第17話 進路希望は先生のお嫁さん!? 三者面談という名の修羅場
祓川高校。
放課後の教室。
窓から差し込む夕陽が机を朱色に染めていた。
教卓の前には三人。
担任教師・成川和人。
生徒・月戸律子。
そして保護者枠として呼ばれた姉の聖子。
机の上にはノートパソコン。
進路資料。
ファイルブック。
そして――
問題の紙が一枚。
和人は額を押さえていた。
深いため息。
「うん……なんとなくそんな予感はしてたんだけど」
向かいでは律子が頬を掻きながら照れている。
「えへへへ」
聖子が紙を覗き込む。
「なに書いたの?」
和人が無言で紙を差し出した。
聖子が読む。
そして固まった。
進路希望
第一希望 先生のお嫁さん
第二希望 先生の奥さん
第三希望 先生の配偶者
教室が静まり返る。
数秒後。
「全部同じじゃないか!!」
和人のツッコミが炸裂した。
律子が勢いよく立ち上がる。
「違うよ!」
「どこが!?」
「全然違う!」
「説明してよ!」
律子は人差し指を立てた。
「まず第一希望の『先生のお嫁さん』」
得意げである。
「これは私が成川律子になるパターン」
「成川家に嫁ぐの」
「なるほど」
「成川家の嫁」
「そう」
和人が頷く。
まだ理解できる。
しかし問題はここからだった。
「第二希望の『先生の奥さん』」
「うん」
「これは和人さんがゲッテル家に婿入りするパターン」
「え?」
「カズト・ゲッテルになる」
「ならないよ」
即答だった。
「ゲッテル家は武門の家系なんだから」
「騎士を何人も出してるんだよ」
「知らないよ」
「それに」
律子はチラリと聖子を見る。
「今のままだとお姉ちゃん結婚しなさそうだし」
「おい」
聖子が即座にツッコむ。
「なんで私が未婚前提なんだ」
「彼氏作ろうとしてないじゃん」
「事実でも言わないで」
律子は気にしない。
続いて第三希望へ。
「先生の配偶者」
「うん」
「夫婦別姓」
「なるほど」
「子供五人くらい作って」
「待て」
「成川家とゲッテル家で分けるの」
「待て待て待て」
「合理的だよ」
「合理的じゃない」
和人が頭を抱えた。
聖子は既に笑いを堪えている。
「律子」
和人は真面目な顔になる。
「これは進路希望調書なんだ」
「うん」
「卒業後どうするかを書くものなんだ」
「書いたよ」
「そうじゃない」
「進学とか就職とか」
「そういう話なんだ」
律子は腕を組んだ。
「じゃあ就職」
「そう」
和人が少し安心する。
「どんな仕事?」
律子は即答した。
「和人さんのところに永久就職」
「CEOです」
胸を張る。
ドヤ顔である。
和人は天井を見た。
聖子は吹き出した。
「律子」
和人は諭すように言う。
「君にはまだ色んな可能性がある」
「色んな世界を見て」
「色んな経験をして」
「それから将来を決めてもいいんだ」
すると律子が目を細めた。
「あー」
「その理論ね」
嫌な予感がした。
和人もした。
そして当たった。
「私さ」
「九歳から教会で働いてたんだよね」
「……」
「年中無休」
「児童労働」
「アウト」
聖子が頷く。
「アウト」
「十四歳から魔王討伐」
「アウト」
「二十四時間勤務」
「超アウト」
「遠征先でも治療」
「慰問」
「説教」
「相談」
「愚痴聞き」
「全部やった」
和人の顔が引きつる。
律子はさらに続ける。
「勇者パーティーの男どもなんて酷かったよ」
「あー」
聖子が遠い目になる。
「またその話か」
「だって酷かったもん」
律子は机を叩いた。
「女問題ばっかり!」
「戦争中に!?」
「戦争中に!」
「しかも私が話聞くんだよ!?」
「なんで聖女だからって痴話喧嘩処理係になるの!?」
「わかる」
聖子が頷く。
「勇者が逃げて律子が残されるんだよね」
「そう!」
「私何回泣かれたと思う!?」
「四回」
「覚えてる!」
律子はビシッと指を立てた。
「だからね」
「もう社会人経験お腹いっぱい」
「おかわりいらない」
「誠実な人が一番」
そこで。
律子は和人を見た。
まっすぐに。
優しく。
少し照れながら。
「だから和人さんがいいの」
教室が静かになる。
聖子が目を細める。
和人が言葉に詰まる。
その沈黙を破ったのは和人だった。
「……でも」
律子が首を傾げる。
「卒業したらすぐ結婚じゃない」
「え?」
「まず恋人として」
「色んな場所へ行って」
「色んな経験をして」
「二人の時間を作って」
「順番に進みたい」
律子が固まった。
聖子が頷く。
「まともな意見だ」
「僕は順番を大事にしたい」
和人は真っ直ぐ言った。
「君を大切にしたいから」
律子は黙る。
少しだけ。
本当に少しだけ。
考える。
そして――
ため息を吐いた。
「……仕方ないなあ」
「進学でいいよ」
和人が安堵する。
聖子も安堵する。
ようやく終わった。
そう思った。
「じゃあ進学先を考えよう」
「うん」
「資料請求もしてね」
「うん」
「よし」
和人が調書を受け取る。
その瞬間だった。
備考欄が目に入った。
備考
卒業後、成川和人との結婚を希望します。
和人
「備考欄ーーーーーッ!!」
律子
「えへへへへ」
聖子
「諦めなさい」
和人
「なんで!?」
律子
「進路希望だから」
和人
「違うから!」
律子
「人生設計だよ?」
和人
「重いんだよ!」
聖子は笑いを堪えながら窓の外を見た。
夕焼けが綺麗だった。
――この三者面談。
一番疲れたのは間違いなく担任教師である。
そうして。
波乱だらけの三者面談は幕を閉じたのだった。
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