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第11話 元聖女は週末のお泊まりに全力です ~姉としては心配しかないけど、妹が幸せそうなので何も言えない~

 夜――。


 月戸家のリビングには、

 静かなタイピング音が響いていた。


 カタカタカタカタ。


 異様な集中力。


 パソコンの前に座る律子は、

 丸眼鏡をくいっと押し上げながら、

 真剣そのものの顔で画面を睨みつけている。


 その背中を見ながら。


 ソファに腰掛けた聖子は、

 深いため息を吐いた。


「……あんた、さっきから何時間やってんのよ」


 返事はない。


 完全に自分の世界へ入っていた。


 画面には検索履歴が並んでいる。


『彼の家にお泊まりデート』


『初めてのおうちデート 失敗しない方法』


『男子がドキッとする部屋着』


『朝起きた時に幻滅されない方法』


『初お泊まり 注意点』


『自然体なのに可愛い彼女とは』


「…………」


 聖子は無言で額を押さえた。


(経典や魔導書読んでる時より真剣じゃない……?)


 かつて。


 リカルダ・ゲッテルは、

 世界最高峰の聖女だった。


 未来視。


 遠隔視。


 浄化術。


 癒やしの奇跡。


 王侯貴族から崇められ、

 民衆からは“女神の化身”とまで呼ばれた少女。


 それが今。


「うーん……」


 真顔で下着を吟味していた。


「このフリル付きかなぁ……」


「でもこっちの淡いピンクも……」


 ショッピングサイトを高速でスクロールしている。


 しかも。


 時折。


 口元がにやぁ……っと緩む。


「ふふ……」


 幸せそうだった。


 聖子は遠い目をする。


(魔王討伐の時も、このくらい気合い入れてくれたら助かったんだけど……)


 そう思った瞬間。


 律子が急に立ち上がった。


「決めた!!」


「うわっ」


 びくっとする聖子。


 律子の瞳がきらきらしていた。


「勝負の日なの」


「週末は」


「未来を掴みに行くの」


「……言い方が怖いのよ」


「え?」


「もっと可愛く言いなさいよ」


 律子はきょとんとしたあと、

 再びパソコンへ向き直る。


 その横顔が、

 ふわっと緩んだ。


(あ、これ妄想始まったわね……)


 案の定だった。


 律子の脳内――。


『律子』


 優しい声。


 和人が、

 そっと律子へ手を伸ばす。


『もう我慢できない』


『君のせいだよ』


「せ、先生……」


『可愛すぎるんだ』


 そこで。


「ふふふふふ……」


 現実の律子が、

 自分の身体を抱きしめながら身悶え始めた。


 聖子は真顔になった。


「うわぁ……」


「女の子がしちゃいけない顔してる……」


 思わず引く。


 完全に引いていた。


 かつて。


 中央大陸には。


『大陸に咲く可憐な一輪の花』


『女神の微笑み』


『奇跡の聖女』


 そう呼ばれた少女がいた。


 静かに微笑み。


 誰にでも優しく。


 慈愛に満ちた、

 本物の聖女。


 だが今。


「えへへ……」


 通販サイトを見ながら、

 頬を赤くしている。


 見る影もない。


「……あの神々しかった子、どこ行ったのかしらねぇ」


 聖子は天井を見上げた。


 けれど。


 少しだけ、

 表情が柔らかくなる。


 以前の律子は、

 こんな顔をしなかった。


 夜中に怯えて飛び起きることもあった。


 誰もいない部屋で、

 泣きながら謝り続ける日もあった。


 幻覚と会話し続け、

 朝まで眠れないことも。


 それが。


 和人と出会ってから、

 少しずつ減っていった。


 笑うことが増えた。


 誰かを好きになって。


 明日を楽しみにするようになった。


「……ほんと」


 聖子は小さく呟く。


「わかりやすいくらい救われてるのよね」


 その声は、

 律子には届かなかった。


 なぜなら当人は今、

 真剣な顔でメモ帳へ書き込んでいたからだ。


『お泊まりチェックリスト』


『笑顔』


『自然体』


『いい香り』


『朝ごはん』


『歯ブラシ』


『盗聴器回収』


『抱き枕持参しない』


「最後の二つ待ちなさい」


「え?」


「え?じゃない」


 律子は真顔だった。


「危なかった……」


「持っていくところだった……」


「やめなさい」


「あと盗聴器回収って何」


「えっ」


「えっ、じゃないのよ」


 聖子は頭を抱える。


 だが。


 律子はそんな姉をよそに、

 ふわふわした顔でスマホを胸へ抱きしめた。


「先生の家かぁ……」


「どうしよう……」


「ちゃんと眠れるかな……」


「寝顔見られたら恥ずかしい……」


 みるみる顔が赤くなっていく。


「うぅ……無理かも……」


「心臓もたない……」


 その姿は。


 世界を救った聖女ではなく。


 ただ、

 初恋に浮かれる普通の女の子だった。


 それを見て。


 聖子は小さく笑う。


「……まあ」


「幸せそうだから、いいか」


 そして――。


 そんな騒がしい夜が過ぎ。


 ついに。


 運命の週末がやって来るのだった。

☆ここまで、読んでくださり、ありがとうございました。


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