第69話 お家に帰してあげますから
ビトメは目を覚ました。
慌てて周りを見回し、トシ・オーを探す。
「トシオさん!
いた!」
ビトメたちは、
どうやら大きな藁のベッドに寝かされていたらしい。
ビトメの隣にトシオはいた。
まだ眠っているようだ。
「……トシオさんの服がキレイ。
あ。私も泥がなくなってる」
身綺麗にされて、藁のベッドに横たわるトシオ。
ビトメは念のため自分の身体を詳しく確かめる。
「……何かされた跡はない。
魔法の痕跡までは分からないけど。
手枷も足枷もない。
……ここは、どこ?」
ビトメは落ち着いてきたので、
今いる部屋を観察する。
大きな藁のベッドだ。
六人大人が寝そべっても平気だろう。
そんな大きなベッドが置いてあっても、
部屋の三分の一以上空きスペースがあるほど部屋が大きい。
ベッドの脇には簡易なテーブルセット。
テーブルの上には水さし。
椅子は二脚。
椅子も簡素なものだ。
窓がいくつかあるが、内側に鉄格子。
外には雨戸。
だが、ガラスが非常に透明だ。
元は良い部屋だったことがうかがい知れる。
雨戸も見た感じ金属製だった。
ドアは一つ。
両開きの二枚扉で、
豪奢なレリーフが描かれており、大きく重そう。
壁もよく見るとかなり良い壁紙。
天井も高く、照明は魔道具でかなり良いものらしい。
良い部屋をわざわざ牢のように仕立て直した。
そう言う部屋のようだ。
「失礼」
ドアの向こうからそう聞こえて、
遅れてノックがされる。
ビトメは身構えて何も応えないが、
ドアは開かれた。
「おぉ、目覚めていたか。
丁度良い」
入ってきたのは、パティスではない。
この男をなんと形容すべきか。
一言で言うなら醜悪。
身綺麗だし、服も良いしつらえ。
髪もとかされ、肌艶は良い。
ただ、身体中の皮膚が延びて脂肪を大量に溜め込んでいる。
目鼻立ちはスッと通っていて、美形の部類だろうが、
それを上回る質量を顔にぶら下げていて台無し。
足腰が質量を支えきれてないようでまともに歩けておらず、
全身を左右前後に振りながら移動するその姿は滑稽をとおりこえて心配になるほど。
醜いものの例えによく使われるオークの方がスマート、
と思ってしまうほどだ。
「はじめまして、
私はキャラウェイ。
お二人には遠路はるばるご足労いただて、
感謝感激だよ」
質量に潰されたダミ声は、聞くに耐えない。
元々醜いのではない。
醜く破壊された人間。
キャラウェイを表現するならそれがぴったりだ。
しかも、拷問の類いで破壊されたのではない。
怠惰と暴食が破壊した人間だ。
ビトメには過ぎた贅沢、
過ぎた強欲が服を着て歩いているように思えた。
思わず顔をしかめる。
「お嬢さん、そんなお顔をするものじゃない。
せっかくの可愛らしいお顔が台無しだ。
まぁ、警戒されるのは仕方がないとして、
我らには貴女たちを害するつもりはない」
キャラウェイはそう言って笑う。
延びてたるんで、
何重にも重なった肉が波打つ。
「お二人にはここで過ごしてもらう。
お二人で、ここで、ごゆっくりと」
「……何が狙いですか?」
ビトメはキャラウェイを見つめて問いかける。
キャラウェイはまた声を上げて笑う。
肉が揺れる、揺れる、揺れる。
そして、言う。
「お二人にここで過ごしてもらうので、
総本山からの予算に色を付けて貰うだけだよ。
お二人には、特に何も求めん。
ここから出ずに、ごゆっくりとしていただきたいだけ、さ」
「ここから?
この部屋から、ですか?」
「あぁ!
その通り!
