第66話 なんでもします!
●『教会』本拠地オブリーク●
七柱の教団は一堂に会し、
大きな議題を前に頭を抱えていた。
誰も彼も、呻き声をあげて頭をかいたり、
腕を組んだり。
しかし、誰一人として案どころか意見も出ない。
『聖女』の失踪。
異端である『白の教会』の『踏破の魔女』による強襲。
それを察知された『聖女』は帰還石で逃走したが、
それ以来行方は誰にもしれず。
『教会』の業務の、
特に重要事項は『聖女』による査定と決定なくして成立できない。
そのため、『教会』の運営は滞り、
それに準じていた七柱の教団の運営にまで影響を及ぼしていた。
事態が大事になる前に、
『教会』は七柱の教団を召集して詳しく説明し、
『聖女』の捜索を依頼したが芳しい成果はなかった。
次の『聖女』選定の義を行うにしろ、
前『聖女』からの引き継ぎなくしてできず。
代行者を立てるにも、
七柱の教団は自分に有利になる代行者を指名し、
結局は決まらなかった。
とうとう、七柱の教団の上層部だけでなく、
知恵者と言われる者なら誰でもと、
地位を問わず多く聖職者を集めたが。
結局唸り声が大きくなるだけ。
大きな大きな議事堂は、
装飾こそ簡素なものだが、
椅子から何から何まで超高級品。
そんないびつな部屋で、
聖職者たちは、唸り続ける。
「きっ!
緊急事態です!
『七柱の神々』が聖堂に降臨されました!
急ぎ、聖堂にお集まりください!」
顔を真っ赤にして議事堂に飛び込んできた男は、
そう叫んで倒れた。
その知らせは、議事堂をパニックに陥れる。
我先にと議事堂からでようと聖職者たちは押し合い、
へし合い。
罵りあい、殴り合いまで起きて。
彼らが聖堂に到着した頃には、その身はボロボロだった。
「……神託を」
はじめに声を発したのは、
『命の神』だった。
彼女の語る内容は、
七柱の教団も『教会』の聖職者たちも耳を疑うものだった。
悪神『闇の神』による凶行。
聖女は聖女ではなく、悪神の手先であり。
異端は異端ではなく、善なる神の戦士であった。
『光の神』は実在し。
『白の教会』はそれらを疎ましく思う『闇の神の聖女』により、
『教会』を使って弾圧され。
それでも、彼らは正義と善意で立ち上がり、
『踏破の聖女』はその力を引き換えにして、
『闇の神の聖女』を封じた。
七柱の神々に都合の悪い部分は伏せたまま。
『教会』の聖職者は、その事実に恐れおののく。
自分たちは悪くない、
騙されたと口々に叫び。
責任から逃れようと必死だ。
「今は、それどころではありません。
悪神『闇の神』の凶行が原因で、
この世界は滅亡の危機に瀕しています」
その一言はあまりに重く、
その場にいた誰もが声を出せなくなる。
神の口から出た『滅亡の危機』。
それが嘘や冗談ではないのは明らかだ。
その場にいる者たちは、
内心責任の所在を自分以外に押し付ける算段を必死で始めた。
聖職者とて、人間だった。
お前のせいで世界が滅ぶ、なんて罪を背負いたくない。
「我が信徒よ。
……そうですね。
貴女、お名前は?」
『命の神』は『癒し手』の少女の前に立ち、
その名を問う。
「わ!
私は……、ビトメ、です!」
「ビトメ。
貴女にお願いがあります。
とても重責になってしまいますが、
貴女が適任だと判断しました。
本当に申し訳ありませんが、
話だけでも聞いてください」
「そ! そんな!
わ、私で! できることなら!
なんでもします!」
『命の神』が手を振ると、
現れたのは裸の男性だった。
若いが、その頭髪は老人のように真っ白。
眉毛やまつ毛まで白い。
体は筋肉で引き締まり、どこか武骨。
『命の神』は男性の身体をそっとビトメの目の前におろした。
ビトメは、慌ててローブの上に着ていたマントを脱いで男性にかける。
「彼は、トシオ。
先日のお告げにあった、
『トシ・オー』は彼です。
彼は、人の身で悪神『闇の神』と対等に渡り合い、
ダンジョンマスターたちを相手に孤軍奮闘しました。
『光の神』や『白の教会』と手を組んで、
彼はなんとか『闇の神』を封じました。
それと引き換えに、
彼は心身だけでなく、魂まで深く深く傷ついてしまった」
『命の神』は悲しげに語る。
「我々がもっと早く『闇の神』に対応していれば、
彼はこうならなかった。
彼に全てを負わせ、
見て見ぬふりをした我々が悪いのです」
『命の神』だけでなく、
七柱の神々が一斉にトシオに頭を下げた。
聖職者は一様に驚愕の顔と声をあげる。
「私はこの責を負い、全てを失う代わりに、
彼の身体の傷を癒して、
その辛く暗い記憶を全て封じました。
今の彼は赤ん坊と同じ状態です。
ビトメ。
お願いいたします。
彼の魂を癒してあげてください。
健やかに、伸びやかに、安寧を享受させて。
言葉を、文字をもう一度教えてあげてください」
「……す、全てを、失う……?」
ビトメはどうやらその意味に気付いた様子で、
わななく。
『命の神』は静かにうなずいた。
「はい、『命の神』こと、
私はもうじき滅びます。
『癒し手』の奇跡は、もう起こせません」
『癒し手』たちに衝撃が走る。
今までその奇跡と引き換えに、
多額の金品や利権を得ていた『癒し手』たち。
中にはビトメのように金品を受け取らず、
真摯にケガや病と戦う『癒し手』もいるが、
大多数はその奇跡のうえにあぐらをかいていた。
そんな奇跡が失われる。
「私がここまでする理由は単純です。
トシオが死ぬと、この世界が滅ぶからです」
「そ、それは、『闇の神の聖女』の言う、
でたらめなお告げでは?」
ビトメは必死にそう聞き返す。
『命の神』にすがるように。
『命の神』はビトメに微笑んだ。
「はじめは、でたらめでしたが。
今は、本当になりました。
彼の心身に害がなされれば、
この世界は滅びます。
なので、ビトメ。
トシオを護るのは重責なのです」
ビトメは固唾を飲んだ。
「彼はこの世の闇を、不都合を、歪みを、
その身に封じています。
彼に何かあれば、
それらが全て吹き出してこの世界が滅びます」
トシオを利用して、
他の教団より優位に立てないか皮算用していた聖職者も息を飲んだ。
「ビトメ。
我が信徒よ。
どうか、どうか私の『最後の』願いです。
トシオを、
どうか彼に安寧な日々を過ごせるよう、
護ってください。
代わりに、
他の六柱の神たちは貴女の味方です。
何卒、何卒お願いいたします」
七柱の神々が、ビトメに頭を下げた。
深く、深く。
その隠した不都合から目を背けるように。
深く、深く、頭を下げた。




