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ダンジョンマスターは、アットホームな職場です!  作者: 桃野産毛
第五章 ノルマなし、転勤なし!

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第68話 なんとかならないのかな

 ナスタチウムの天候は基本的に穏やかだ。

ただ、冬の間は外出できないほど雪が積もる。

 山の麓にあるヘルトは、その中でも特に積雪量が多い。

家よりも高く降り積もる雪は、

毎日の雪掻きでその日が一日終わりそうになるくらいだ。

 『癒し手』の総本山では、

魔道具を使って雪掻きをする。

仕組みは単純で、

荷馬車の荷台のようなそれを家畜や人で押すと雪が魔道具に取り込まれ、

魔道具の中で雪を砕いて吐き出す。

吐き出された雪は排雪用の下水口に積まれる。

排雪用なので、

その下水口の直径は男性三人が寝転べるほどある。

 ただし、排雪用の下水口が凍ることもしばしばあるので、

ここの周囲と屋根の上は人力だ。


「去年の雪は特に多かったので、

早めにに排雪口の掃除をしておきましょう」


 ビトメは総本山の大掃除の監督を勤めていた。

冬の間は何もできないので、

雨季が終わってすぐに大掃除をするのがナスタチウムの常識だった。

雪のない間、

排雪口は大きく思い鉄の蓋で封されている。

子どもの落下防止のためだ。

 ビトメは男手を集めてその蓋を開き、

何人かで中の泥をかき出す。

総本山は広い。

同じような排雪口は六つある。

 さらに、ヘルトの町には農家や商人、

総本山の施設の管理のための関係者たちの住む地域もある。

そこにある排雪口も含めると、

この掃除だけで一日では済まない。

 なお、この泥は良い堆肥になるので、

集めてヘルトの農家へ引き渡す。

それでいただける対価は、冬の蓄えに回す。

 あくどい稼ぎ方をしていた『癒し手』も多いが、

総本山は基本的に質素倹約。

奇跡を施す際の料金も基本の分のみで良い。

そのため、遠路はるばるここまで来る人もいた。


「トシオさん、

そこはスコップで泥をかき出しましょう。

その大きい泥ダンプでは、奥まで届きません」


 トシ・オーは小さくうなずいて、

スコップを取りに排雪口の外へ戻る。

相変わらず表情どころか覇気がない。

しかし、この重労働に弱音も吐かず、

疲れた様子も見せない。

 ビトメはその不一致さを悲しく思う。

彼は『英雄』。

しかし、今はなにもかも失っている。

記憶も、心までも。

ビトメはずっと悩んでいた。


 これは本当に安寧な日々と呼べるのだろうか。


 ビトメの思う安寧は、

心身ともに健やかに、ゆっくりのんびりすることだ。

趣味に没頭したり、新しいことに挑戦したり。

時間がなくて会えなかった人に会ったり。

 しかし、今のトシ・オーはどうだろうか?

言ってはなんだが、

脱け殻の様な、ゴーストの様な状態だ。

記憶どころか心もないので、呆けた老人より酷い。

彼には何度も話す昔話すらないのだから。


「なんとかならないのかな」


 ビトメは排雪口の中から空を見て独りごちる。

その視線の先にいたはずの神は、もうおられない。

 

「今日は皆様、ありがとうございました。

明日は残り三つの排雪口を掃除しますので、

よろしくお願いいたします」


 ビトメの号令の後、

皆頭をさげて散っていく。

 時刻は既に夕暮れ。

朝から取りかかって三つしか掃除できなかった。

理由は単純、泥が予定以上に溜まっていた。

泥の回収に来た農家は大喜びしていたが、

掃除する側はうんざりする程の量だった。


「トシオさん、お疲れ様でした。

お風呂の前に、

大司教様へ一言報告へ行きましょう。

ついてきて下さい」


 トシ・オーはうなずいて、

ビトメの後をついていく。

ビトメはトシ・オーに話しかけながら歩く。


「今日はとても助かりました。

トシオは本当に力持ちで、体力もあって。

すごく頼れました!

 ただ、疲れましたねぇ。

早く報告して、お風呂へ行きましょう。

そして、お夕飯は久しぶりのお肉ですよ!

楽しみですね」


 トシオは小さくうなずく。

ビトメはそれでも話を続ける。


「明日もお願いしますね。

お夕飯の後は早く寝ましょう。

 あ。

明日は山手の排雪口なので、

今日より泥が溜まってるかもしれないですね。

去年は大雪だったので、今年は少ないと嬉しいですね」


 当たり障りない話題だ。

だが、

ビトメは少しでも何か反応してもらえる話がないか探し続ける。


「……あれ?

お客様でしょうか?」


 廊下の先に、

見たことのない人が立っている。

その人の服はかなり良いものだと、

知識のないビトメすらわかる。

 その人は、ビトメたちに気がついて頭を下げた。

ビトメとトシ・オーも頭をさげる。


「失礼。

ビトメ様とトシ・オー様、でしょうか?」

「え、えぇ。

私がビトメで、こちらはトシオさんです」


 ビトメは三年前のこともあり、

有名になっている。

トシ・オーのことはあの日あの場にいた人間は口外禁止。

ただ、『癒し手』の聖職者たちには、

口外禁止とともに周知されているので。


「あの、どこかの『癒し手』でしょうか?」

「えぇ。

私は南方で『癒し手』をしておりました。

パティス、と申します。

 貴女と同じく三年前から奇跡は起こせなくなったのですが、

ここが懐かしくてですね。

別件で近くまで来たので、来てしまいました。

 宿の方は総本山の外のを取ってるので、

大司教様の挨拶だけでおいとまする予定です」


 腰は低く、丁寧。

聖職者と言うより、商人のような物腰だ。

ビトメは元仲間(癒し手)と言うことで、

少し警戒を解いた。


「ご丁寧に、どうも。

改めまして、ビトメと申します。

 私も元は、

ナスタチウムの南の街のメルザーに赴任していたので、

親近感がありますね」


 ビトメは自己紹介をして、

パティスには飛ばないように自分の服の泥を払う。


「これはこれは、奇遇ですね。

私はよくメルザーへ訪れましたが、

位置的に通りすぎることが多く、

教会へ挨拶できてませんでした。

今さらですが、大変失礼いたしました」

「いえいえ!

そんな、お忙しいのですから。

あそこは小さい教会なので、

きっとお構いもできなかったと思います」


 ビトメは深々と頭を下げたパティスにむかって、

両手を振る。

しかし、パティスは頭を下げたままだ。


「そして、重ねて謝罪いたします。

本当に申し訳ない」

「え?

何がですか?」


 ビトメは頭を上げないパティスに、

心底不思議そうに問い返した。

パティスは、頭を下げたまま、言った。


「これ、です」


 次の瞬間、

ビトメとトシ・オーの頭から腰まで麻袋を被せられた。

二人は慌てて抵抗しようとしたが、

急に身体から力が抜け、動けなくなる。

 いつの間にか二人の後ろに男たちが立っていた。

二人が倒れる前に男たちは麻袋ごと抱えて、

連れ去っていく。


「本当に、申し訳ない」


 そう呟くパティスは笑っていた。

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