第20話 勘違い聖女は今日も暴走中! ~好きな人の本棚を覗いたら、なぜか私の脳内だけ新婚生活が始まりました~
ある日の夜。
夕食を終えた和人がお風呂に入っている間。
律子は、一人リビングの本棚の前に立っていた。
「べ、別に変な意味じゃないのよ?」
誰もいない部屋で言い訳を口にする。
「夫のこと知るのは大事なことだもの」
そう。
大事なことなのだ。
決して気になっているからではない。
決して好きな人のことをもっと知りたいからではない。
……たぶん。
律子は本棚から一冊手に取った。
アニメの二次創作。
オリジナルのラブコメ。
ファンタジー。
学園もの。
様々な作品が並んでいる。
もちろん、その中には和人が描いた作品もあるらしいが、どれがそうなのかまでは分からない。
「ふーん……」
パラパラとページをめくる。
「こういうのが好きなんだ」
どの作品も楽しそうだ。
可愛らしい絵柄。
個性的なキャラクター。
和人がこういう世界を好むことは何となく理解できた。
だが――
その時だった。
本棚の奥。
明らかに隠すように置かれた一冊が目に入る。
「ん?」
律子の動きが止まった。
聖女としての勘が告げる。
これは危険だと。
同時に。
ものすごく気になると。
「もしかして……これって」
手が震える。
なぜか心臓が速くなる。
「こ、これは必要なことなの……」
謎の理論で自分を納得させる。
未来のために。
そう、未来のために。
律子は恐る恐る手を伸ばした。
「こ、これは……!」
表紙を見た瞬間。
顔が一気に赤くなる。
そこに描かれていたのは――
聖女をモチーフにしたHな物語だった。
「み、未来の妻としては……確認しないと」
未来の妻。
誰も認定していない。
本人だけである。
しかし律子は真剣だった。
ごくり、と唾を飲み込む。
ページをめくる。
「間違いがあったら困るものね」
「うん、確認は大事」
何を確認するのかは本人にも分からない。
だが読み進める。
そして――
「えっ!?」
律子は固まった。
「この人……私じゃない!?」
描かれている聖女。
髪型。
雰囲気。
仕草。
笑顔。
どう見ても自分にしか見えない。
「うそでしょ……」
もう一度見る。
やっぱり自分だった。
「普段あんなにおとなしいのに……」
律子の脳内で勝手な想像が始まる。
「まさか和人さん……」
もちろん。
和人が描いた証拠はない。
だが恋する乙女の想像力に証拠など必要なかった。
「こんなことして欲しいの!?」
顔がさらに赤くなる。
(でも……)
(もし本当にそうなら)
(彼が喜ぶなら)
(私……頑張れるかも)
律子は拳を握った。
「受け止めてみせるわ!」
何を受け止めるのかは不明である。
だが本人は真面目だった。
その時。
浴室から声が聞こえた。
「あがったよー」
「ひゃあっ!?」
律子は飛び上がった。
慌てて本を戻す。
証拠隠滅は完璧だった。
たぶん。
和人がリビングへ入ってくる。
「あれ?」
「な、なに?」
「顔赤いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫よ!」
「本当に?」
「本当に!」
だが全然大丈夫ではなかった。
律子の脳内では。
『聖女様』
なぜか和人が跪いていた。
『あなたしか僕を救えません』
『えっ!?』
『運命なんです!』
『運命!?』
脳内で勝手にドラマが始まる。
花が舞う。
光が差す。
なぜか壮大な音楽まで流れている。
「…………」
現実の律子は真っ赤だった。
「律子さん?」
「しょ、しょんにゃ……」
「え?」
「らいじょうぶれす……」
全然大丈夫そうに見えない。
ふらりと身体が傾く。
「あっ!」
「危ない!」
和人が慌てて支える。
温かな腕に抱き留められた瞬間。
律子の思考が停止した。
(近い)
(近い近い近い)
(無理)
(心臓がもたない)
「熱でもある?」
額に手が当てられる。
その瞬間。
律子の顔はさらに赤くなった。
「らいじょうぶれす……」
「いや絶対無理してるよ」
和人は本気で心配していた。
そして。
「部屋で休もう」
ひょい、と律子を抱き上げた。
「え?」
「え?」
「えええええええ!?」
律子の脳内で花火大会が開催された。
寝室へ運ばれる。
ベッドへ寝かされる。
(あわわわわわ)
(ついに……)
(ついに私たち……)
(結ばれるのね……)
律子が覚悟を決めたその時。
和人は優しく笑った。
「じゃあ、ゆっくり休んでね」
「……へ?」
「熱中症かもしれないし」
「へ?」
「氷枕持ってくるね」
「へ?」
「あと、おかゆ作るから」
パチッ。
部屋の電気が消える。
静寂。
数秒後――
(ええええええええええええ!?)
律子の心の叫びだけが響いた。
翌朝
朝食の席。
「もう良くなった?」
和人が聞く。
「ふん」
律子は顔を背けた。
「もう平気よ」
「よかった」
「ええ。誰かさんのおかげで疲れたけど」
「ご、ごめん……」
和人は本気で落ち込んだ。
その顔を見た瞬間。
律子の機嫌は少しだけ良くなる。
(本当に優しい)
(こういうところなのよね)
(好き……)
自然と笑みがこぼれた。
その様子をベランダから眺めていたジャックが苦笑する。
「惚れちまったんだから気になるわな」
肩をすくめる。
「しかし面倒くさい二人だ」
想いは同じ。
距離も近い。
それなのに。
なぜかいつもすれ違う。
「さっさと素直になりゃいいのによ」
朝日が差し込む。
少し不機嫌な律子。
少し困った和人。
そして。
誰が見ても仲の良い二人。
今日もまた。
勘違い聖女の恋は、盛大に空回りしていた。
☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。
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