まぁ、鍵もかけるし、出られないがね。
食事はちゃんと用意するから、
ご安心されよ」
キャラウェイはそう言いのこして、
笑いながら部屋から出ていった。
ドアはしっかり閉じられ、
鍵をかけるおとが大きく聞こえた。
「……ここから出なきゃ」
ビトメはとにかくここにいるのはマズいと判断した。
つまるところ、
キャラウェイは二人を人質に金を要求する算段だ。
そこに、トシ・オーが目を覚ました。
「あ。
トシオさん、めざ……!」
トシ・オーはすぐに環境がいつもとことなることに気付くと、
世話しなく辺りを首を回して見回しだす。
顔は恐怖と怯えに引きつり、
目には涙を溜めている。
マズい。
ビトメはトシ・オーが暴れる前にその両肩を優しく掴み、
自分の方へ向きを変えた。
しかし、トシ・オーは首だけでも部屋を見回そうとする。
「トシオさん!
トシオさん、落ち着いて。
私を見てください。
ビトメです。
ビトメを見て」
トシ・オーの視線とビトメの視線が少しずつあってくる。
ビトメは声をなるべくいつもの調子になるよう心がけて話す。
「トシオさん、大丈夫。
大丈夫です。
知らない場所ですね。
怖いかもしれませんが、
大丈夫。
私が、帰してあげます。
『お家に帰してあげます』から」
トシ・オーの顔は少しずつ、溶けていく。
「か、帰……る?」
「はい。
帰りましょう」
「帰る……、家……。
帰る」
トシ・オーの瞳がいつもと違う輝きを見せる。
ビトメは必死に平常心を保ち、トシ・オーをなだめる。
「お家です。
お家に帰してあげますから、
私と一緒にここから出ましょう」
トシ・オーは、すっと立ち上がった。
顔はいつものように無表情。
さっきまでの怯えは消え去り、
ビトメは驚いた。
豹変と言える変化だが、
今のトシ・オーはビトメがいつも見ているトシ・オーだ。
トシ・オーはすたすたとドアへ歩いていく。
ビトメもベッドから降りてそれについていく。
「トシオさん?」
トシ・オーはビトメに返事もせず、
ドアを触り、眺めだした。
その顔はいつも見ている無表情。
しかし、瞳はまっすぐ、まっすぐ、何かを見ている。
トシ・オーは突然、テーブルセットへ歩いていく。
椅子を手に取りドアに戻ってきた。
ドアの豪華なレリーフに椅子の足を上手く引っ掻ける。
そして、椅子の背もたれに体重をかけて下へ向かって押した。
ドアが突然持ち上がり、
蝶番から外れて外へ向かって倒れた。
同時に悲鳴が二人分聞こえた。
どうやらドアの外に見張りがいたようだが、
今倒れた扉の下敷きになったらしい。
ビトメは今だ、
とトシ・オーの手を取って部屋から飛び出した。
ビトメはトシ・オーがドアを壊したことを、
今は考えないことにした。
とにかく、外に出ないと!
「トシオさん!
走って!
逃げますよ!」
トシオはビトメに手を引かれて走る。
ビトメは周りを見回す。
大きな中庭に庭師がいて、
今のドアの倒れたのに驚いて部屋に向かって行くのが見える。
そとは、太陽が高く上がっていて昼だと分かる。
「逃がすか!」
廊下の先に男たちが現れて、
二人を指差して走ってくる。
ビトメは急ブレーキをかけた。
しかし、今度はトシ・オーに手を引かれビトメは走り出す。
トシ・オーの向かう先には高い塀。
しかし、何故か梯子がかかっている。
「に、庭師さんの?」
ビトメはそう言ったが、トシ・オーは何も返さない。
相変わらず無表情で走っている。
梯子に到着したトシ・オーは、
それをするする上って塀の上に上がった。
ビトメは何とか梯子の途中まで上がると、
トシ・オーは上からビトメの手を取って引き上げた。
確かにビトメは小柄で女性だが、
トシ・オーはひょい、と上げた。
その拍子に梯子が倒れる。
後を追ってきていた男たちは慌てて。
「しまった!
おい!
表に回れ!」
その声をききながら、
トシ・オーはビトメを抱えて塀から飛び降りる。
「ひゃぁぁ!」
ビトメが悲鳴を上げたが、
トシ・オーは華麗に着地し痛みも何も感じなかった。
トシ・オーはビトメを下ろして、
また彼女の手を引き走り出した。
『家に帰る』ために。




