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第14話 先生とお泊まりした翌朝、脳内で結婚して娘までできていた件。なお現実は赤点回避の勉強会でした。

 朝。


 カーテンの隙間から差し込む陽射しが、白いシーツを柔らかく照らしていた。


「おはよう、律子」


 優しい声。


 寝ぼけ眼で顔を上げた律子の視界に映ったのは、穏やかに微笑む和人だった。


 ラフな部屋着。

 少し跳ねた髪。

 眠そうな目。


 それだけで胸が苦しくなる。


「お、おはよう……」


 律子が頬を染めながら答えると、和人はふっと目を細めた。


「朝から綺麗だね」


 くいっ、と顎を持ち上げられる。


「ま、まだ朝だよ……」


「君が悪いんだ」


 熱っぽい声。


「そんな顔されたら、我慢できなくなる」


「せ、先生……」


「和人って呼んで」


「か、和人さん……」


 そっと近づいてくる顔。


 律子の心臓が跳ねる。


 唇が。


 重な――。


「ふふふふふふ……」


 現実。


 律子は布団の中で枕を抱き締めながら、足をばたばたさせていた。


「和人さん……だめだよぉ……」


 にやにや。


 完全に危ない人だった。


 その時。


 ――コンコン。


「おーい。もう九時過ぎてるよー」


 ドア越しに和人の声。


「……へ?」


 ぴたりと止まる律子。


 数秒後。


「えっ!?」


 がばっと飛び起きた。


「夢かぁぁぁぁぁ!!」


 顔から布団へ突っ伏す。


 恥ずかしい。


 死ぬほど恥ずかしい。


 朝食はシンプルだった。


 トースト。

 目玉焼き。

 サラダ。

 コーヒー。


「「いただきます」」


 二人で手を合わせる。


(しまったぁぁぁ!!)


 律子の脳内で警報が鳴る。


(本当は朝五時に起きて、ご飯と味噌汁作って、『おはよう、あなた♡』ってやる予定だったのに!!)


(完璧若妻ムーブ計画が!!)


 がっくり肩を落とす律子。


 そんな彼女を見て、和人は少し困ったように笑った。


「ごめんね」


「律子みたいに、美味しい料理は作れないんだ」


「っ……」


 顔が熱くなる。


(優しい)


(好き)


(大好き)


(なんかもう新婚家庭みたい……)


「う、ううん……和人さんの料理も好きだよ」


 俯きながら答えると、和人は少し照れたように頬を掻いた。


「でもさ」


「こうして律子と一緒に食事してると、なんか安心する」


「……!」


 律子の頭から湯気が出た。


(好きーーーーーっ!!)


(なんなのこの人!!)


(そんな顔でそんなこと言うの反則なんだけど!?)


 抱きつきたい。


 でも抱きつけない。


 悔しい。


 嬉しい。


 好き。


 感情が忙しい。


「今日は何したい?」


 コーヒーを飲みながら和人が聞く。


「うん」


 律子は即答した。


「家で二人きりで過ごしたい」


(ゲームしたい)


(映画見たい)


(ソファでだらだらしたい)


(できれば膝枕されたい)


「いいね」


 和人が笑う。


(きたーーーーーー!!)


 律子の顔がぱあっと輝いた。


「僕も律子と――」






 一時間後。


「……うん。確かに家で過ごしてるね」


 律子は死んだ目だった。


 目の前には。


 参考書。

 問題集。

 ノート。


 完全に勉強会だった。


「昨日の続きだよ」


 和人は真顔でシャーペンを走らせている。


「今ここで頑張らないと卒業できないからね」


「その時は……学校辞める……」


「駄目」


 即答。


「学校はちゃんと卒業してもらう」


「うぅぅ……」


 机へ突っ伏す律子。


 本当は。


 二人で映画を見たり。

 ゲームしたり。

 まったりしたかった。


 なのに現実は数ⅡBである。


「それに」


 和人がふと真面目な声になる。


「将来、子供ができた時に困るしね」


「……えっ?」


 律子が顔を上げる。


 和人は「あっ」という顔をした。


「いや、ほら」


 頬を掻きながら誤魔化す。


「親御さんとの面談であるんだよ」


『お母さんだって、学校真面目に行ってなかったじゃん』


 って言われるパターン」




 その瞬間。



 律子の脳内で。


 ホームドラマ開幕。


「お母さん、今日学校休みたい……」


 食卓。


 セーラー服姿の少女。


 律子に似た顔立ち。


 娘だ。


 名前は結愛ゆあ


「だめよ、結愛」


 エプロン姿の律子が優しく笑う。


「ちゃんと学校行かなきゃ」


「お母さんにはわかんないよ」


「進学校の大変さなんて」


「わかるわよ」


 律子は真剣な顔になる。


「お母さんもそういう時期あったもの」


「でも乗り越えたの」


 すると結愛は、ふんっと鼻を鳴らした。


「嘘」


「……え?」


「私、知ってるもん」


 結愛は勝ち誇ったように腕を組む。


「お母さん、高校中退したじゃん」


「ええええええっ!?」


 律子絶叫。


「な、なんでそれを!?」


「お父さんに聞いたー」


 視線の先。


 新聞を読む和人。


「ねー、お父さん?」


 和人は苦笑い。


 律子、ぶち切れ。


「子供に余計なこと教えないでよぉぉぉぉ!!」




 ばんっ!!


「子供!?」


 現実。


 和人がぎょっとしていた。


「あれっ!? 結愛は!?」


 きょろきょろする律子。


「……長谷川優愛ちゃんのこと?」


 和人が不思議そうに首を傾げる。


「あっ、う、うん!! そうそう!!」


 律子、超高速で軌道修正。


「優愛も勉強頑張ってるかなーって!!」


「勉強大事だよね!! うん!!」


 冷や汗だらだら。


 そんな律子を見て、和人は苦笑する。


「大丈夫?」


「う、うん……」


 そこでふと。


 和人の視線が止まった。


 風呂上がりで下ろしたままの髪。


 少し大きめの部屋着。


 眠そうに擦る目。


 一瞬だけ。


 和人は言葉を失う。


(……危ないな)


 思わず見惚れてしまった自分に気づき、視線を逸らす。


(これ以上は駄目だ)


(ちゃんと守らないと)


 律子の未来を。


 可能性を。


 その横顔を見て。


 律子の胸が、少しだけきゅっとなる。


(ほんとに……我慢してくれてるんだ)


 嬉しい。


 でも。


 少し悔しい。


(そんなに子供に見えるのかな)


 頬を膨らませながらも、胸の奥は温かかった。


(でも……家族、か)


(そんな未来……来たらいいな)


 律子は小さく笑う。


 そして。


「はい、続きやるよ」


「えぇぇぇぇ……」


 結局。


 二人は昼過ぎまで、みっちり勉強することになったのである。

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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