第6話 初耳ですな
また変わらない朝だ。
ただ、昨日は遅くまで飲んで、
スコップの手入れをしたら寝てしまった。
いつもなら身体をお湯で拭くのだが、
一日くらい拭かなくても平気になってしまった。
以前は毎日風呂に入ってたのに。
風呂に入れていたのに。
少し頭が痛い。
二日酔いか。
俺は魔法鞄から、
いくつかの草や乾燥した木の実を取り出した。
一緒に乳棒と乳鉢を取り出す。
何度も繰り返し行い、
すっかり手慣れた薬の調合。
適当にすりつぶしたもろもろを腹筋ローラーみたいな薬研に適量入れて混ぜつつ、
更にすりつぶす。
できたのは、二日酔いの薬だ。
俺はそれを飲んで、
水瓶から一杯水をとって飲んだ。
残りは薬包紙で包む。
四回分できていた。
それらを魔法鞄に戻して、
いつものように準備し、冒険者ギルドへ向かう。
「トシ・オー……」
俺が冒険者ギルドに近づいた辺りで、
バニレが青い顔で話しかけてきた。
そのとなりに同じような顔で、
昨日の俺の胸ぐらをつかんだヤツもいる。
「……お前の酔いざまし、売ってくれ」
「バニレ、お前、飲み過ぎだ。
それに、売ってくれって言って、
お前から金貰った覚えはねぇよ」
そう言いつつ、
俺はさっき自分も飲んだ二日酔いの薬を手渡す。
「……それ、効くのか?」
胸ぐらをつかんだヤツも、
青い顔でそう言う。
「トシ・オーの薬は効くの……。
ごめ、水ちょうだい?」
「バニレよぉ……」
俺はそう言いつつ、
魔法鞄から水筒を出した。
水筒もさっき新しい水をいれたばかりだ。
「あざまー……。
ごくっ。
……っふぅ!
効くぅ!」
バニレはすぐさまいつもの調子に戻る。
大袈裟なガッツポーズまでしてやがる。
この薬にそこまで即効性はないはずなんだが。
今も青い顔の男が口を挟む。
「……お、俺にも売ってくれ」
「……アンタにはやれんよ。
昨日の信用の話じゃねぇが、
俺の薬飲んで体調がおかしくなった、
なんて言われたくねぇからな」
俺はわざわざ昨日の話を引き合いに出して断る。
「……昨日、胸ぐらをつかんだのは、
俺が悪かった。
謝る。
謝るから、薬を二つ譲ってほしい」
二つ?
「お前が飲むんじゃねぇのか?」
「……カーフェイさんも、二日酔いだ」
冒険者は派手な酒の飲み方をするが、
昨日のカーフェイはすごかった。
マジでタルごと飲んでそうな程だった。
俺は全力で嫌な顔をして言う。
「……薬師ギルドでも売ってる薬だぞ?」
「……本当にすまなかった」
目の前の男は真剣に謝っている。
バニレが慌てて割って入ってきた。
「まぁまぁまぁまぁ……。
タードは俺と同郷でな。
俺の顔に免じて、薬をやってくれねぇか?」
「……分かったよ。
バニレは信用できるからな」
俺はわざわざバニレの名を言いながら、
タードと言うヤツに薬を二袋渡す。
「水は?」
「……いただく。
本当にすまない」
タードも薬を飲んで水をあおる。
みるみるうちに顔色が戻っていく。
バニレといい、お前らの故郷はなんなんだ?
超人の国か?
「すごいな。
これ、カーフェイさんにも渡そう」
「さっき作ったばっかりの薬だが、
保存は効かないぞ?
