なんなの?」


 思わず呟く。


 道路脇には古い石灯籠。


 苔むした狛犬。


 朱塗りの鳥居。


 ひとつやふたつではない。


 まるで山全体が巨大な信仰の対象であるかのように、至る所に神域の名残が残されていた。


 助手席で腕を組む聖子の瞳が細まる。


(濃い……)


(普通じゃない)


(結界が何重にも重なってる)


 かつて異世界で剣聖と呼ばれた彼女だからこそ分かる。


 この土地には何かがある。


 古い。


 とてつもなく古い何かが。


「この辺りは昔から修験道の史跡が多いんです」


 運転席の男がぽつりと言った。


「そう」


 聖子は何気ない顔を装う。


(気付いてるのかしら)


(それとも本当に知らないのか)


 犬神信人という男は未だによく分からない。


 頭は異常に切れる。


 なのに妙なところで鈍い。


 まるで人間社会の説明書を読まずに生きているような男だった。


 やがて車は山道を外れた。


 少し進むと高い塀が現れる。


 信人がリモコンを押す。


 静かなモーター音と共に門が開いた。


「……へぇ」


 思わず感嘆の声が漏れる。


 そこには広大な敷地が広がっていた。


 立派に改装された農家住宅。


 整備された農舎。


 家庭菜園とは呼べない規模の畑。


 大型ガレージ。


 キャンピングカー。


 黒塗りのセダン。


 そして整えられた庭木。


 決して派手ではない。


 だが住む人間の性格がそのまま表れたような、機能美に満ちた空間だった。


「着きました」


 信人が軽トラを停める。


 玄関へ向かいながら淡々と言った。


「先にシャワーを浴びてください」


「その奥です」


「私は機材を片付けます」


「外のシャワーを使うので問題ありません」


「化粧直しもあるでしょうから、一時間後には食事を用意できます」


 聖子は思わず眉間を押さえた。


「ほんっとにそういうとこだから」


「そういうところ?」


 心底不思議そうな顔をする。


 本人はまったく悪気がない。


 だから余計に始末が悪い。


 聖子は大きなため息を吐いた。


 一時間後。


「いただきます」


「いただきます」


 二人は向かい合って手を合わせた。


 テーブルには湯気を立てる白米。


 具だくさんの味噌汁。


 だし巻き卵。


 浅漬け。


 きんぴらごぼう。


 まるで旅館の朝食のような献立だった。


 一口。


 味噌汁を啜った瞬間――


「えっ」


 聖子の目が丸くなる。


「おいしい!」


 思わず声が出た。


「出汁は鰹と昆布です」


 信人は平然としている。


「味噌は佐知子おばあちゃんからいただきました」


「きんぴらもです」


 続いてごぼうを口へ運ぶ。


 醤油の香り。


 砂糖の優しい甘さ。


 ごま油の風味。


 最後に唐辛子がほんの少しだけ主張する。


「なにこれ……」


「めちゃくちゃ美味しいじゃない」


「素材がいいんです」


 信人は少しだけ微笑んだ。


「地元産ですので」


「無農薬か減農薬」


「とても贅沢なんですよ」


 聖子は改めて周囲を見る。


 豪華な料理ではない。


 しかし丁寧だった。


 驚くほど丁寧だった。


「午後は買い物に行きませんか?」


 食後。


 信人がそう提案した。


「買い物?」


「夕食用です」


「せっかくなのでBBQでも」


「いいわね!」


 聖子の目が輝く。


「ビール飲みたい!」


「地酒とワインがあります」


「最高じゃない!」


 着替えを終えた聖子が振り返る。


 そして固まった。


「…………」


 信人も着替えていた。


 白いタンクトップ。


 ハーフパンツ。


 謎の英字ロゴ。


 どこかのホームセンターで売っていそうな服。


 だが。


 筋肉だけは異様だった。


 鍛え抜かれた肩。


 太い腕。


 浮き上がる腹筋。


(小学生か!!)


(なんで服だけそんなダサいの!?)


 心の中で盛大にツッコむ。


「どうかしましたか?」


「いや……なんでもない」


 もう考えるのをやめた。


 村唯一のスーパー。


 店へ入った瞬間だった。


「オーナー、おはようございます」


 店員が頭を下げる。


「おはようございます」


 信人も軽く会釈する。


 すると女性店員の視線が聖子へ向いた。


「あれ?」


「新しい従業員さんですか?」


「いえ、そうでは――」


 言い終わる前に。


 店員が持っていた箱を落とした。


「えっ」


「みんなーーー!!」


 店の奥へ猛ダッシュ。


 数秒後。


 ぞろぞろと老人たちが現れた。


「信ちゃんがお嫁さん連れてきた!」


「ほんとかい!」


「お母ちゃんも喜んでるよ!」


「よかったねぇ!」


 大騒ぎである。


 信人は本気で困惑していた。


「いや、違います」


「まだそういう関係では――」


「月戸聖子です」


 聖子は綺麗に頭を下げた。


「お世話になります」


 老人たちがざわつく。


「礼儀正しい!」


「美人さんだ!」


「信ちゃんにはもったいない!」


「余計なお世話です」


 信人が真顔で返す。


 そんな中。


 一人の老婦人が近付いてきた。


 上品な着物姿。


 穏やかな笑み。


 しかし。


 聖子は一瞬で悟った。


(強い)


 この人は強い。


 ただの老人ではない。


「信くん」


「いい子を見つけたね」


「佐知子さん」


 信人が頭を下げる。


「立ち姿が綺麗ねぇ」


 佐知子は聖子を眺めた。


「剣を持たせたら映えそう」


「……え?」


 聖子が固まる。


 佐知子はただ微笑んだ。


「またね」


 それだけ言って去っていく。


 残された聖子だけが首を傾げていた。



☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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