第70話 誰かに助けを求めないと
トシ・オーは、ビトメの手を引いて走る。
しかし、ビトメの息が上がってきた。
「ちょ……!
とし……、トシオさん!
ど……どこへ?!」
トシ・オーは何も言わないが、
突然曲がり角を曲がって立ち止まり、
ビトメをひょいと抱えてしまう。
「うひゃあ!」
ビトメが変な声を上げても、トシ・オーはお構い無し。
ビトメを抱えたまま荷台につまれた藁の山に飛び込んだ。
「わぷっ!」
ビトメは藁の中でもがこうとしたが、
トシ・オーがそれをとめる。
「来てる」
トシ・オーがそう言うと、
藁山の外に男たちの影が見えた。
ビトメは慌てて自分の口を両手で塞ぎ、
トシ・オーと藁の中で息を潜める。
「おい!
見つかったか?!」
「まだだ!
でも、街の入り口に見張りを立ててる!
衛兵も買収済みだ。
馬車の中の確認もするよう頼んである!」
男たちは慌てているが、
手際はかなり良いものだ。
「パティスめ!
適当な仕事しやがって!」
「いや、あの部屋の工事した大工が悪いだろ!
ドアが外れるとか、聞いてねぇ!」
やはり、というか、
パティスもキャラウェイの仲間だったようだ。
「蝶番から外れてたぞ?
下敷きになった二人は?」
「骨が折れてる。
ありゃしばらく動けん」
大きく重い両開きの二枚扉だ。
二枚合わせるとかなりの重さだろう。
トシ・オーは椅子を使ってテコの原理で持ち上げた。
大工は何も悪くない。
蝶番は上から差し込まれている形のものだった。
それが持ち上がったときに、
ネジも鍵も無視して蝶番の心棒から引き抜け、倒れた。
突然下敷きにされたのだから、
見張りの二人は当然無事では済まないのだが。
ビトメはその事に少し心を痛める。
「とにかく、街を隅々まで調べろ!」
男たちはそう言って、
すぐそばの藁の山の中にいた二人に気付かず去っていった。
「……行きましたね。
ど、どうしましょう。
街に閉じ込められました。
ここがどこの街かも分からないけど、
誰かに助けを求めないと……!」
ビトメは慌てているが、的確な判断だ。
ただ、情報が少なすぎる。
トシ・オーは、藁から頭を出して周囲を見る。
男たちの影も見えない程離れたことを確認して、
自分とビトメを藁からだした。
そして、道端に落ちているぼろ布を拾い、
ビトメの身体に巻き付ける。
もう一枚拾って、自分の頭に巻き付ける。
「わわっ!
なんですか?」
「修道服、髪色」
トシ・オーの一言でビトメは察する。
確かに、ビトメの服とトシ・オーの髪は目立つ。
ぼろ布でそれらを隠したのだ。
トシ・オーはまたビトメの手を取って歩きだす。
迷いなく歩くが、トシ・オーがここに来たことはない。
「え!?
ちょ!」
ビトメがとがめる隙もなく、
人混みに紛れてトシ・オーは屋台から果物らしきものを盗んだ。
そして、それを二口かじって両頬に頬張り、飲み込まない。
食べかけの果物はそのまま地面に捨てる。
また、露天から布をスッと盗るトシ・オー。
誰も彼も気付かない。
彼はその布を首に巻いた。
次に盗ったのは洗濯物。
ローブらしく、
ビトメのぼろ布を剥いですぐにそのローブを被せた。
その時に、
彼女の服に追加されていた不自然なボタンを剥ぎ取って、
通行人のポケットへ投げ込む。
「トシオさん!?」
また、トシ・オーはビトメの手を取って人混みに入っていく。
するする、するり、と、
いつの間にやら二人はこの街の人と同じ服装になり、
人混みから堂々と歩いて出てくる。
トシ・オーはいつの間にか良い布で頭と顔を覆い、
ビトメは日除けのフェイスベールで顔の鼻から下半分を隠されていた。
あまりの手並みよさに、
ビトメは絶句し呆然と手を引かれて歩く。
「なん、なん、……なんなんですか?
こっ……、これ、……あの」
混乱するビトメの顔を覗き込んだトシ・オー。
その顔と目は、
ビトメがいつも見ている脱け殻のようなものだ。
だが、彼は人差し指を立てた口元に当てて。
「しー」
と、だけ言った。
ビトメの脳裏に浮かぶ言葉は、三年前のもの。
『孤軍奮闘』。
たった一人で悪神を相手取り、戦った。
ビトメは英雄譚でよく語られる、
剣と盾を構えた勇敢な戦士をイメージしていたが。
「こっ、これは、詐欺師……、では?」
トシ・オーは構わずビトメの手を引いて歩く。
隠れもせず堂々と道の真ん中を歩く。
走り回っている男たちと何度もすれ違うが、
誰も二人を怪しまない。
それは、当然のことだった。
二人が身に付けているのは盗んだものなので、
雰囲気も、匂いすらこの街のもの。
追っ手たちに怪しめ、と言う方が難しい。
この二人を怪しむためには、
すれ違う人全員を止めて顔を見なければならないだろう。
しかも、トシ・オーはまだ頬に果物をつめている。
パッと見の人相が違うので、かなり凝視しないとバレない。
ビトメのフェイスベールもなかなか良い柄入りのもので、
外さなければバレようがない。
「歩く」
「えあ?
は、はい……」
ビトメはとにかくトシ・オーに従うことにした。




