表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/52

第21話 掃除屋は恋愛だけ初心者でした ~元剣聖のクール美女、なぜか恋愛偏差値ゼロの天才に振り回される~

 夜。


 都内某所。


 高級住宅街の一角に建つ現代風の大邸宅。


 その広々としたリビングで、黒いパンツスーツ姿の女がため息を吐いた。


「だからさぁ……そういうの、あいつに期待しちゃ駄目なんだって」


 テーブルを拭きながら呆れたように言う。


 長い黒髪。


 切れ長の瞳。


 モデルのような長身。


 誰が見ても美人。


 しかし口を開けば色気より酒と焼肉が似合う女。


 それが聖子だった。


『でもさぁ〜』


 スマホの向こうから不満そうな声。


『半同棲して一か月だよ?』


『私ってそんなに魅力ないのかな〜』


「いや」


 聖子は即答した。


「その発想がもう面倒くさい」


『ひどっ!?』


「だったら抱きつけばいいじゃん」


『それは恥ずかしいし……』


「じゃあ黙っときなさい」


『でも我慢しそうなんだよねぇ』


 聖子は思わず額を押さえた。


「分かってるじゃん」


『え?』


「相手のこと」


『あっ……』


「惚気は帰ってから聞く」


『まだ続きあるんだけど』


「まったく……」


 恋愛相談ほど面倒なものはない。


 世界を救う方がまだ簡単だ。


 そう思いながら通話終了のボタンを押す。


『あっ、まだ話の続き――』


 ブツッ。


 容赦なく切った。


「帰ってから聞く」


 スマホをポケットへしまう。


 そして振り返った。


 部屋の隅。


 そこには男がいた。


 中年。


 大柄。


 首から下げた金のネックレス。


 腕にはびっしりと彫り物。


 普通の会社員には見えない。


 男は必死に何かを訴えていた。


「んーーー!!」


 猿轡のせいで言葉にならない。


 汗だくの顔。


 恐怖に引きつった目。


 その視線の先で、


 聖子はにっこり笑った。


「ちゃお♪」


 男の顔色が変わる。


 なぜなら。


 彼は知っているからだ。


 目の前の女が笑っている時ほど危険だということを。


「じゃあね」


 聖子は軽く手を振る。


 それから。


 男の足元にある椅子へ視線を落とした。


 つま先がわずかに動く。


 ガタン。


 椅子が跳ねた。


「んーーーーー!!」


 男の身体が大きく揺れる。


 聖子はそれを見て、


 まるでコンビニ店員に挨拶するような顔で笑った。


「お疲れさま」


 興味を失ったように背を向ける。


 ドアを開く。


 夜風が頬を撫でた。



 玄関。


 黒塗りのセダンが停まっていた。


 運転席の窓が開く。


「終わった?」


「いつも通り」


 助手席へ乗り込む。


 ハンドルを握る女――敦子が車を発進させた。


 しばらく沈黙。


 街の灯りが流れていく。


 そして唐突に聖子が口を開いた。


「そういえば」


「ん?」


「あんたの弟だったわね」


「誰が?」


「和人」


 敦子は前を向いたまま笑う。


「そうね」


「世間って狭いわ」


「狭くないわよ」


「え?」


「全部繋がってるだけ」


「偶然なんてない」


 意味深な言葉。


 聖子は窓の外を見る。


 昔のことを思い出した。


 剣を握っていた頃。


 投獄された日。


 妹に助けられた日。


 逃亡した日。


 気がつけば今は掃除屋。


 人生なんて本当に分からない。


「まあいいわ」


 聖子は肩をすくめた。


「感謝してる」


「珍しいわね」


「仕事紹介してくれたし」


「そう」


 敦子が笑う。


 信号待ち。


 赤信号。


 その瞬間だった。


「じゃあ今日の飯、奢りね」


「は?」


 聖子の顔が引きつる。


「ホルモンとビール」


「決定事項!?」


「決定事項!」


 一時間後。


 古びた焼肉屋。


 昭和がそのまま残ったような店だった。


 煙。


 油。


 ビール。


 学生とサラリーマンの笑い声。


 壁には色褪せたポスター。


 床は少しべたつく。


「最高だなぁ……」


 聖子がビールを流し込む。


 喉が鳴る。


 幸せが染み渡る。


「この一杯のために生きてる気がする」


「安い人生ね」


「褒め言葉として受け取っとく」


 ホルモンが焼ける。


 ジュウゥゥゥッ!


 香ばしい匂い。


 聖子は箸を伸ばした。


「あっ」


「何よ」


「そこ私の領地」


「領地?」


「ここからここまで」


「何それ」


「焦げ待ち区域」


 真顔の敦子。


 聖子は呆れる。


「口に入れば同じでしょ」


「分かってないわね」


「何がよ」


「少し焦げた方が美味しいの」


 敦子は不敵に笑った。


「人生も恋愛もね」


「は?」


「焦がされて本物になるのよ」


 ビールを飲む。


「焼かれて」


 一口。


「焦げて」


 もう一口。


「真っ黒になるまで」


「何その恋愛観」


 しばし沈黙。


 そして聖子がジト目になる。


「男いないくせに」


「ぐっ」


 敦子がむせた。


「一筋なの!」


「ブラコンじゃん」


「違う!」


「違わない」


 店内に笑い声が響く。


 ビールが進む。


 ホルモンも減る。


 そして。


 敦子が不意に言った。


「そういえば」


「ん?」


「いい男いるわよ」


 聖子の箸が止まった。


「は?」


「会ってみる?」


 嫌な予感がした。


 とても嫌な予感がした。


 だが。


 その時の聖子はまだ知らない。


 その"いい男"が。


 自分の人生を根こそぎひっくり返す存在になることを。


 そして――


 恋愛だけは壊滅的な、とある天才との出会いが始まろうとしていることを。




☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