第56話 位置について、よーい!
あれは、あの男はダメだ。
『闇の神』は力を自分の身体能力に全部振り込んだ。
駆け出して一歩ごとに、
彼女の周囲の世界が減速する。
もう、あの男の身体を拘束することはできない。
今までは観測されていなかったから、
気体を固めたり本来設定された動きと異なることをさせても、
問題なかった。
しかし、気体を観測されてしまった限り、
本来の設定された動きと異なることをした瞬間、
『異常』として通告されて『創世の神』が目を覚ます。
だから、この男は殺す。
今殺す。
もうどうなっても良い。
殺さなければ、『闇の神』としての核心、
『闇夜』の権能が失われる。
トシオまで、あと一歩。
大笑いしているバカ面が目の前だ。
『闇の神』の動きを理解できてない顔だ。
『闇の神』は、
引き絞った拳をトシオの心臓めがけて付き出した。
「ダメ!」
それをすんでのところで受け止めたのは、
『聖女』だ。
今までの『踏破』の力はもうない。
でも、彼女の身体は光をまとい、雷を放っている。
トシオが笑って『聖女』に話しかけた。
「今ならいけるか?」
「はい、お母さん!」
「だから、
お母さんじゃねぇって!」
刹那の瞬間に、
『闇の神』の身体が遠くへ吹き飛ばされた。
彼女の身体のヒビがまた深く大きくなる。
彼女の肺から押し出された空気が、
意味のない音を放つ。
「ごっ!?」
トシオは『闇の神』が聞いていないことを知った上で、
あえて言う。
「紹介しよう。
彼女は『踏破の聖女』あらため、
『電光の聖女』だ!」
『聖女』がクラウチングスタートの構えを取る。
地面に電光が激しくまたたき、
バチバチと雷鳴のような音が響き渡る。
「位置について、よーい!」
トシオがそう言って手を上げた。
『聖女』が顔と腰を上げる。
「GO!」
トシオがそう叫び、腕を振り下ろす。
『聖女』の駆け抜けた跡が、
二本の焼け焦げた線になって地面に走る。
その二本の焦げあとには、何ヵ所か青い火が残っている。
もう、『踏破』の力ではない。
道を遮るものを踏み潰せない。
でも、何よりも速くなった。
今の彼女には光すら追い付けない。
彼女は起き上がろうとした『闇の神』を蹴り、殴り、
踏みつける。
それらをほぼ一瞬で同時に食らって、
『闇の神』は苦痛に顔を歪めた。
時を止めた様な『聖女』の攻撃は、
執拗に『闇の神』に降り注ぐ。
受けることも回避することもできず、
『闇の神』はあっという間に満身創痍になる。
トシオはその間に『光の神』の元へ駆けより、
トシオ謹製のハイポーションを身体にかけた。
「……ダメだな。
エリクサーくらいないと。
今のでなんとか一命はとりとめるか?」
白服たちが担架を持ってトシオに駆け寄る。
「金髪の身体は完全に人間のものだ。
ハイポーションも効果あり。
至急、処置しろ」
「はい!」
白服たちが『光の神』を担架に乗せて、
テントへ駆けていく。
トシオは『闇の神』と『聖女』の行った方へ顔を向けた。
「糞神がぁ……。
お前は絶対に殺す。
殺してやるからな」
次の瞬間、
『闇の神』のそばに大量の魔物が姿を表した。
『聖女』は魔物の群に攻撃されるが、
逆に魔物たちの合間を彼女が駆け抜けて発生させた、
ソニックブームで吹き飛ばす。
『闇の神』はその隙に姿を消した。
「どっかのダンジョンマスターが加勢に来たか?」
しかし、トシオは慌てない。
完全武装して現れた魔物の群れ。
規律よく隊列を組んで前進する化け物の大隊。
それを見てもトシオは笑う。
「『聖女の右』!
出動!」
その号令に合わせて現れたのは、
妙なものを持った奇妙な姿の人たちだ。
全員が石と鋼でできた奇妙な鎧を着て、
背中に大きな箱を背負い、
長い大きな筒を両手で持っている。
筒と背中の箱は帯のようなもので繋がっている。
トシオと『白の教会』たちが科学をここまで急速に発展させられたのは、
『魔法』の力があったからだ。
魔法は以前からあるこの世界の技術の塊。
魔力測定器のような魔法道具も既にある。
あるものは、使おう、とトシオは言った。
魔法で観測し、科学で検証し、
魔法と科学の両方から観測できたら。
そして、その両方の技術を両立させることができれば。
「魔法と科学の融合だ!
行け!
テクノマギ隊!」
『聖女の右』たちの仮面の目元が赤く光り、
鎧に電子回路のような模様が浮かび輝く。
それは鎧であり、ゴーレム。
パワードスーツのようにゴーレムを鎧として着用、
運用し、身体能力を補強。
『聖女』に負けない強さとタフネスをもつ。
『聖女の右』たちの足の裏、腰、背中の箱に着いたブースターが火を吹き、
魔物の群れを目指して飛んでいく。
魔物たちは彼らに矢を射かけるが、
彼らの飛ぶ高さまで矢は届かない。
彼らが魔物の群れへ向けて筒を構えた。
それは回転し、爆音と共に鉛弾を撒き散らす。
ガトリング砲を携行可能なサイズにした、
ミニガンとも呼ばれるそれは、
武装して向かってくる魔物たちをなぎはらい、
蹴散らしていく。
万を越える魔物の大群を相手に二、三十人ほどの『聖女の右』たちは、
一方的に蹂躙する。
そして、その間を縫うように『聖女』が駆け回り、
魔物たちは木の葉のように吹き飛ぶ。
魔法で科学を、技術を無理やり近代にまで押し上げた、
『テクノマギ』。
各国の軍事バランスとか、
後々起きそうな面倒くさいことはトシオは考えないようにした。
その結果生まれた特殊技術だ。
「あーあ!
これ、俺が着たかったんだけどなぁ!
構想はあったけど、
金と人手が足りなくて、
諦めてたんだ。
まぁ、これであの魔物の群れも終わりだ」
トシオはキャンプ地の方へ振り返って、笑う。
「こっちはこっちで、話(闘い)をしようか?
どこかのダンジョンマスターさん?」
トシオの視線の先にいたのは、
ジャージを着た男だった。




