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第15話 恋人限定ジャンボパフェを完食したら結婚確定らしい~陰キャ聖女、秘密の喫茶店デートで既成事実を積み上げます~

 お昼すぎ――。


 午前中いっぱい勉強漬けだった律子は、テーブルに突っ伏したまま、魂の抜けた声を漏らしていた。


「……もう脳みそが漢文になった……」


「それは重症だね」


 向かい側でノートを閉じながら、和人が苦笑する。


「そろそろ休憩にしようか」


 その言葉に、律子がガバッと顔を上げた。


「スイーツ!?」


「切り替え早いなぁ……」


「甘いものは別腹です」


 ふんす、と胸を張る。


 さっきまで「学校辞める……」とか言っていた人間とは思えない復活速度だった。


 和人は肩をすくめる。


「行きつけの喫茶店があるんだ」


「喫茶店?」


「うん。静かで落ち着くし、チーズケーキが美味しい」


「行く〜♡」


 即答だった。


 案内されたのは、駅前から少し離れた裏路地。


 古いレンガ造りの建物。


 木製の看板には、


『珈琲館  胡桃』


 と小さく書かれていた。


 アンティーク調の扉。


 窓越しに見える暖色の照明。


 いかにも“大人の隠れ家”という雰囲気である。


(うわぁ……)


 律子は少し緊張していた。


 こういう店。


 好きな人と来るの。


 少女漫画で何度も見たやつだ。


 しかも今、自分の隣には和人がいる。


 優しくて。


 真面目で。


 ちゃんと自分を大切にしてくれる人。


(デートだ……これ完全にデートだよね……)


 心拍数が危険だった。


 カラン、とベルが鳴る。


 店内には静かなジャズ。


 サイフォンのコポコポという音。


 カウンターの奥では、白髪混じりの年配男性が顔を上げた。


「おっ、和人くん」


 穏やかな笑み。


 どこか品のあるマスターだった。


「今日は珍しいねぇ」


 そして、律子を見て。


「彼女さん?」


 律子の脳内で祝砲が上がった。


(彼女って言ったーーーーーー!!)


 顔が一瞬で熱くなる。


 隣では和人が少し困ったように笑っていた。


 一瞬だけ。


 本当にほんの一瞬だけ律子を見て。


 少し照れたように視線を逸らす。


「……うん」


 否定しなかった。


 ちゃんと認めた。


 その事実だけで、律子の幸福ゲージが限界突破する。


(和人さんが!! 私を!! 彼女って!!)


 もう今日死んでもいいかもしれない。


 いや、やっぱり結婚式までは生きる。


「は、初めまして……」


 ぺこり、と頭を下げる律子。


「どうもどうも。和人くんの彼女さんかぁ」


 マスターはニコニコしていた。


 絶対楽しんでいる。


 案内されたのは奥のボックス席。


 外からは見えにくい位置だった。


 和人も少し安心したように息をつく。


(学校の人に見つかったらまずいもんね……)


 律子も同じ気持ちだった。


 まだ秘密。


 誰にも言えない。


 でも。


 だからこそ、特別だった。


 メニューを開く。


「マスターのチーズケーキ、美味しいんだ」


「へぇ〜」


 ぺらり、とページをめくる。


 その瞬間。


 律子の視線が止まった。


『恋人限定♡ 愛のジャンボパフェ』


 写真付き。


 でかい。


 明らかにおかしい。


(これだーーーーーー!!)


