第77話 早く帰りましょう
「仲間の魔法使いへ連絡しました。
今日中には来ると言う風に返事も貰ってます。
遅くても夜には、
オスマンサスへ瞬間移動いただけるでしょう」
その知らせにほっ、と胸を撫で下ろすビトメ。
トシ・オーは相変わらず、反応がない。
朝食の時の反応も相まって、
ビトメに不安が募っていた。
トシ・オーの記憶が戻るのではないか。
もし戻ってしまったら、
第一に『命の神』との約束を破ってしまう。
経験な信徒であるビトメには、
神の最後の願いを叶えられないのは辛い。
第二に、トシ・オー自身も辛い筈だとビトメは考えている。
こんな生活を、人間が長期間していたとすれば。
その魂は疲れはてて、ボロボロな筈だ。
そんな彼を癒すためには、忘れることも大切だと理解した。
最後に、『今トシ・オーが記憶を取り戻したらば』、
どうなるのだろうか。
ここは『癒し手』の教会でも、『総本山』でもない。
『白の教会』にいる。
おそらくは、また彼は闘いだす。
何故なら、
『白の教会』のつなぎの人々が言う通りなら、
『闇の神』は死んでないからだ。
トシ・オーは封じられた『闇の神』を、
封じられたから、として見逃すだろうか。
ビトメの直感は『No』だ。
彼は『闇の神』を探しだして殺す。
その時、ビトメはどうなるか。
良くてもここに放り出される。
悪いと、
『六柱の神の加護』を『闇の神』を殺すのに使わなければならなくなる。
ビトメはトシ・オーの名を呼んで、その顔を覗き込んだ。
トシ・オーは、変わらず覇気のない返事をする。
「オスマンサスへ行ったん出て、
それから『癒し手』の教会に行きましょう。
そうすれば、『総本山』へ連絡ができるはずです。
きっと、大司教様も心配されています。
早く帰りましょう」
「はい」
トシ・オーの返事は短い。
それを見たつなぎの男性は、
申し訳なさげに言う。
「……それは、オススメできません」
「な、何故ですか?」
思わずビトメは彼に食って掛かった。
「あそこの司祭は、
キャラウェイみたいな最低の『癒し手』です」
「あ……」
ビトメは、何も言えなくなる。
言葉を失う、のとは違う。
山ほど言葉が沸き上がるのに、
どれも口から出てこない。
「この前、
オスマンサスの『癒し手』の司祭は教会とシスターたちを、
何の許可も得ずに『抵当』と『保証人』にして金を借り、
踏み倒しました。
『抵当』は、担保的な物です。
『保証人』は、そのままです。
教会は土地ごと差し押さえられました。
司祭は保証人のシスターのサインを偽造してたので、
文章の偽造で訴えられました。
シスターたちは何も知らなかったので、
借金の肩代わりは免れましたが、
司祭がシスターを全員奴隷商へ売りました。
自分の保釈金を作るために売りました。
そんなヤツが、
今一人で差し押さえられた教会に立て込もって、
暴れている状態です」
最低の更に下だ。
今度は言葉を失うビトメ。
つなぎの男性は苦笑いをして。
「正直、私は貴女のような敬虔な『癒し手』様は、
見たことがありません。
私は貴女を昨日からの数時間しか見ていないのですが。
貴女は神への祈りを欠かさず、
質素倹約で、薬の知識も豊富で。
怪我人や病人が、
思い悩んでいたりうつむいた人がいたら駆け寄って、
優しく声をかけられる。
なんと素晴らしい人なのか。
心底、そう思いました」
つなぎの男性は遠い目をして、
悲しい顔になっていく。
「九割以上の『癒し手』は、
キャラウェイのような下衆です。
私の町に貴女のような『癒し手』様がいたら、
弟や家族は死ななかったのにな、
と思ってしまうくらいです」
重い。
嘘とは思えない、重い言葉だ。
恐らく、つなぎの男性の家族は不幸なことがあり。
しかし、『癒し手』を頼れなかった。
ビトメは思わず謝罪して、迷わず頭を下げた。
それを見てつなぎの男性はあわてて。
「違います!
貴女を責めてません!
むしろ、悔しくて。
なんで、
アイツらは貴女のような『癒し手』にならなかったのか。
それが、悔しくてたまらなくなったのです」
何故だろう。
ビトメには何故か分からないが、涙が止まらない。
ビトメは何度も謝って、頭を下げる。
彼女には、褒められたのに、
今までのどんな罵詈雑言より辛いものだったのだ。
金を無心する『癒し手』は以前から問題視され、
『総本山』は厳しく取り締まっていた。
それが、何の意味もなしてなかった。
つなぎの男性の発言は、つまりそう言うことになる。
同時に、
『命の神』は都合の悪いものを見て見ぬふりをするのだ、
ともう一度言われたのに等しい。
『闇の神』のことも、害悪な『癒し手』のことも。
どちらについても、『命の神』は何も言われなかった。
三年前のあの日が、最初で最後だった。
ビトメは、心底『命の神』を信仰している。
慈愛に溢れ、傷を、病を癒す偉大な神。
そう思って疑わなかった。
昨日まで。
この二日で色々ありすぎた。
ビトメの根幹である信仰すら揺らいでいた。
それでも立っているのは、トシ・オーを護るため。
彼女自身も限界に近いのだが、
それが『命の神』の願いであり。
何よりトシ・オーのためだと思っているからだ。
そんななかで聞いてしまった、
『家族は死ななかった』の一言。
彼女の両足を支えていたものが揺らいだ。
実はこの台詞、
誰かがビトメに向かって言うのは、一度目じゃない。
トシ・オーの件より前。
約五年前と、
ナスタチウムの国教の南端の町にいた頃に。
似たようなことを言われている。
彼女はその時、
自分には関係がないと見て見ぬふりをしたのだ。
そう言う『癒し手』がいる。
しかし、『総本山』の取り締まり員でも、
『教会』の異端審問官でもない彼女は、
自分には関係がないと思って聞き流していた。
実際にそんな酷い『癒し手』に会ったこともなかった。
ビトメには遠い世界の話だと思っていた。
しかし、今は違う。
キャラウェイとパティスに会い、
ひどい目に遭い、
『白の教会』に会い。
身近な大問題だと理解してしまった。
そして、それらを『見て見ぬふり』をした、
私と神にも非があると思った。
そう自分を責めて、責めて、責めて。
「ビトメさん、大丈夫です。
この人は、貴女を褒めてくださってるんですよ」
ビトメの肩を優しく掴んだトシ・オーは、
彼女にそう言った。
その言葉は、心遣いによるものか。
ビトメには分からないが。
今までにないトシ・オーの反応だった。
ビトメは震える目でトシ・オーをみた。
いつも通りだった。
そこに飛び込んできた、けたたましいブザー音。
「魔物だ!
魔物の大群だ!
魔物の氾濫だぁ!」
つなぎ姿の人が遠くからそう叫びながら駆けていった。




