表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
20/58

第20話 勘違い聖女は今日も暴走中! ~好きな人の本棚を覗いたら、なぜか私の脳内だけ新婚生活が始まりました~

 ある日の夜。


 夕食を終えた和人がお風呂に入っている間。


 律子は、一人リビングの本棚の前に立っていた。


「べ、別に変な意味じゃないのよ?」


 誰もいない部屋で言い訳を口にする。


「夫のこと知るのは大事なことだもの」


 そう。


 大事なことなのだ。


 決して気になっているからではない。


 決して好きな人のことをもっと知りたいからではない。


 ……たぶん。


 律子は本棚から一冊手に取った。


 アニメの二次創作。


 オリジナルのラブコメ。


 ファンタジー。


 学園もの。


 様々な作品が並んでいる。


 もちろん、その中には和人が描いた作品もあるらしいが、どれがそうなのかまでは分からない。


「ふーん……」


 パラパラとページをめくる。


「こういうのが好きなんだ」


 どの作品も楽しそうだ。


 可愛らしい絵柄。


 個性的なキャラクター。


 和人がこういう世界を好むことは何となく理解できた。


 だが――


 その時だった。


 本棚の奥。


 明らかに隠すように置かれた一冊が目に入る。


「ん?」


 律子の動きが止まった。


 聖女としての勘が告げる。


 これは危険だと。


 同時に。


 ものすごく気になると。


「もしかして……これって」


 手が震える。


 なぜか心臓が速くなる。


「こ、これは必要なことなの……」


 謎の理論で自分を納得させる。


 未来のために。


 そう、未来のために。


 律子は恐る恐る手を伸ばした。


「こ、これは……!」


 表紙を見た瞬間。


 顔が一気に赤くなる。


 そこに描かれていたのは――


 聖女をモチーフにしたHな物語だった。


「み、未来の妻としては……確認しないと」


 未来の妻。


 誰も認定していない。


 本人だけである。


 しかし律子は真剣だった。


 ごくり、と唾を飲み込む。


 ページをめくる。


「間違いがあったら困るものね」


「うん、確認は大事」


 何を確認するのかは本人にも分からない。


 だが読み進める。


 そして――


「えっ!?」


 律子は固まった。


「この人……私じゃない!?」


 描かれている聖女。


 髪型。


 雰囲気。


 仕草。


 笑顔。


 どう見ても自分にしか見えない。


「うそでしょ……」


 もう一度見る。


 やっぱり自分だった。


「普段あんなにおとなしいのに……」


 律子の脳内で勝手な想像が始まる。


「まさか和人さん……」


 もちろん。


 和人が描いた証拠はない。


 だが恋する乙女の想像力に証拠など必要なかった。


「こんなことして欲しいの!?」


 顔がさらに赤くなる。


(でも……)


(もし本当にそうなら)


(彼が喜ぶなら)


(私……頑張れるかも)


 律子は拳を握った。


「受け止めてみせるわ!」


 何を受け止めるのかは不明である。


 だが本人は真面目だった。


 その時。


 浴室から声が聞こえた。


「あがったよー」


「ひゃあっ!?」


 律子は飛び上がった。


 慌てて本を戻す。


 証拠隠滅は完璧だった。


 たぶん。


 和人がリビングへ入ってくる。


「あれ?」


「な、なに?」


「顔赤いけど大丈夫?」


「だ、大丈夫よ!」


「本当に?」


「本当に!」


 だが全然大丈夫ではなかった。


 律子の脳内では。


『聖女様』


 なぜか和人が跪いていた。


『あなたしか僕を救えません』


『えっ!?』


『運命なんです!』


『運命!?』


 脳内で勝手にドラマが始まる。


 花が舞う。


 光が差す。


 なぜか壮大な音楽まで流れている。


「…………」


 現実の律子は真っ赤だった。


「律子さん?」


「しょ、しょんにゃ……」


「え?」


「らいじょうぶれす……」


 全然大丈夫そうに見えない。


 ふらりと身体が傾く。


「あっ!」


「危ない!」


 和人が慌てて支える。


 温かな腕に抱き留められた瞬間。


 律子の思考が停止した。


(近い)


(近い近い近い)


(無理)


(心臓がもたない)


「熱でもある?」


 額に手が当てられる。


 その瞬間。


 律子の顔はさらに赤くなった。


「らいじょうぶれす……」


「いや絶対無理してるよ」


 和人は本気で心配していた。


 そして。


「部屋で休もう」


 ひょい、と律子を抱き上げた。


「え?」


「え?」


「えええええええ!?」


 律子の脳内で花火大会が開催された。


 寝室へ運ばれる。


 ベッドへ寝かされる。


(あわわわわわ)


(ついに……)


(ついに私たち……)


(結ばれるのね……)


 律子が覚悟を決めたその時。


 和人は優しく笑った。


「じゃあ、ゆっくり休んでね」


「……へ?」


「熱中症かもしれないし」


「へ?」


「氷枕持ってくるね」


「へ?」


「あと、おかゆ作るから」


 パチッ。


 部屋の電気が消える。


 静寂。


 数秒後――


(ええええええええええええ!?)


 律子の心の叫びだけが響いた。


 翌朝


 朝食の席。


「もう良くなった?」


 和人が聞く。


「ふん」


 律子は顔を背けた。


「もう平気よ」


「よかった」


「ええ。誰かさんのおかげで疲れたけど」


「ご、ごめん……」


 和人は本気で落ち込んだ。


 その顔を見た瞬間。


 律子の機嫌は少しだけ良くなる。


(本当に優しい)


(こういうところなのよね)


(好き……)


 自然と笑みがこぼれた。


 その様子をベランダから眺めていたジャックが苦笑する。


「惚れちまったんだから気になるわな」


 肩をすくめる。


「しかし面倒くさい二人だ」


 想いは同じ。


 距離も近い。


 それなのに。


 なぜかいつもすれ違う。


「さっさと素直になりゃいいのによ」


 朝日が差し込む。


 少し不機嫌な律子。


 少し困った和人。


 そして。


 誰が見ても仲の良い二人。


 今日もまた。


 勘違い聖女の恋は、盛大に空回りしていた。


☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


評価ポイント、ブックマーク登録 していただければ、励みになります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