 律子の目がキラァッと輝く。


「これ食べたい!!」


 びしぃっ、と指差す。


 和人が固まった。


「えっ、これ!?」


「だめっ?」


 上目遣い。


 うるうるした瞳。


 破壊力、致命傷レベル。


「うっ……」


 和人が視線を逸らす。


 数秒後、敗北した。


「……いいよ」


「やったぁ!」


 律子は即座にマスターを呼ぶ。


「このジャンボパフェください!」


 すると。


 マスターのメガネがキラリと光った。


「ほう……挑むんだね」


「はい!」


「若いねぇ……」


 ニヤリ。


 その笑みに、若干の不穏さが混じっていた。


 数分後。


 運ばれてきた“それ”を見て。


「…………」


「…………」


 二人は沈黙した。


 でかい。


 意味が分からないくらいでかい。


 バケツみたいな器。


 中央には巨大プリン要塞。


 周囲を囲む生クリームの山脈。


 板チョコが槍のように突き刺さり、クッキーが城壁みたいに並んでいる。


 フルーツはもはや重装甲。


 甘いものの暴力。


 スイーツによる絨毯爆撃。


 糖分という名の大量破壊兵器。


「これ……食べるの……?」


 和人の声が引きつる。


 マスターはメガネをクイッと上げた。


「いいかい。これは恋人たちの共同作業」


「これを乗り越えたカップルは、全員ブライダルまで辿り着いた」


 一拍。


「すべからくね」


 絶対嘘である。


「和人くんだからお代はいらない」


「私の趣味なんだよ。若人たちの恋路を見るのは」


 どうやら、この人はこういうイベントを勝手に開催して楽しむタイプらしい。


「超えられるかな?」


 ニヤァ……と笑うマスター。


 若干ラスボスっぽかった。


「……やるしかないね」


「うん」


 律子はスプーンを握りしめた。


(これは試練……!)


(でも乗り越える!)


(和人さんとの未来のために!)


 戦闘開始。


 十五分後。


「まだプリン半分残ってるんだけど!?」


 和人が焦る。


 律子もかなり限界だった。


 だが。


 ここで負けるわけにはいかない。


(魔王討伐の時以上の逆境……!)


(でも、負けない!)


「元聖女を舐めんなよ!!」


「かかってこいやぁぁぁ!!」


 完全に戦士の顔でプリンへ突撃する律子。


 その姿を見て、和人は思わず吹き出した。


「ふふっ……」


「えっ?」


「いや……律子って、そういうところ本当に全力だよね」


「へ?」


「見てると元気になる」


 不意打ちだった。


 律子の顔が真っ赤になる。


「な、なんですか急に!」


「いや、一緒にいて楽しいなって」


 さらっと言う。


 無自覚で。


 だから余計にタチが悪い。


(好きーーーーーー!!)


 律子の心が爆発した。


 さらに十分後。


「うっぷ……」


「む、無理……」


 限界寸前。


 だが二人は諦めなかった。


 最後の一口。


 和人がスプーンを口へ運ぶ。


 ごくん。


 一瞬の静寂。


「「やったーーーーーー!!」」


 二人同時に拳を突き上げる。


 達成感がすごかった。


 部活の全国制覇みたいな空気になっている。


 するとマスターが拍手しながら現れた。


「おめでとう。君たちはもう立派なパートナーだ」


「お幸せに」


 なぜか巨大な器を持たされる。


 トロフィーみたいに掲げる二人。


 記念撮影。


(なんなのこれ……)


 でも。


 嫌じゃなかった。


 その時だった。


 後ろのボックス席から聞き覚えのある声。


「最近さ〜、律子と成川って距離近くない?」


 律子の肩がビクッと跳ねる。


(クラスの子!?)


「だよねー」


「でも最近、律子ちょっと雰囲気変わったよね」


「わかる。前より可愛くなった」


「恋してる顔っていうか?」


「成川って浮気しなさそうだし、結婚相手には良さそう」


「真面目すぎるけどね〜」


「でもああいう男子、なんだかんだ人気あるって」


 和人は困ったように苦笑した。


 そして。


 人差し指を口元へ。


 ――シー。


 その仕草に、律子は小さく笑う。


 こくり、と頷いた。


 テーブルの下。


 そっと。


 律子の指先が、和人の手に触れる。


 一瞬だけ。


 でも。


 和人は振り払わなかった。


 むしろ。


 少しだけ、握り返してくれる。


 胸が跳ねた。


(ああもう……好き)


 誰にも言えない。


 まだ秘密。


 だけど。


 だからこそ。


 この時間は、宝物みたいに愛おしかった。


 こうして二人の喫茶店デートは、クラスメイトたちが帰るまで、静かに続いていくのだった。




☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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