プロローグ:セヴェロスの落日 PART.2
V.
デレン・トレップは、祈りを捧げていた。
彼女はこの小さな教会の唯一の修道女であり、三十二歳。
十五年もの間、修道院の壁に囲まれて暮らしてきた女性であった。
毎晩、眠りにつく前に彼女は一本のキャンドルを灯し、聖母マリアの木像の前に跪いて、街の住人たちのために祈りを捧げていた。
彫像は百年以上前のもので、塗装は色褪せてひび割れていたが、その瞳は常に優しさを湛えていた。
今夜は、闇が格別に深く感じられた。
窓の外で風が呻き声を上げている。まるで、何か恐ろしいことが起ころうとしているかのように。
キャンドルの炎が揺らめき、何度も消えそうになっていた。
ノックの音が響いた時、彼女は驚かなかった。
助けを求める者は、常に存在するものだ。それこそが、十五年の奉仕生活が彼女に授けた、最も重要な教えであった。
彼女はロザリオを置き、立ち上がって扉へと向かった。
扉を開ける。
一人の若い女性が、敷居をまたぐようにして崩れ落ちていた。その腕には赤ん坊が抱かれている。
衣服はボロ切れのようで、身体は血にまみれ、顔は恐ろしいほどに土気色をしていた。
血は今も流れ続け、石の階段を滴り落ちていた。
デレンは素早く膝をつき、彼女の身体を支えた。
女性の身体は氷のように冷たかったが、まだ息はある。
「あなた……一体何があったというのだ? 何が起きたのだ?」
女性の目が開き、デレンの手をがっしりと掴んだ。
その握力の強さは凄まじく、爪がデレンの皮膚に深く食い込むほどであった。
「この子を……」
その声は掠れ、喉の奥から絞り出された、か細い声であった。
「お願い……救って……」
デレンは赤ん坊に目を落とした。
とても小さく、おそらく生後三ヶ月ほどであろうか、まるで眠っているかのように目を閉じている。
その小さな手首には、青い血管が透けて見え、月光を浴びてかすかに浮かび上がっていた。
「あなたの名前は? この子の名前は一体?」
女性の唇が動き、最後の息とともにその言葉を紡ぎ出した。
「シャイル……ネフティス……(Shayir... Nephthys)」
そして、彼女の目はゆっくりと閉じられた。
デレンは彼女を抱きしめ、命の温もりが身体から引いていき、代わりに深い冷気が満ちていくのを感じた。
彼女は頭を垂れ、女性の胸に耳を当てた。
鼓動は、なかった。
デレンは凍てつく石の階段の上に跪き、亡くなった女性を抱いたまま、長い、長い時間、身動き一つしなかった。
夜の風がため息をつく。
教会の中ではキャンドルの炎が揺らめき、壁に映る彼女の影を伸び縮みさせていた。
腕の中の赤ん坊が、突然泣き出した。
夜の深い静寂を切り裂くような、鋭く、高い泣き声であった。
我に返ったデレンは立ち上がった。
彼女は女性の遺体を教会の前室へと運び、優しく横たえた。それから戻り、泣き叫ぶ赤ん坊を自らの腕へと抱き上げた。
赤ん坊が目を開け、彼女を見つめた。
その瞳は青かった。深い、深海のようなブルー。それがキャンドルの光を受けて、鮮烈に輝いている。
デレンはその瞳を見つめ、胸の奥から奇妙な、説明のつかない感情が湧き上がるのを感じた。
彼女は、女性が死の間際に遺した最後の言葉を思い返した。
それは、名前ではない。
それは……ネフ……ティス……。
それが何を意味するのか、彼女には分からなかった。
しかし、彼女の心は一つのことを明確に理解していた──自分がこの子を育てるのだ、と。
彼女は赤ん坊を連れて教会へと戻り、再び聖母像の前に跪いた。
「聖母よ」
彼女は囁くように祈った。
「この子に祝福を。今日から、この子は私の娘です」
彼女は子供に、新しい名前を与えた。
「サシャ。サシャ・トレップ(Sasha Tulep)」
窓の外では、雪がますます激しく降り続いていた。
VI.
