第64話 じゃぁ、俺はあがき続けるぞ
空間を一枚の布のように考えると、
瞬間移動は布を折り曲げて布に刺された刺繍の絵を合わせる感じ。
その刺繍の上にあるリンゴをずらし移動させて布を戻せば、
リンゴは始めの刺繍から遠くはなれた刺繍の上に移動する。
これが、瞬間移動。
そして、移動先が違う帰還石を複数同時に使用したら、
布がグシャグシャに、
それこそちぎれんばかりの力でこねられ。
引っ張られ、ねじられ、絞られる。
その布の刺繍ごと。
その布の上の命ごと。
「……何をした?
トシオ。
そこのダンジョンマスターは、
身体だけでなく、精神も魂もごちゃごちゃに、
混ざって溶けて……!
それなのに、自我は残ってるようだ!
……これは、あまりに……酷すぎる!
これでは、死んでも魂が壊れて……」
『死の神』はかすれた声でトシオを問いただす。
「実験したかったのもあるけど。
奥の手として持ってたんだよ。
理論は前から持ってたけど、
実際には初めてやる。
あー、これヤバイ。
『防御不能なミキサーにかけられる』くらいの結果を想定してたが、
瞬間移動魔法の空間を動かす力と速さが想定以上だ。
どうせコイツ再生能力とかも持ってて、
肉片になっても大丈夫だろー、って、思ってやったけど、
こんなんなるとは。
……もしかして、『真空崩壊』起きた?
あれか。
空間がグチャグチャになったときに、
超光速で不均一に混ざって、隔離空間の間に山と谷が生まれて、
そこで一つ宇宙として確立してたとして、
大気も不均一になったから真空空間が生まれて。
これ、
『存在の定義が、何度も何度も書き換えられ上書きされ』、
バグってるのか?」
トシオも肉塊を観察して、苦笑いする。
『死の神』の権能『審判』の力で、
今のトシオは嘘はつけない。
『死の神』はトシオの楽しそうな顔を見て、
青い顔をさらに青くする。
ダンジョンマスターの代表者が慌てて叫ぶ。
「しっ! 『真空崩壊』だと!?
世界を滅ぼす気か!?」
「お前が言うなよ。
まぁ、良い観測結果だ。
しゅわわっ!
って聞こえたのは、
もしかしたら『真の真空の泡』かな?
シャポン玉みたいな泡かと思ってたが、
ソーダみたいだったな。
もったいない。
もっとちゃんと観測器具を用意してからやりゃ良かった」
『真空崩壊』。
『反物質』、『ブラックホール』の実験に並ぶ、
世界、宇宙の崩壊シナリオの一つ。
これを大型加速器等で実験する、
と言うニュースを聞いたことがある人もいるはずだ。
その中で、『真空崩壊』は他の二つと少し毛色が違う。
『真空崩壊』は、端的に言うと、
常識、原理、法則が『書き変わる』。
詳しくは割愛させていただくが。
例えば『大地』が、
『大地』をであることをやめてしまう。
見た目はそのまま、『海』のように振る舞うようになる。
大地に立つと水に触れてないのに濡れて、肺呼吸で息ができず、
浮力があり、水はないのに溺死する。
そう言う『原理、法則、存在の定義の書き換え』が、
ジャージ男に施された。
それも、何度も何度も。
定義が繰り返し上書きされて、
最後には各パーツ、
下手をすると身体の原子ごとに定義が書き変わり。
連携して動く一つの命として成立できず。
でも、再生能力でかろうじて命としての体裁を保つ
『みにくくいびつな何か』になった。
「あーあ。
これ、再現性あるのか?
実験したいのに、
被検体をすごい珍しい生き物でやっちまった。
試行回数が、『後三回しか』ないなぁ」
トシオはそう言って空中に浮かぶモニタを眺め、
嬉しそうに、楽しそうに笑う。
夕暮れになっても走り回って遊ぶ子どものように、
彼は笑う。
モニタの一つ、眼鏡をかけた女性が手を上げた。
「こっ!
降参します!
謝罪します!
大変申し訳ございませんでした!
なんでもするんで、許してください!」
「バカ!
何をいっている?!」
「うるさい!
アンタの指示通り、
私のポイントの三分の二も使って、
あのおバカを強化したんだよ!?
それが、一瞬でパー!
バカはどっちだ!
お前がバカだ!」
代表者は苦々しい顔で眼鏡の女性をにらむ。
眼鏡の女性も負けていない。
代表者を睨み返して。
「大体、ショウさんの資料をちゃんと読んだの?!
おバカの言うことしか参考にしてないじゃない!
この人はマジで強いんだよ!
力でも、魔法でも、なんでもない!
本気で相手しちゃいけない!
そう言う相手!
トレンチコートでも、ライダースーツでもなくて!
変なランドのTシャツを着た人と同じだよ!
敵対したら破滅しかない!
それがギャングでも、悪魔でも、ロボットでも!」
「い、今さら退けるか!」
「知るか!
私は抜ける!
私はあんな風になりたくない!」
仲間割れを始めたダンジョンマスターたち。
しかし、トシオは。
「もう、遅いんだよ。
お前ら、全員、こうしてやろう!」
「やっ! 止めてくれ! 頼む!
神として、できることはなんでもする!
だから、これ以上この世界を壊さないでくれ!」
ダンジョンマスターではなく、
『死の神』がそう叫びトシオの前に飛び出して土下座をした。
必死だ。
その姿に神の余裕はない。
威厳もなにもかも捨てて、渾身の土下座をする。
それに驚き、ダンジョンマスターたちは押し黙る。
しかし、トシオは変わらず笑っている。
「そう言えば、
今ので例のアラートは鳴らなかったみたいだな?
『真空崩壊』なんて、世界の異常状態だろ?
あぁ。
この世界の人間がまだここまで宇宙や空間を認知してないから、
『謎』の、糞神の権能の内か?
あの動きを止める気体操作みたいに、
見逃されてんのか?」
「そっ、そうだと思う!
私の権能ではないから、分からないが!
でも、それ以上はダメだ!
本当に、本当に、これ以上は止めてくれ!
頼む!」
その背には、世界が乗っていた。
世界を守るため『神』として、
彼は最良を、最善を、プライドも何もかも全てを捨てて選ぶ。
情けないなんて、誰も思わない。
覚悟と決意の土下座。
それでも、トシオは笑っている。
「シノちゃん。
俺は俺の望みを既に言ってるだろ?
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
俺の望みは、
元の世界に、元の生活に帰りたい。
それだけだ」
『死の神』は苦しそうに呻き声をあげる。
そう、それはできない。
絶対にできない。
トシオがいた世界の神から捜索依頼が来なければ、
『闇の神』の悪行をトシオのいた世界の神に話す必要があるからだ。
話したら、絶対にトシオのいた世界の神の怒りを買う。
そうなれば、この世界なんて一吹きで掻き消える。
世界の規模から何から何まで、
トシオのいた世界の方が大きいからだ。
イワシとクジラどころか、
プランクトンとシロナガスクジラくらいスケールに差がある。
それは神の力もそれだけ差があると言うことだ。
『死の神』はかすれた声をなんとか絞り出す。
「……出来ない……!
それは……!
出来ないんだ……!」
「じゃぁ、俺はあがき続けるぞ。
もがき続けるぞ。
俺は帰る。
絶対に、帰るんだ……!」




