第22話 剣聖の掃除屋ですが、お見合い相手が年収五億の変人でした ~高級ホテルで出会ったのに次のデートは朝五時から草刈りだそうです~こんな優良物件が売れ残っている理由
木曜日の夜。
月戸聖子のマンション。
食後のリビングに、律子の絶叫が響き渡った。
「えええええええええっ!?」
ポトリ。
驚きのあまり、手に持っていたコーンアイスが落下する。
「おっと」
しかし床に落ちる前に、聖子が片手でキャッチした。
まるで野球選手のファインプレーだった。
「お姉ちゃん!?」
「ん?」
「明日、男の人と会うの!?」
「会うだけよ」
アイスをかじりながら肩をすくめる。
「会うだけ」
だが、その言葉はどこか自分に言い聞かせているようだった。
「ついにお姉ちゃんにも春が……!」
目を輝かせる律子。
そんな妹を見ながら、聖子の脳裏に昨夜の焼肉屋が浮かぶ。
煙の向こうで敦子がスマホを差し出した。
「この人」
「え?」
画面に映る男を見て、聖子は眉をひそめた。
銀縁眼鏡。
白シャツ。
地味なスーツ。
真面目そのもの。
なのに。
身長は明らかに百八十センチ以上。
顔も整っている。
肩幅も広い。
どう見てもモテる素材。
しかし。
なぜか服装が全てを台無しにしていた。
(なんでこうなった)
素材SSS。
コーディネートC。
そんな感じだ。
「私の親戚」
敦子がニヤリと笑う。
「超優良物件よ」
(あんたの親戚ってだけで不安なんだけど)
「三十二歳」
「うん」
「経営コンサルタント」
「うん」
「弁護士資格持ち」
「へえ」
「公認会計士」
「待て」
「年収五億」
「待て」
「不動産持ち」
「待てって」
「既婚歴なし」
聖子はスマホを見つめた。
「いや、こんな好条件で残ってる方がおかしいでしょ」
思わず本音が出た。
「彼女いたことないから」
「うわ」
即答だった。
「相性いいと思うわ」
「根拠は?」
「できる男好きでしょ?」
聖子は少し考える。
「見た目とか金とか興味ない」
「ほう」
「本当に強くて、優しい男がいい」
すると敦子は勝ち誇ったように笑った。
「じゃあ決まりね」
金曜日
都内の高級ホテル。
豪華なレストラン。
大理石の床。
静かな音楽。
完全に場違いな気分になりながらも、聖子は席へ案内される。
「犬神様がお待ちです」
そして。
その男はいた。
(でかい)
それが第一印象だった。
鍛えられた肉体。
端正な顔立ち。
高級スーツ。
高級革靴。
高級眼鏡。
全身ハイブランド。
なのに。
椅子には。
ホームセンターで売っていそうなボディバッグ。
(なんで!?)
そこだけ世界観が違う。
「久しぶり、信くん」
「敦子ちゃん」
静かな声。
低く落ち着いている。
「こちら犬神信人さん」
「はじめまして」
差し出された名刺。
丁寧な所作。
穏やかな口調。
嫌味もない。
むしろ好印象だった。
(あれ?)
(思ってたよりまとも)
そう思ったのも束の間。
信人は膝の上で何度も手を開閉していた。
開く。
閉じる。
開く。
閉じる。
開く。
閉じる。
(なんなのあれ)
十五分後。
聖子は悟る。
この男が三十二年間独身だった理由を。
「年収五億あるのに築五十年の1K?」
「はい」
「なんで?」
「寝るだけなので」
「は?」
「普段は限界集落の家にいます」
「どこ?」
「百キロ先です」
「遠くない?」
「衛星回線があります」
「そういう問題じゃない」
「農地もありますので」
「農地」
「田んぼです」
「田んぼ」
「水路もあります」
「水路」
会話が噛み合わない。
そこへウェイトレスが料理を運んできた。
少し足取りがおかしい。
信人が顔を上げた。
「急がなくて大丈夫ですよ」
「え?」
「左足を痛めていますよね」
ウェイトレスが固まる。
「な、なんで……」
「左右の足音が違いました」
信人は当然のように言う。
「厨房でぶつけましたか?」
「……はい」
正解だった。
聖子は背筋が寒くなる。
(怖っ)
だが。
信人は続けた。
「無理しないでください」
「怪我は長引きます」
「ありがとうございます……」
ウェイトレスは嬉しそうに頭を下げた。
去っていく背中を見送りながら。
聖子は少しだけ考える。
(変だけど)
(優しいんだな)
「普段は何してるの?」
「田んぼです」
「それ以外」
「草刈りです」
「それ以外」
「仕事です」
「それ以外」
「筋トレです」
「それ以外」
「読書です」
「……」
「彼女は?」
「いません」
「いたことは?」
「ありません」
「えっ」
「会話データは収集しています」
「は?」
「統計も取っています」
「は?」
「AIとも検討しています」
「は?」
「回答パターンは最低二十種類あります」
「なんでだよ」
「しかし成功しません」
「当たり前だよ!」
ついツッコんでしまった。
その瞬間。
笑いを堪えきれず、ワイングラスが倒れた。
「あっ」
赤ワインがスーツへ飛ぶ。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて立ち上がる。
だが信人は平然としていた。
「お気になさらず」
「でも!」
「問題ありません」
「高そうなスーツじゃない!」
「仕事用です」
「それに」
少しだけ考える。
「本来なら避けられました」
「え?」
「反応速度が落ちていました」
「なんで?」
信人は真顔で答えた。
「あなたを見ていたので」
沈黙。
「……」
「……」
「それ口説いてる?」
「いえ」
「違うの!?」
「事実です」
真顔。
聖子は吹き出した。
「ふふっ……なにそれ」
初めて心から笑った。
少しして。
聖子は聞いていた。
「結婚したいの?」
信人は静かに視線を落とした。
「そうですね」
それまでの変人ぶりが嘘のように。
少しだけ寂しそうな顔をする。
「家は広いんです」
「……」
「でも帰っても誰もいません」
静かな声。
「家族は弟だけです」
「……」
「少し寂しいですね」
聖子は息を呑む。
(私と同じだ)
失ったもの。
残されたもの。
孤独。
その感覚を知っていた。
その夜
「で?」
マンションに帰るなり律子が聞いた。
「パス?」
「いや」
聖子は頬を掻く。
「デートする」
「ええええええ!?」
「かなり変わってるよ?」
「知ってる」
「変人だよ?」
「知ってる」
「変人通り越して変態レベルだよ?」
「そこまでは言ってない」
「どこ行くの?」
律子が身を乗り出す。
「農地」
「は?」
「農地」
「遊園地じゃなくて?」
「農地」
「水族館じゃなくて?」
「農地」
「映画館じゃなくて?」
「農地」
「終わってる」
律子は断言した。
「それで?」
「朝五時集合」
「はあああああっ!?」
「草刈り手伝うから」
「デート!?」
「デートらしい」
「終わってる!!」
だが。
聖子は少し笑った。
「でもさ」
「ん?」
「なんか初めて会った気がしないんだよ」
窓の外を見る。
不器用で。
変わっていて。
どこか危うくて。
でも。
本当に大事なところだけは間違えない男。
「父さんに少し似てる」
ぽつりと呟く。
「放っておけないんだよね」
こうして。
元剣聖の掃除屋と、
恋愛偏差値ゼロの天才は、
人生初の田んぼデートへ向かうことになった。
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