パズの西地区に佇む、崩れかけた一棟の安アパート。
それは五階建ての建物であった。
外壁の漆喰が大きく剥がれ落ち、下地の赤レンガが斑に露出している。
狭く、危険なほどに急な階段は、一歩進むごとにギシギシと悲鳴を上げた。
廊下にはゴミが散乱し、カビと油のにおいが重く立ち込めていた。
三階の、薄暗く手狭な部屋。
マナ・クラパットはベッドの端に腰掛け、赤ん坊を抱きかかえながら、静かに涙を流していた。
彼女はニヤ王女殿下の侍女であり、少女時代から共に育った存在であった。
共に学び、共に遊び、無数の昼夜を共にしてきた。
一年以上前、ニヤの婚礼の際、マナも婚礼随行員としてジェリオ帝国へと同行した。
しかし、ニヤは早い段階で彼女を遠ざけ、こう告げたのだ。
「マナ、パズへ行って私を待ちなさい。いつか、あなたが必要になる時が来るわ」
当時の彼女にはその言葉の意味が理解できなかったが、ただ命令に従った。
パズのこの小さな部屋を借り、洗濯屋で働きながら、ただ待ち続けた。
三日前、彼女は一通の手紙を受け取った。
ニヤの筆跡で、そこにはただ一言、『待って』とだけ記されていた。
そして今夜、オクドが彼女の腕にこの赤ん坊を託した。
「ニヤ王女殿下は?」
彼女は尋ねた。
オクドは答えなかった。
ただ彼女を見つめ返した。その目は真っ赤に充血し、唇は一文字に固く結ばれていた。
マナは、すべてを理解した。
彼女は子供を抱き、その顔を見つめた。
とても小さく、そのしわくちゃな顔立ちの奥に、かすかにニヤの面影が感じられた。
赤ん坊は深く眠り、自分が何を失ったのかを全く知らない。
「この子の名前は?」
「デイン(Dain)だ」
オクドが言った。
「殿下の命令である。この子には普通に生きさせろ。自分が本当は誰なのか、決して知らせてはならない」
マナは頷いた。一滴の涙が赤ん坊の顔に落ち、彼女はそれを優しく拭い去った。
オクドは立ち上がり、窓辺へと歩いて夜の街を見下ろした。
下の通りには誰もいない。ただ一本のガス灯が、風に揺れているだけだった。
「行かなければ」
彼は言った。
「追手はまだ私を追っている。奴らを遠ざけねばならない」
マナは彼を見つめ、声をかけたかったが、言葉にならなかった。
オクドは振り返り、その視線を彼女から赤ん坊へと移した。
彼は一歩近づき、手を伸ばすと、無限の愛おしさを込めて赤ん坊の頬を指先でそっと撫でた。
「この子を守ってくれ」
彼は言った。
「これが、殿下が我々に遺された最後の使命だ」
彼は扉を押し開け、闇の中へと足を踏み入れた。
彼の足音は遠ざかり、階段室の静寂に吸い込まれていった。
マナは子供を抱いたまま、ベッドの端に座り続けた。
その夜、彼女は一睡もしなかった。
窓の外では、夜明けの光がゆっくりと空を這い始めていた。
彼女は子供に、新しい名前を与えた。
「オーウェン・クラックス(Owen Crux)」
その瞬間から、彼は彼女の息子となった。
VII.
港湾都市パズの市外にある、なだらかな丘の上。
一人の壮年の男が立ち、眠りにつく街を見下ろしていた。
彼はダークグレーのトレンチコートをまとい、襟を立てて顔の半分を隠している。
その手には一本のステッキが握られており、その頭部には小さな青い宝石が埋め込まれ、月光を浴びてかすかに輝いていた。
彼の背後には、まるで彫像のように微動だにせず、黒い制服を着た数人の影が控えている。
「見つかったか?」
男が尋ねた。
その声は不気味なほどに冷静であり、まるで明日の空模様を尋ねたかのような口調であった。
「まだです」
背後の影の一人が答えた。
「二人の女は死亡。子供たちの……行方は分かっておりません」
男は何も言わなかった。
風が丘を吹き抜け、コートの裾を激しく揺らした。
彼はパズの点在する明かり、まるで星の瞬きのような小さな光の数々を見つめ、長い間沈黙していた。
「パズ(Paz)か」
やがて、彼は低く呟いた。
「実に……興味深い」
彼は振り返り、丘を降り始めた。
「時間をかけて捜せ」
彼は振り返らずに言った。
「私には、時間はいくらでもある」
黒服の男たちは彼の背後に従い、闇の中へと溶け込んでいった。
彼が誰なのか、誰も知らない。
彼がどこから来たのかも、誰も知らない。
ただ風だけが、彼がそこに立ち、非常に長い間、監視を続けていたことを知っていた。
VIII.
──それから五年後。
パズの通りを、一人の少年が走っていた。
彼は五歳。
細身で引き締まった体つきに、輝くような明るい瞳、そして常に絶やさない笑顔。
彼の名はオーウェン。
西地区の崩れかけたアパートで、母親のマナと二人で暮らしていた。
母親は地域の学校で清掃員として働いており、常に忙しく、生計を立てるために奔走している。
彼は一人で遊び、一人で通りを走り回り、路地裏の子供たちと友達になっていた。
その日の夕方、彼は巨大なクレーンを見るために、はるばるドックまで走ってきた。
彼はあの鉄の巨人が揺れ動き、回転する様が大好きであった。
噴き出す蒸気の悲鳴、重い荷物を引き上げる労働者たちの掛け声が響き渡るのを、眺めるのが大好きであった。
彼は小さな貨物箱の上によじ登り、爪先立ちになって、完全にその光景に夢中になっていた。
彼の隣には、一人の少女が立ち、同じようにその光景を見つめていた。
彼女も五歳であった。
色褪せた古いドレスを着て、髪は少し乱れていたが、その瞳は彼と同じように輝いている。
彼女の名はサシャ。
教会で母親のデレンと暮らしていた。
デレン母さんは修道女であり、いつも祈りを捧げている。
サシャもまた、よく一人で遊び、通りを歩き、川辺に座って、果てしなく流れる人々の波を眺めていた。
二人の子供は、お互いを盗み見るように視線を交わした。
「きみの名前は?」
オーウェンが尋ねた。
「サシャ」
少女が言った。
「あなたは?」
「オーウェン」
二人は並んで立ち、巨大なクレーンを見上げた。
沈みゆく夕日が、彼らの影を地面の上に長く引き延ばし、その影は互いに絡み合い、やがて一つの影へと溶け合っていった。
各章の文字数が多いため、分割して掲載します。
分割した各回は「part.X」の通し番号で示し、メインタイトルはpart前の題名をそのまま使用します。