今日中に飲むよう伝えろ」
「……分かった。
すまなかった」
深々と頭を下げるタードと、
ひたすら謝るバニレ。
俺はもういい、
と言い残して冒険者ギルドへ向かった。
冒険者ギルドはちょうど開門したばかりで、
俺はそのまま建物に入る。
「トシ・オー。
話があります」
そこに立ちふさがったのは、
小太りの中年。
俺は大きめの声でその男に挨拶した。
「おはようございます、ギルド長。
俺になにか?」
コイツが冒険者ギルドのギルド長。
バスコだ。
眼鏡をかけて、ちょび髭。
贅肉でアゴがない。
ただ、頭髪は豊かで、
いつもオールバックに固めてキメている。
「ギルドからの特別依頼です。
特別依頼は、
指名依頼より優先して貰う必要があります」
「それ、
冒険者ギルドから薬師ギルドと商業ギルドに連絡したんだな?」
「後でしますよ」
横柄に鼻をならすバスコ。
俺は鼻で笑い返す。
「後、俺はEランクですよ。
特別依頼はCランク以上からでは?」
特別依頼は、
冒険者ギルドが依頼主となり冒険者に名指しで依頼をすることだ。
バスコの言うとおり、
指名依頼より優先して行わないと冒険者資格を抹消される。
「貴方は今までの功績を加味して、
たった今からCランクに特進しました。
おめでとうございます」
「……冒険者ギルド本部からのか?」
「もちろん」
Cランク昇格の試験免除、ノルマ免除とは。
かなりの無茶だ。
バスコ個人の裁量でできることじゃない。
バスコがCランクの冒険者証を俺に手渡した。
俺はEランクの冒険者証をバスコに返却する。
「特別依頼は、
樹海で目撃された『サイクロプス』の調査です」
「……もう、直接俺に死ね、と言えば良いだろ?」
『サイクロプス』。
Bランク冒険者が数十名でパーティーを組んで倒すモンスターだ。
「何をおっしゃる。
『サイクロプス』の討伐ではありません。
最近、樹海の浅いところでサイクロプスの目撃が相次いでいますので、
その調査を依頼しています」
「……何をもって依頼成功とするつもりですかね?
俺の目撃証言、じゃ足りねぇんだろ?
どうせ」
調査の依頼の場合でも、
依頼完了にはモンスターがそこにいた証拠が必要になる。
対象がゴブリンなら、
昨日の俺のように討伐して左耳を持って帰る。
サイクロプスなら、どうだ?
「サイクロプスがいた場合は、
その身体の一部を持ち帰ってください。
いない場合でも、
こちらがよしと言うまで調査を続けて貰います」
つまり、コイツは俺に薬草採取をさせないつもりだ。
バスコは演技臭い仕草で依頼票を俺に手渡す。
「『ポイント・オブ・ノーリターン』。
今の貴方のあだ名です。
樹海で『貴方が見えなくなったら』、
そこから先は樹海の中層。
最近の冒険者たちはそう目安にして活動してますよ」
「初耳ですな。
それとこの依頼とどう関係が?」
最近俺が拝まれるのは、そう言うことか。
バスコは鼻先で笑う。
「ありますよ。
貴方の活動範囲にサイクロプスがいなければ、
サイクロプスは中層以降の樹海の深いところにいるので問題ありません。
ですが、
貴方の活動範囲にサイクロプスがいる場合は、
異常事態です。
すぐに討伐隊を組む必要があります」
糞め。
なかなか筋が通ってる。
「成功報酬、銀貨、百枚。
プラス、Bランクへ特進です」
Bランク特進も、バスコの裁量ではできない。
冒険者ギルド全部で俺を潰しにかかってるのか。
「もう、適当な理由をつけて俺の冒険者資格を抹消しろよ」
「何をおっしゃる。
貴方のような有能な方には、
それに見合うお仕事をして貰いたいんですよ」
バスコは笑う。
心底楽しそうに笑う。
「断ったら?」
「資格を抹消し、
町を危機にさらしたとして、
衛兵に通報し捕縛。
処刑も……、あり得ますね」
さすがに周りの冒険者たちがざわめく。
そりゃそうだ。
いつか、
同じ手法で自分も潰されるかもしれないからだ。
こりゃ、ほっといても大事になるな。
俺はバスコを睨んで言う。
「特別依頼は準備にかかる費用はギルド持ちだよな?」
「消耗品に限りますが、
確かにそうですね。
事後請求してください。
依頼完了時に成功報酬と一緒にお渡しします」
俺は依頼票を鞄につめて、
冒険者ギルドを後にした。




